第21話 それでもだ
俺たちが店長に案内されたのは、調理場に直接つながっている出口であった。どうやらいつ軍が店に攻めてきても良いように、こういった出口を設けたらしい。そして、出口を出ると、そこには軽トラックがあった。荷台の縁が普通の軽トラより高めになっている、妙なものだった。
その軽トラックから金井さんが顔を出して聞いた。助手席には、鷲沢さんがいる。
「やっぱり木原は黒だった?」
「はい。でも、木原さん自身が自白してくれました。軍がここに向ってきてるようです。大日向さんは後から来ます」
「分かった。じゃあ荷台に乗って待ってて。拳銃も載ってるから気をつけてね」
俺と灰場は、店長に頭を下げてから、荷台に乗った。あまりよろしい行為でないのは分かっているが、気にしている場合ではない。俺と灰場はそれぞれ持ってきていた荷物を降ろし、適当な場所に胡坐を掻いた。
「亀山さん」
少し景色を見ていたとき、ふいに灰場が話しかけてきた。俺は灰場のほうを向くことでそれに応じる。
「虎谷さんって小さい頃どんな人だったんですか?」
俺は、少し放心した。もうすぐ軍がやってくるというのに、よくそんな話ができるものだ。だが、放心した後は、納得の感情があった。灰場にとって、白羽は自分の命を預けるほど、信頼している人間なのだ。こんな緊迫感のあるときだからこそ、そういう人間のことを、思い出したくなるかもしれない。
「白羽は小さいころも今もそんなに変わらなかったなあ」
「そうなんですか? 小さい頃からあんなに頼りになる人だったんですか?」
「ああ、あいつは本当にすごかったぞ。幼稚園のころから本当に大人びてて。青人のことは多分白羽から聞いてるだろう? あいつがよく幼少期から無茶して、俺もよく混ざったんだがそれをいつも白羽説教されてた。保育士いらずだったなあ。でも、説教の仕方も白羽らしくてな。本当に俺たちのために、言ってくれてるみたいで、俺たちはよくそんな白羽を頼りにしてたんだ」
俺はそう言って、空を見た。せめて白羽たちが、今この瞬間もこの空の下にいることを願って。
灰場がその心境を悟って言った。
「無事だと良いですね。白羽さんも。皆さんも」
「ああ本当にな」
それが言い終わる瞬間、ひとつの星がやけに強く光った。それが何を意味しているのか、今の俺には知る由もなかったが。
話も話なので、少々重苦しい空気が流れる。その空気を破るかのように、大日向さんが慌てて乗ってきた。
「悪い、遅れた。急いで出発するぞ。金井もう出してくれ」
大日向さんは、運転席に向ってそう言い、それと同時にトラックは走り出した。
軽トラック走行中。少しずつ建物が少なくなってきた道を進んでいったとき、大日向さんが言った。
「さて、これからの流れを教えておくぞ。今から俺たちは革新派本部に向う。ちなみに本部は、ここよりももう少し遠くて、田舎のところにある。少し長時間の運転になるが、我慢してくれ。それでついてからのことなんだが、ん?」
軽トラックが右に曲がったとき、大日向さんは、言葉を切った。そしてひとつため息をつく。
「そこまでするのか。亀山。灰場。よーく後ろ見てみろ」
言われたとおり、後ろを向いてみる。一瞬何もないように見えるが、注意して見ると、バイク五台が走っていた。すぐに気付くことができなかったのは、それらが迷彩色であったからだ。そしてそんな色のバイクがその辺に出回っているとは思えない。
「えー、日本軍じゃないですか。どうしましょ」
灰場が慌てて、そう言った。そしてもちろん俺も同じ心境である。だが、大日向さんは、あくまでも落ち着きながら、軽トラックの運転席の窓をたたく。
「おーい。金井。軍が来たぞ。バイク部隊さんのお出ましだ。ありゃあ多分、月田もいるな」
そして、縁に捕まり、俺たちに向き直って、笑う。
「お前ら、今のうちどこかに捕まれ。振り落とされるなよ」
右方向に急に力が加わったのは、その言葉がちょうど終わるときだった。俺は、反動で思いっきり左に倒された。・・・・・・危ねえ。
どうやら状況から見るに右折したようである。それにしてもこれほどまでに体制を崩されるとはいったい何キロ出ているのだろう。明らかに体感としては、軽トラックの最高速度を上回っている。改造でもしたか。
そんな俺の疑問など他所に大日向さんが言った。
「いやーずいぶん出てるな。さて、亀山、お前はそのまま伏せてろ。灰場、お前は銃を持て。応戦するぞ」
「応戦するんですか。殺すわけじゃないですよね」
灰場は不安そうにそう言った。それに対し大日向さんが、先ほどより真剣な顔で答える。
「できれば殺さないようにしろ。タイヤとか手とかを狙ってな。それに・・・・・・」
大日向さんは、そこで言葉を切り、後ろを向いた。俺もそれにつられて後ろを見ると、バイク部隊のうちの一人が拳銃を持っているのが見えた。
「やらなきゃこっちがやられるからな」
その言葉が言い終わるや否やひとつの銃声。そして急に右から加わる重力。特にこちらに影響がないところを見ると金井さんが運転でうまくかわしたらしい。
すると、こちらからも銃声がした。大日向さんも灰場もまだ準備していることから察するに、鷲沢さんが撃ったのだろう。その銃弾は見事一つのバイクのタイヤに命中し、その運転手は慌てた様子で転倒した。
「俺は、本当に軍人に向いてるかもなあ。ああ、大日向さんそれに灰場君。金井さんから今から三十分もしたら町に出ますから、それまで何とか持ちこたえてください。ここは、もう田植えは済んでて人通りは少ないみたいですから」
「ひえー、無茶言いますね、金井さん。あと三十分ですか。あっ、はずした」
「文句言うな、灰場。金井だって神経使ってるんだからな。ああくそ、はずした。鷲沢、こんな暗闇の中でよく当てたな」
そんな会話を交わしながらも大日向さんや灰場は、淡々と引き金を引いていた。
白羽が休日にこちらの和菓子屋に来たとき、銃撃戦などのやり方を聞かされたことがある。俺から、興味を持って聞いたのだが、話を止めるのも俺からであった。こうすれば上手くいく、こうするとあまり上手くいかない、などと話をされてもよく分からなかったからだ。
しかし、そんな俺ではあったが、この四人の軍人の戦い方を見ていると、ああ、これが上手い人ってことか、と理解することができた。大日向さんと灰場は、これほどまでに左右に揺れている状況の中、でこぼこな軽トラの台に伏せて、狙いをつけることができている。大日向さんの姿勢は、言わずもがな安定しているし、灰場も大日向さんほどとはいかなくても、その銃弾はバイク部隊の近くを通っているように見える。
また、鷲沢さんも助手席から既に一人に命中させているし、金井さんの運転は確実に軽トラックの被害を減らしている。ちなみに後に聞いた話だと、金井さんはバックミラーで、相手の顔の向きを見て、どこを狙うか推測していたらしい。いつも地震のなさそうな態度をしているが、この人も十分化け物ではないだろうか。
さて、そのころの俺であるが、もちろん何かできるはずがない。現在大日向さんと灰場の脇に挟まれて、戦況を盗み見ることで手一杯である。そもそも俺がこんな戦いに参加したって、足を引っ張るだけだろう。
しばらく戦況は停滞したが、大日向さんの銃弾が、また一つのバイクを転倒させるとバイク部隊側の銃弾が止んだ。
俺は、大日向さんにひそひそと聞いた。
「どうしたんでしょう? あきらめたんですかね」
「いや、そんなはずはないと思うが、とりあえずこちらも止めよう。鷲沢、灰場、一旦下ろせ」
その言葉に応じて、灰場と鷲沢さんが銃を下ろす。すると、唯一の自動車の窓から一人の男がヘルメットを取った。その男の顔は、やけに白く、鋭い顔でこちらをにらみつけていた。その男はメガフォンを持った。
「どうも、大日向さん。攻撃をやめてくれてありがとうございます」
低く、冷静な声だった。大日向さんは、メガフォンのない代わりに、大声で返す。
「その声は、月田だろ。久しぶりだな」
文脈からでは、判断し辛いが、もちろんこの言葉は明るく発せられた言葉ではない。冷たく淡々と発せられた言葉である。
「流石に腕が全く衰えてませんね。この暗闇の中で、命中させるなんて」
「褒められることじゃねえよ。この年までこういうことしか熱中することがなかっただけだ」
メガフォン越しにため息の音が聞こえる。月田のものだろう。
「大日向さん。やっぱりあなたを敵に回したくない。降伏してはもらえませんか」
「無理に決まってるだろ。それよりも何があったかは知らねえがどうして蛇塚に着いたんだよお。前は絶対蛇塚に味方しないと信じてたんだぞ」
「精神論だけじゃどうにもなりませんよ。木原から聞いたはずです。俺たちはもう負けたんですよ。あの男に勝てるわけがないんです。お願いします、大日向さん。降伏してください。じゃないと私はあなたを殺さなくてはなりません」
声から、月田さんの必死な様子が伝わってくる。心なしか泣いているようにさえ感じる。
しかし、そのしんみりとした空気を打ち破るように、銃声が鳴った。
大日向さんが空に向けて放ったものである。その後すぐに大日向さんは、叫んだ。
「それでもだ、月田。お前だって分かってるはずだろう。どんなに不利な状況でも俺は、蛇塚に従うわけにはいかねえ。あの時死んだ土門のためにも退くわけにはいかねえ」
「そうですか、分かりました」
そう言った月田さんは、後ろに積んであった銃を取り出した。名前は、よく分からないがそれはアサルトライフルの類であるものだった。
「伏せろっ」
大日向さんの声を聞き、慌てて、二台の縁に隠れる。無駄に高いと思っていた縁が役に立ち、体全てが隠れた。銃弾の音は、俺たちが隠れた後は、すぐに止んだ。運転は、何の滞りもなく進んでいるし、軽トラも金井さんも鷲沢さんも無事だろう。
アサルトライフルを取り出されたことにより、状況は絶望的である。わざわざ特筆するほどのことでもないが、アサルトライフルのような武器は、拳銃と比べて、連射力が桁違いである。よって禄に狙いを定めなくても銃弾を当てることができる。
そんなことを考えていたとき、俺の左手がしっとりと濡れていた。その液体の正体は、灰場の血液であった。
「灰場。右手、撃たれたのか。大丈夫か」
「いや、大丈夫っすよ。ちょっとかすっただけですから」
俺の質問に灰場は、右腕を押さえ、引きつった笑顔でそう答えた。しかし誰がどうみても大丈夫な出血の量ではない。大日向さんも灰場の状況に気付き言う。
「右腕って、利き腕だろ。ちょっと見せてみろ。亀山少し下がれ」
俺は言われたとおりに、少し下がろうとする。軽トラックの荷台の上に大人が三人うつ伏せに寝そべっている状態なので、あまり下がることはできない。相手から見えないように気をつけながら、体を曲げ、腕一本が入るスペースを作る。
灰場は、特に抵抗することもなく、大日向さんへと腕を伸ばした。つまり、必然的に腕は目の前に来ることになる。
灰場の腕の状況はやはりひどいもので、肘に銃弾の穴が開いている。そしてそこから、どくどくと血が流れていた。早く止血しなければ取り返しの付かないことになるだろう。大日向さんは、タオルをポケットから取り出して言った。
「灰場。お前は、これで止血に専念しろ。もう銃は持つな」
「何でですか。まだ、こらえれば戦えます。それにこの状況ですよ。大日向さんと鷲沢さんだけでは、どうにもできないでしょ」
「何もお前まで命を落とすことはねえだろ」
大日向さんは、そう怒鳴り声を上げた。俺と灰場はその圧力にひるみ黙り込む。大日向さんは、続けた。
「頼む。灰場。これ以上誰か死んだら、俺は、気が動転しそうだ」
先ほどとは打って変わって、ずいぶんと弱弱しい声であった。だが、いや、だからこそ大日向さんが俺たちを心配しているのが、痛いほどに分かった。
しかし、灰場も簡単には、頷かなかった。きっとそれは、この中で一番若い自分が、休んでいるわけにはいかないという彼なりの意地なのだろう。
「でも、これ以上、人が欠けるわけにはいかないじゃないですか。相手は後、三人もいるんですよ。俺が欠けたら、一人一殺でも足りない――」
そんな彼らの言葉を聞いたとき、思わず俺の口からその言葉は溢れた。
「俺が、銃を持ちます」
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