第30話花梨の言い分
グノーシスがこんなにも恐ろしさを覚えたのは、きっと家族が目の前で落石に押し潰された日以来のことだろうと思う。
花梨の話を聞きながらも冷静にしていたつもりだ。
一つ一つの言葉を聞きながら、今後どうするべきか判断し、打つべき手に備え、最適な状況で打つ。
グノーシスにはそれができるはずだ。
だが、聞けば聞くほど恐ろしく、熊の様な大きな手が震えた。
そして、
花梨はそれをずっと一人で抱えていたのかと思うと悲しくて、
寂しかった。
彼女はこれまで誰にも打ち明けなかった。
なぜ、それほどまでに彼女を人間不信にしてしまったのか。
それは、この世界か。
この世界に来るまでの花梨のことをグノーシスは知らない。
でも、この世界に来たばかりの頃と比べれば、明らかに全てに対して警戒していた。
恐らくグノーシスに対しても。
全てを話し終えた花梨は、一人王宮に戻ろうとするグノーシスを止めた。
だが、この世界を構成する人間として許せるものではない。
断固として愚行を辞めさせなければなるまい。
何人もの過去の異世界から来た聖女達を思うと、グノーシスは行かずにはいられなかったのである。
「なぜ、今のようにユーナを止めなかったのだ?」
グノーシスは疑問を口にした。
「優奈は正論ばかりだからよ。それが人を傷つけることをあの人は知らない」
「だから傷つけば良いと言うのか?」
「一度自分の信じた正論で痛い目を見ればいいんだわ」
グノーシスには友人がそう多くないので、よく分からなかったが、正論ばかりが正しいというのは暴論だとは思う。
思うが、花梨はなぜここまで頑ななのかもまた分からなかった。
「良いわよ。馬車を走らせて。行くんでしょ、王宮」
グノーシスは息を呑んで
「あ、ああ…」
とだけ言った。
覚悟を一つ決めたような花梨が美しかったからだ。
そしてその決断はグノーシスによってもたらされたものだということも、少なからず嬉しかった。
「その代わり、聞いてくれる?昔話」
「もちろんだ」
馬車は元来た道を走り出した。
確実に夕日が山へと沈んでいく。
「元々私と優奈は小さい頃から友達だったのよ。小学生…と言っても分からないか…7歳くらいから」
優奈は小さい頃に父親を亡くして母親と二人で暮らしていた。
貧しいながら、なんだか楽しそうで幸せそうで満ち足りて見えた。
私はといえば、両親共にそこそこの稼ぎがあり裕福に育った。
だが、この両親は世間体や他人の目をいつも気にして生きていたし、私に対してもそれを求めた。
娘として可愛がってもらったという感覚がない。
言うなればそう、傀儡だ。
私がそれなりに振る舞えば両親の育て方が良いからということになる。
ダンスを習いたいと言ってみたら、ピアノの方が聞こえがいいからそっちにしろと言われて渋々習った。
半年が経った頃、ピアノの帰り道、商店街で優奈の母親が仕事帰りにコロッケを買っているのを見た。
(うそ、あれ夕飯?)
すごいもの見ちゃった!と思った。
翌日、馬鹿にしようとクラス中に聞こえる声で優奈に聞いたら
「あそこのコロッケ美味しいんだよ!食べる時、お母さんがソースで星形描いてくれるんだ!」
と言われてたじろいだ。
「でた、オジョーの嫌味」
「あそこの美味しいよなあ」
「俺ん家もしょっちゅう食べるけど…」
ひそひそと声が聞こえる。
その日、帰ってすぐに、もうピアノは辞めたいと言ったら一年も経たず辞めるなんて恥ずかしいから続けなさいと言われた。
ああ世間体ばかりを気にするハリボテの家だ。
外装は立派でも中身は空っぽなのだ。
なんで優奈はあんな惣菜のコロッケで幸せそうなんだろう。
うちの夕食と何が違うんだろう。
20歳を過ぎた頃、私は自分の容姿が武器になると言うことに気がついた。
私が持っていて優奈にないものだ。
そう考えるとゾクゾクした。
SNSのフォロワー数が一気に上がると、芸能事務所に所属しないかと声をかけられた。
でも、私は働くと言うことがよくわからない。
勉強があまりできなかった私は中途半端な企業で働くくらいなら、家事手伝いでいいという両親の考えの下、働くという機会すら与えてもらえなかったからだ。
親の目を盗んで、モデルの真似事をしたが社会を知らない私の態度は目に余るのだと言う。
数回だけ雑誌に載ったが、すぐに呼ばれることは無くなった。
一度だけ担当マネージャーに電話をしたら
「使いにくいんだよね…私も毎回謝らなきゃいけないからさ。一度コンビニでも良いからバイトしてみたら?社会人経験になるよ」
と言われて、空が落ちてきたのかと思った。
一体どう言うことなのか分からなくて。
確かに、出された水がいつも飲んでいるミネラルウォーターじゃないから買い直して貰ったし、
使われた写真が小さすぎると文句も言った。
メイク担当が使っているパフやブラシが使い回しなのも嫌だったから私専用を買うように言ったし、
20分遅く入ったからって現場の雰囲気は悪くなるし
それで舌打ちされたり、謝れと言われても意味がわからなかった。
「態度だけは大御所の新人」
と言われたりもした。
だって知らなかったんだもの。
知る機会を与えられなかったんだもの。
親に逆らってまで社会に出るのが怖かったから。
家を出て生きていく自信がないもの。
ある日、そんな話を優奈にした。
いつも私の愚痴を聞いてくれたから。
優奈の彼氏が何人私のことを好きになって別れても、変わらず友達でいた。
「うちの会社、今受付嬢を募集してるけど、どう?」
と優奈に言われて、なぜ私が優奈から施しを受ける立場にあるのか分からなくて返答に困った。
「給料は花梨のお父さんやお母さん程じゃなくても、節約すれば一人暮らしができるし」
なぜ、私が一人暮らしする体で話が進むのかと聞いたら
「え?そういう話じゃないの?」
なんて言われて、笑えてしまった。
優奈は簡単そうに話す。
私には無理だ。
「じゃあ、就活サイトに登録するとか…」
噛み合わない。
私は愚痴を聞いて欲しいだけ。
解決策を優奈に求めていないの。
なんか、すごく
「イラつく……」
安っぽいバッグも、その隣にあるお弁当袋も、いつも同じような服も、彼氏が鞍替えしてもニコニコしているその余裕さが。
別の友達から伝え聞く、優奈は彼氏と別れたらしいという噂が私の心を満たす様で空っぽにさせた。
優奈の彼氏が別れた後に言い寄ってきても、その時にはもう、つまらなくなっていた。
その日、こっそり撮った優奈とのツーショットは私だけが盛れていたので、SNSにアップしたのだ。
今までで一番イイネがついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます