第29話説得
花梨は帰りの馬車の中でボソボソと喋る声の主に、ついに激昂した。
「うるさいわね!アンタ達静かにしなさいよ!」
寝息を立てて気持ちよく船を漕いでいたグノーシスはびっくりして飛び起きた。
「ふがっ!?……ああカリン、イビキがうるさかったかな?すまん」
花梨は肩を震わせている。
【そんなに怒らないでよ!】
【そーだそーだー!】
「私、アンタ達のせいで夜も眠れないし、聞いてないことも教えてくるし!うんざりよ!」
精霊の声が聞こえない上に、寝起きで頭が働いていないグノーシスには理解するまでかなりの時間を要した。
「……カリン、精霊の声が聞こえるのか?」
花梨はふぅふぅと息を荒らげながら目を真っ赤にさせて泣いている。
花梨は何も答えなかったが、グノーシスは続けた。
「儂にはカリンの苦しみの万分の一すら分かってやれないのだ。すまない。だが、何かしてやれることがあるかもしれんから、精霊達が何と言ってるか教えてくれんかな?」
優しい瞳で花梨をじっと見る。
やがて、ゆるりと花梨は顔を上げた。
ニキビに塗れた顔、腫れた瞼。
憔悴しきった瞳がグノーシスの顔を捉えた。
なぜグノーシスが悲しそうなのかと、花梨は心が揺れた。
そして、口を僅かに開けて話し始めた。
「【グノーシスの腕毛で三つ編みしたら楽しそう】って言ってるわ」
グノーシスは目をまん丸にした。
「【ちょっと!バラさないで!】
【大丈夫だよー。バラされたってグノーシスが僕達に触れっこないもの】
【やーいヒグマ】
……とも言ってるわね。…うるさいわね!事実でしょ!言われたくなかったら喋るんじゃないわよ!」
花梨はキーキーと怒っていた。
いや、事実止まることなくこんなことを耳元で喋られたらたまったものではないだろう。
怒りが少しだけ落ち着いた花梨に聞いた。
精霊は粒子のようなもので、どこにでも存在するらしいこと。
その無数にある粒子のようなものが喋るので止めようがないこと。
それは蛍の灯火が一つなくなったところで、そこに見える全体の光が失われないのと同じだ。
個や複数という概念がないこと。
年齢と性別の概念がないこと。
この世界の始まりから存在すること。
これらを聞いて、グノーシスは花梨に提案した。
「そんなに辛いのなら、やはり神殿で力をコントロールできるようにしてもらえば…」
「だから!その神殿に行ったら!」
花梨はワナワナと唇を噛み締めて、絞り出すように言った。
もうすぐトノール領に到着する。
居城までもさほど遠くはない、が。
トノール領に入るには、大きな崖が縦断しており長い橋が渡っている。
橋の両端には監視が付けられており、夜0時から翌朝5時までは閉鎖される。
もちろん、時間内でも天候で門の開閉が左右されることもあった。
トノール領が中央からさほど離れていないにも関わらず辺境と言われる理由である。
ふむ、とグノーシスは思案して馬車を止めさせた。
陽が傾こうとしている。
この国の一大事が迫っている予感がする。
花梨の肩に運命がのしかかっているのではないだろうか。
もしこのまま居城に入ったなら、王宮に行くには早くても翌朝出立し、着くのは昼前。
今から引き返せば、王宮近くの宿に一泊して翌朝には到城できるだろう。
と、ここまでグノーシスは思案して言った。
「……花梨よ、なにをそんなに恐れているのだ?場合によっては、儂は君の友達や王太子殿下を止めに行かなければならない」
「いいわよ、そんなの関係ない」
「本気で言っているのか?」
花梨は目を背けた。
「……なら、君は帰ると良い。儂は一人で行く」
「勝手にすれば?」
花梨の瞳は疲れ切っていて思考することを諦めているようだった。
「うむ、じゃからな、精霊から何を聞いたのか儂に話してくれんかな?」
潤いを無くした髪を震える手でそっと撫でる。
花梨はグノーシスを見つめた。
「もし、宝石を戻せば……聖女は死ぬ」
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