第36話奪われた光を奪還する作戦 2

一ヶ月ほど経ち、粛々と進められた準備の末、『聖女ティアナの祝賀祭』が幕を開けた。


王族も貴族も民衆も皆が参加できるとあって、城下町では屋台が出店するなど大いに賑わっている。



高らかにラッパの音が鳴り響く。

パレードの馬車が通るのだ。

美しい隊列を一目見ようと街道の両脇には人だかりができた。


まず初めに聖女ティアナの馬車がお目見えした。

小窓から小さく手を振るティアナはこの一ヶ月、牢から解放され王宮の一室でこの祝賀祭に備えた。

美しいドレスに身を包み、ティアラを戴き、その美しさは誰もが息を呑むほどたった。

ティアナは何を訝しむこともなく、自分の祝賀祭が開かれるとあって全ての提案に了承して飛びついた。

扉の前で衛兵が寝ずの番をし外出こそ叶わなかったが、一時の華やかな生活に浸った様だ。



次に、優奈と花梨を乗せた馬車がゆっくりと街道を進んだ。

こちらは二人での乗車に対して、ティアナは専用馬車というだけあって、ティアナの自尊心は最高に満たされているはずだ。


そしてエリオル王太子が乗る馬車、最後に国王陛下が乗る馬車が通った。


どの馬車も大きな歓声で迎えられた。

当のティアナが故意に宝石の輝きを奪ったなどと思ってもみない民衆は泉に祈りを捧げて以来輝きが戻らない宝石に首を傾げ始めていた。

そこへ二人の別の聖女が現れた。

加えてこの祝賀祭だ。


きっと何かが起こるんだろうと期待に胸を膨らませていたのだ。


前回、聖女が宝石を戻したのが、およそ500年前といわれている。

一体どのような儀式があり、どのように戻ったのか、言い伝えで聴きかじる程度で実際は誰もが知らないのだ。


エリオル王太子は揺れる馬車の中で手を振る人々を寂しげに見ながら頬杖をついていた。

(500年前の聖女は、祈りを捧げて大神官を身籠り、やがて出産と共に死んだはずだ。そのおぞましさに王宮では全ての事実を隠したと考えるのが妥当だ)


みすぼらしい服装の子どもが必死に手を振るのが見える。


エリオル王太子は少し躊躇って僅かに手を挙げた。

(全てがうまくいくだろうか)


広場に向かう馬車はやがて馬のいななきと共に進みを止めた。



やがて、ティアナが馬車から降り、次に優奈と花梨が、続いてエリオル王太子、そして最後に国王陛下が民衆の前に姿を現した。


それぞれが降車するたび、大きな拍手と割れんばかりの喝采。


赤い絨毯が敷かれ、両脇に衛兵が連なっている。

その間を一人ずつ、広場の演説台に向かい歩んでいく。

ティアナは微笑みを民衆に振り撒いた。

有り余る自信が一ヶ月足らずで持ち直している。

なにせ、これから始まるのは自分自身の祝賀祭なのだ。



国王陛下が台に立つや宣言した。

「これより聖女ティアナの祝賀祭を執り行う。実に数百年に一度の神聖な儀式である。今こそ失われた輝きを宝石に戻す時が来た」


一際大きな歓声が上がる。


ティアナは国王陛下を振り返り見た。

じっと見つめて、たっぷり満たされた自尊心に溢れた顔が、ゆっくりと崩れてゆく。


「見よ、ティアナの美しさと輝きを。まさに聖女として選ばれたティアナこそ宝石の輝きを宿し聖女である!」


民衆からなるほどと納得したような感嘆の声が漏れる。

「そうか、聖女の美しさが宝石に輝きを与えるんだな」

「だからティアナ様はあんなに美しいのね」

「すごーい!」

そこここで声が上がる。


国王陛下は続ける。

「そして、再び現れた二人の聖女により、ティアナの輝きを宝石に与える儀式が行われる」


おお、とまたしても声が上がる。


「我々は頭を悩ませた。何せ三人の聖女が現れたのだ。前回の儀式より何百年と時間が経っており、実際の儀式がどのように行われるのか分からなくなっていた。セイレス伯爵はじめ、有識者を集め文献を漁った。そして…輝きを宿した聖女、輝きを取り出す聖女、その輝きを宝石に与える聖女というそれぞれの役割を持っていたことが分かったのだ!」


国王陛下の言葉にエリオル王太子は微妙な気持ちになりながらも感心する。

(よくまあペラペラと事実をでっち上げ、それらしく話せるものだな)


「一年前のティアナの祈りは、輝きをティアナ自身に宿すための祈りであった。皆のもの、待たせたな!全ては揃った。今こそ宝石に輝きを戻す時が来たのだ!」



振動のような歓声が響く。

民衆は歓喜し、希望の眼差しは演説台に向けられた。


ティアナはわなわなと震えて静かに言った。

「あんた達、騙したのね?」


笑顔を崩さず国王陛下は言う。

「おや、先に騙したのはどちらかな?」


ぎりっと歯軋りして怒りを露わにするティアナ。

それに対してエリオル王太子が言った。

「良かったじやないか、君は偉大な聖女としてこの世界の歴史に名を残し、今日の光景を目の当たりにした民衆の子孫累々に至るまで言い伝えられるのだ。どうする、聖女ティアナ。ここに集まるもの全員に、全て白日の元に晒して牢に戻るか?選んで良いぞ」


ティアナは怒りを発露しそうになったが、民衆がティアナの名を呼び続けているのが聞こえ、淑女然とした居住いに戻す。


「見よ、この羨望の眼差しを。皆が聖女ティアナを讃えている」



「ティアナ様!!」

「聖女様!」



民衆は手を振り、歓声をあげ続けている。



ティアナは一歩前に出て言った。

「そんなの、決まってるじゃない。あんな牢の中で一生を無駄にするなんてまっぴらよ」

「それでこそ、君だ」

エリオル王太子は内心の緊張を隠し、満面の笑みで言った。

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