第20話ティアナと遭遇

先ほどの部屋に戻ると、ブスッとした顔で大神官はこちらを見た。

くましゃんをしっかりと抱きしめて。


「はいはい、大神官サマお昼寝の時間です」

「遅い。遅いぞ。もう少しで自制が効かなくなる所だった」

「もー、ちょっとくらい待っててくださいよ。僕にだって休憩は必要です」

「いいのか、また辺り構わず泣き喚くぞ」

「勘弁してください」

ため息をついて、ヘイリーは大神官を抱き上げた。

「ちょっと、くましゃんは置いといてくれます?邪魔です」

「くましゃんを邪魔呼ばわりするんじゃない」


ヘイリーは、ゆらゆらと揺らしながら、鼻歌を歌っている。

大神官は、うとうとと瞼が落ちていき、やがて眠った。

くましゃんと並んで、そっとベッドに寝かせる。


「っしゃ!」

小さくガッツポーズをして人差し指を口に当てて向き直った。

「ふぅー、寝かしつけ成功です。ベッドに寝かせる時が一番緊張しますよ、失敗すると起きちゃうんで」


布団をかけながらヘイリーが聞く。

その声は至って小さかった。

「ところでユーナ様、この方いくつだと思います?」

「半年とか一歳くらいでしょうか?」

(でも、長く生きてるとか言ってた様な…)


「ちっちっちっ」指を左右に揺らす。


(なんか腹立つな…)


「僕たちも何歳か分からないんですよ」

「というと?」

「僕は今年で25歳ですが、私の父も神職でして。その父の父も神職でその父の父の父もまた神職なんですがね」

(神職の家系なのね…)

「僕のおじいちゃんも、そのまたおじいちゃんの代もこの方が大神官だったんですよ」

「へえー…はい?」

「しかも驚くことに、今年90歳のおじいちゃんが言うには、おじいちゃんが仕えてた時には70歳くらいだったんですって。この方」

「まさかぁ」

「僕のお父さんは53歳なんですけども、お父さんがハタチで仕え始めた時は、大神官様は30歳くらいの青年だったそうですよ。父は3年前に退職したんですが、大神官様は時が経つにつれ子供になっていった、そうです」


「…それは、どういう…?」

「僕は支え始めて5年ですけど、初めてここに来た時、大神官サマは5歳くらいでした」


私はすやすやと眠る赤ちゃんを見る。艶々とした赤ちゃんの肌だ。


「さて問題です。このまま、どうなっちゃうと思います?」


私はフルフルと頭を振った。


「聖女様は、どうして王太子と結婚すると決まっているんでしょうね?」


ヘイリーは私を見据えた。


「数100年前にこの世界に来た聖女様は、宝石を戻した後、どうなったんでしょうね…」


一歩二歩と近づいてくる。


「その前の聖女様も、そのずっと前の聖女様達も…」


私は後ずさった。


「僕ね、とーっても気になるんですよ」


ずずいとヘイリーの顔が近づいた。


そして、ヘラッと笑った。


「僕、分からないんですけど、なんでユーナ様は関係ない世界のために一生懸命になるんです?」

「何でって…帰れないと分かった今、生きて行くのに必死なんです」

(エリオル王子の目が見えるためにできることだって探したい)


ヘイリーはじっと私を見つめて、そしてくるりと後ろを向いた。

ヒラヒラ手を振り去っていくヘイリー。


「大神官様がお昼寝したんで、次のミルクの時間まで僕も一休みしてきます。それじゃ」


私は、どうすれば良いのか分からず思案したが、仕方なくそのまま神殿を去ることにした。


なんだかとっても腹が立って、大股でずんずんと進んだ。

大きな扉を開けると、門までの一本道。

早くエリオル王子に会いたくなって、門を目指して走り出すと、派手に転んでしまった。


「痛ぁっ!!はずっ!」

見ると手のひらを擦りむいていた。

ため息をつくと、突然頭の上から声がした。

「大変!大丈夫?…あら、あなたは」


(え?)


「異世界からやってきた方、ですね」

ふんわりとスカートの裾を上げて挨拶してくれたのは、


ティアナだった。


近くで見るとその美しさにゾッとする。


(まだいたんだ…)


「あ、は、初めまして」

何を言って良いのか分からず、立ち上がって同じように挨拶した。


「昨日は挨拶できずに失礼しましたわ」

にっこりと笑顔を向けられる。

私は何も話せずにいた。


「あの、何か?」

「いえ、こちらこそ失礼しました…優奈と申します」

「ゆうなさん、素敵なお名前ね」

この国の人たちと少しだけイントネーションが違う。

「あなたお一人?もう一人の方はいらっしゃらないのね。お会いしたかったのに、残念ですわ」


(すごく構えてしまったけど、思ってたよりも良い人…なのかな?)


「今日は何の御用で神殿に?」

「あ、聖女の力のことで…」

「聖女の、力?」

「はい。あのティアナさんにもその様な力があると聞きました」

「あら!私の名前、エリオルから聞いたのね!」

目を輝かせて詰め寄られた。

「はい?」

「聖女の力、そうね。私にはそんな力があるわ。それがあなたに何の関係が?」

暗い笑顔が灯った。

「わ、私にもあるからです」

「あなたに?なぜ?」

「なぜ、と言われても」

(私が聞きたいくらいだ)

「エリオルの気を引きたいからそんな嘘をつくの?そんなことをしてエリオルがあなたを好きになるとでも?」

私は美しい瞳に無言の圧を感じる。

怯むまいと懸命だった。

「私が聖女の力を得たからです」

「あなたは面白い事を言う方ね。聖女は私よ。あなたが?どうして?」

背筋が冷える。

「まず、聖女は美しくなければ。そうね、もう一人の方は論外。あなたは…」

私の周囲をくるりと周って上から下まで舐める様に見られる。

「地味。まるでダメ」

私は固まって動けない。

「それから、聖女には、王子様の熱烈な愛が必要よ」

にっこり笑ってティアナは顔を近づけた。

「美しいのは私。聖女は私。エリオルが愛しているのも私」

ふふふと綺麗に笑うティアナ。


「なんてね」


(え?)


「からかってみただけ」

にこにこと笑うティアナは軽い足取りで踊り出した。

「最近エリオルが構ってくれないからつまんなくって」


私はなんだかホッとしてその場に座り込んだ。

鼻歌交じり歌う彼女は妖精の様だった。


「あ、そうそう。エリオルに言っといてくれる?」

ティアナは踊りを止めてにっこり笑う。

「あんまり婚約者を放っておかないでって。私の気を引きたいからって他の女を好きなふりは許せないって」


(な…に?)


軽やかな足取りそのままに、へたり込む私に近づいて言った。


「あんまり調子に乗るなよ」

そして、鼻歌交じり軽快に門へと進んでいく。

「…あれ?」

ピタッと止まって、ティアナは振り返って私を見た。

「あなた、どうして無事なの?」


私はゾッとした。

「次はもっと分量を多くしないといけないかしら?しぶといわね」


「エ、エリオル王太子が飲んだからよ」

私は、怒りに震えてつい口にしてしまった。

気がついてすぐに両手で口を塞ぐ。


「何ですって?」

ティアナは恐ろしい形相でそう言うとものすごい速さで王宮めがけて駆けて行った。

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