第19話温室の中で

恐らく温室にいるだろうというティアナを探して、優奈は神殿を歩き回った。


白い服を着た男の人に何人かすれ違ったが、皆一様に立ち止まってお辞儀をする。

その度、私もぺこりと頭を垂れた。


(ヘイリーさんの他にも沢山の人が働いてるんだなあ。みんな真面目そうに見える。ヘイリーさんがちょっとチャラいだけに)


しかし、私は認めざるを得ない。

広い神殿の中をきょろきょろと見て回っているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。

これは、

完全に迷子だ。


また誰か人に会うだろう、誰かに会ったら温室までの道を聞こうと思っていたが、いっかな人に合わなくなった。


(しょうがない、一度戻るか…)


振り返るとそこにはヘイリーがいた。

「わ…ヘイリーさん…!びっくりした!」

「どうも」


「あの、温室までの道がわからなくて…」

「温室は反対方向ですよ」

「そうでしたか…」


ヘイリーはじっと私を見た。

「?ヘイリーさん?」


「もう心は読まないんですか?」

「今後はあまり読まないつもりです。私はこの力をコントロールする為にここに来ましたから…」

「…悪趣味ですもんね」

「ご、ごめんなさい…」

「別に。ユーナ様が悪いわけじゃないでしょ」


ヘイリーはくるっと回ってすたすたと歩き出した。


「ほら連れてってあげますから」

「ありがとうございます…」

「温室にはティアナ様を探しに?」

「はい、そうで…」

ヘイリーは私を壁に追いやった。

高い身長。

ふんわりとした服からは分からなかったが、華奢な身体つきだ。

金髪というより、薄茶色の髪の毛。

そこから香る、柑橘の様な香り。


(整えられた眉毛だ)


ヘイリーはそっと耳打ちした。


「できればティアナ様には合わない方が良いでしょう。一応温室までは案内しますけど。大神官サマがなんて言ったか知らねーですけど、ここへもあんまり来ない方が良い」


そう言って離れて、また歩き出してしまった。


「ヘイリーさん…?」

「ユーナ様ってスキだらけですね」

後ろを向いたままヘイリーは言った。

急に顔が熱くなる。


「気を引き締めていかないと、いつか死にますよ」


(確かに…)


毒を飲まされて倒れ、私の代わりにエリオル王子まで…


ヘイリーの後を追いながら、温室へとたどり着いた。

ガラスドームの大きな施設だ。

中には噴水があり、とても心地が良い。


(神殿の中はどこも居心地がいいけど、ここはまた格別だ)


「…あれぇ?ティアナ様いないですね。帰っちゃったんですかね?」

「いらっしゃらないですね」

「うーん…折角来たんだし少し中を案内しますか?」

「あ、ぜひ!」

「ここは主に南国の植物が揃ってるんですが…例えばこれ」

「何です?」

葉を取り、何かを唱え始めた。

すると、パフッと弾けて霧散した。

「わ!いい香り!」

柑橘の様な甘酸っぱい香りが漂う。

先ほど香ったヘイリーと同じ匂いがした。


「僕らはいつもこの香りを纏っています。魔除けみたいなもんです」

「面白い!」

「センボンガジュという木ですが…この世に千本しかないという言い伝えの木です」

「貴重なんですね」

「いえいえ、本当はそんなことはなく南国原産なだけで実は意外と色んな所に生えてんですよ。昔の人が魔除けと信じてその辺に植えまくったんで」

「はあ…」

「でも中には貴重な木がありますよ」

ヘイリーは風の様にスイスイと植物の間を縫って行く。

袖が大きいが、植物に触れる事なく進んでいく。


「これ。触ってみてください」

私は太い幹にそっと触れてみた。

「わ!」

触れただけなのに、幹から水が染み出してきた。

「南国の木ですからね。幹に大量の水分を含んでいます。昔の旅人は、水がなくなるとこの木に少しだけ傷をつけて染み出した水を飲んだそうですよ。これはもう、今となっては南国でもあまりお目にかかれない木です」


どれもこれも見たことも聞いたこともない植物だ。


「ここは南国の植物が多いので、元々この国の環境には適さないんですよ。まあ、センボンガジュみたいなのもありますが。だから、神殿でも特に気の流れには気を遣ってるんです」

「なるほどそれで、こんなに居心地が良いのですね」

「温室の手入れにもかなり力を入れています」

ガラスドームから差し込む光が傾いたのに気づいて、ヘイリーは言った。

「そろそろ私は大神官サマのところに行かないと。どうします?まだここにいますか?」

「あ、私もそろそろお暇しますので、大神官様にあいさつしたいです」


温室の扉を閉めて、廊下を案内された。

「全く一日経つのが早いな…」

ヘイリーはボソッと言った。

「ヘイリーさんそういえば、パズルは終わったんですか?」

ヘイリーは一瞬驚いたような顔をしてクスッと笑った。

「お陰様で」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る