第3話黄色い薔薇を贈られました

「エリオル王子がいらしたようです」


(王子…?何しに来たのかしらね?一応療養中なんだけどな…)


「リノーアさん、私支度した方が良いの?どうしたら良い?こちらの作法が分からなくて」

「侍女に『さん』付けはよして下さいよう。療養中なんですから、ベッドの上で宜しいですよ」

「失礼じゃない?」

「しかし、お見舞いに来て頂いたのに、おもてなししても逆に気を遣われますよ」

異世界でなくてもそれはそうか。


ややあってノックが聞こえる。

「失礼するよ」

爽やかな黒髪と深い緑の目、男性にしては高い声。

エリオル王子だ。

「あ、こういう時なんて言えば良いのか…私のためにご足労頂きありがとうございます」

「いや、良いんだ。寝ていなさい。これ、お見舞いに」

黄色い薔薇だ。

「薔薇、好きなんです。嬉しい」

「意識が戻って良かった。本当にすまない」

「なぜ王子が謝るんですか」

「うん、愛する君のことを守れなかったからね」

さらっと王子様発言。でも…

「…嘘」

「君が倒れて本当に本気で心配したんだぞ」

「ご心配ありがとうございます。でも、愛する君というのは嘘ですね?例えば…黄色い薔薇の意味は友情」

「この世界でそんな意味は…」

「ない、と言いますか?それも嘘ですね」

「ぐう…」

ぐうなんて言うんだ意外と可愛いところもある。ふざけているのかもしれないけど。

「私と結婚してメリットがありますか。もし花梨が本当に聖女ならどうします?」

「違う、メリットなんて…そうじゃない」

「それに私の気持ちはどうなるんですか?突然異世界に来て結婚させられるなんて、冗談じゃないです。王子だって私のことよく知らないでしょう?なのに妻になれだなんて」


二人の間に沈黙が降りた。


「…でも、私を二度も助けて下さってありがとうございます」

私が会議室で倒れた時、それからこの世界に飛ばされた時に泉で見つけてくれたのは他ならぬエリオル王子だったのだ。

「私、母の誕生日には欠かさず薔薇を贈ってましたから意味は知ってますよ」

「うーん、そのことなんだが…どうやら君には人の嘘を見抜く能力があるんじゃないかと思うんだが」

「私、嘘は嫌いですから。小さい頃から勘が働くんですよ」

「ふむ」と短く言って。


「僕と初めて会った時のことだけども」


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エリオル王子と初めて会ったのは会議室の一件から2日前。

目が覚めたら泉のほとりで倒れていた私たち。

この世界にたどり着いた時のことだ。


『君たち、どうしたんだ、おい!』


遠い遠い声が聞こえて、やがて視界が明瞭になった。


『…何かの撮影?』


礼服の様な格好に身を包んだ、整った顔の男性が私を覗き込んで来るので俳優かと思った。

でもその目の色は深い緑。

どう見ても私たちと同じ日本人とは思えなかった。

(カラコン入れてるのかな…コスプレ?)


『ぅん…いたた…』

『花梨!』

『…優奈…と、誰?』


戸惑いと焦りが漂う中、緑の目の男性は言った。

『私はエリオル・ライオネル。この国の王太子だ。この世界へようこそ。異世界の聖女たち』


『…は?』

私と花梨は口を揃えた。


『戸惑うのも無理はない。聖なる泉に大神官が祈りを捧げて一年。聖女が現れた。君たちがそうだ。まずは我が王宮へ参れ。歓迎しよう』


私と花梨はお互いを見つめた。


『なにこれ?』


------------------------


(王宮に行ったらてんやわんやの騒ぎで、ひとまずそれぞれの後見人が決まって、伯爵のお城で休ませてもらって。次の日登場したらあの騒ぎだった)


「そう、僕と初めて会った時のことだけども」

「あの時は見つけて下さって本当にありがとうございました」

「いや、いいんだ。それより、王宮へ向かう道すがら、馬車の中で君はこう言ったね。『嘘だ』って」

「…言いましたかね?」

「言ったさ。『嘘をつかないでください。ここがどこらも分からない私たちに変に嘘をつかないで』と」

「…うーん、そういえば言いましたね。だって、『聖女たち』なんて言うんですもん」

「そう、聖女は君たちのどちらか。…なぜ嘘だと思ったんだい?」

「…昔から人の嘘は何となくわかるんです」


でも確かになぜだろう。

昔から嘘は何となくわかった。

でも、この世界に来てから、すごく敏感になっている気がする。


「君は昔から聖女の素質があったんじゃないかな。だから、僕は確信した。君が聖女だってね」

「それはどういう…」

すいっとエリオル王子は指を指した。

指の先には、リノーアが花瓶にいけてくれた黄色い薔薇。


「その薔薇、きっとなかなか枯れないぞ。見ていると良い」


王子は椅子から立ち上がってこちらを見ずにヒラヒラと片手を振った。


「邪魔したね。療養が明けたらまた会ってくれ。それから…」

ドアの前で立ち止まって、王子は長い人差し指を口元につけた。

「君のその能力、当分は秘密だ。セイレス伯爵にも」

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