第15話 牢獄の兵士

――金井視点――


 全員、暗くて狭い倉庫のような場所に入れられた。今は、手も足も縛られて動かない。特に足は、撃たれた所がいまだに痛む。だが、僕、大日向さん、灰場という男、この三人は、何とか今生きている。正直自分でも信じられない。あの状況の後も生きていられる可能性など絶望的であった。本当に運が良かった。


 しかし、死者は出てしまった。土門さんと黒川尉官が一瞬でアサルトライフルで葬られたのだ。あの武器は、灰場君に聞いたところ、軍で渡されたものではなかったらしい。おそらくあの半田という男は蛇塚直属の部下で、もともとそういう武器は、渡されていたのだろうと思う。あの武器を持ち出されれば拳銃に勝ち目はない。蛇塚にとっては、ある程度の軍人の裏切りも想定内だったのだろう。


「悪かったなあ。金井。お前もこんなことに巻き込んじまって」


 声の主は、大日向さんだった。弱弱しくて、いつもの大日向さんからは想像できない声である。よほど土門さんが死んだことがきつかったのだろう。少しの間お世話になった僕でもきついのに、相当長い付き合いだった大日向さんはどれほどつらいだろう。弱気になるのも無理はない。


だが、大日向さんが謝る必要はないし、土門さんは後悔していないと思う。あの人も、どの自衛官もそうであるように国のために行動する人だったのだ。だからあっちでも、ドラゴンを守り、戦争を防ぐ力になれてよかったと思っているに違いない。そしてそれは、黒川尉官にも言えるはずだ。


僕は、珍しくしおれている上官を、励ますように言った。


「ああ、大丈夫ですよ。謝らないでください。大日向さんが、あの時三人だと言わなくても、僕や土門さんは自分から名乗り出てましたよ。こんなことになるのも覚悟のうえでした」


 そう言うと大日向さんは、そうか、と言って笑い、また静かになった。


 覚悟していた。それは、大日向さんも同じだったろう。港で、三人追加だ、と言ったときから自分、そして僕か土門さんが死ぬことは覚悟していたに決まっている。だが、目の前で親友が、銃弾でバラバラに引き裂かれていく光景を見れば、たいていの人間は、耐えられないに決まっている。多少元気をなくすぐらいで済んでいるほうがすごい。


 しかし、やはり切り替えが早い人間もいるのだろう。その人間が、先ほどした頼みを終わらせてきたようだ。


「金井さん、大日向さん。どうもこの場所は、脱出できそうなところはないですよ。牢屋ってわけでもないからピッキングもできないし。壁も木製ではないですし。それに外の様子に耳を済ませてみると、鍵のかかっているところの向こうに、見張りが一人居て、そいつは全くサボる気配は見せてないです」

「分かった。ありがとう、灰場君。疲れただろうから座ってて」

「了解です」


 そう、この灰場君は今でも元気なままであった。いや、少しは辛そうなそぶりを見せるので、場を暗くしまいとしているのだろう。あんなことがあっても他人を気遣うことができるのは、一種の才能である。ここに入れられたとき、灰場君に脱出の希望があるかの調査を任せたのは、今彼がこの三人の中で一番頼もしいからだろう。


 そして、そういう人間の姿勢は、やはり人の心を動かす。先ほどまでしおれていた大日向さんが、一つため息をつき、場を仕切り始めた。


「ご苦労だったな。灰場。さて、分かってはいると思うが、ここに居続ければ、おそらく俺たちは殺される可能性が高い」

「えー、何でですか? せっかく殺されずに済んだのに」


 大日向さんの話の途中、灰場君の瞬時の質問に僕と大日向さんは顔を見合わせた。どうやら気は回せても、頭は回るタイプではないらしい。大日向さんは、さっきとは、違ったニュアンスのため息をついた。


「金井。説明してやれ」

「はい。分かりました」

「灰場君。僕たちが捕まったときのことは覚えているよね」

「はい。確か半田の無線に連絡が入ってきて、そこから急に殺すことをやめたんですよね」


 そう僕たちがどうして生き残れたかと言えば、その一つの連絡のおかげであった。大体は今灰場君が言ったとおりである。だが、殺すことをやめたと言う表現は少しふさわしくない。


「一応聞いておくけど、あの連絡は、蛇塚から来たものだということは、想像ついてるよね」

「そ、そんなの分かってるに決まってるじゃないですか。や、やだなあ」


 ・・・・・・まあいい。もう問い掛けるのはやめて説明してしまおう。


「そう、そして蛇塚が僕たちを野放しにするわけがない一度反逆の意を示したんだからね。おそらく裁判にでもかけて死刑にでもするんじゃないかな」

「えー、なんでですか。本当に死刑になんてできるんですか。それに殺す気なら港でできたじゃないですか。何でわざわざ捕まえたりするんですか」

「そうだね。まず、なぜわざわざ死刑にするかと言えば、見せしめのためだよ。他のやつが刃向かってこないように、恐怖を植えつけるためには、少しでも派手に殺した方が効果がある。それに、報道されることで日本中に広まるしね。そして死刑にできるのかだけど、これは簡単だよ。現に僕らは、さっきの騒動で何人かの命を奪っている。蛇塚なら、どうせ司法機関にまで手を回していそうだから、動機がどうであれ、それで簡単に死刑になるよ。これで良いですよね。大日向さん」

「ああ、それで大体俺の考えとは合ってるよ。俺から補足することは何もねえ。灰場は理解できたか?」

「は、はい。何とか」


 かなり目が泳いでいた。本当に大丈夫だろうか。


 まあ分かっていなかろうが、待っている暇はない。この船がいつ出発するかがこの暗闇の中では分からないのだ。おそらくドラゴンを捕まえるまではこの島にいるとは思うが、時計も何もない。今、どのくらい時間がたったのかも分からないのだから、早く行動を起こすに越したことはないのだ。大日向さんもそれを分かっているので、また場を仕切りだした。


「さて、これで改めて、今の状況が実感できたと思うが、二人に聞いておきたい。今俺たちになにができると思う?」


 大日向さんは、そう言って僕たちの顔を見た。だが、僕は何も言えなかった。


 灰場が先ほど調べた情報が正しければ、脱出は絶望的である。そもそもあの蛇塚が作らせたのだから、脱出できるような構造になっているはずがない。


 しかし、そのような時でも大日向さんがこういうことを聞いてきたということは、大日向さん自身がこの事実を認めたくないのだろう。親友が殺されたのにも関わらず、このままここでじっとしていて、自分を殺されるのを待つしかないということを受け入れたくないのだろう。そんな人に現実を突きつけるまねがどうしてできるだろうか。


 僕がそう思っているとき、灰場君もなんとなく同じ事を悟ったのだろう。無理だと言わずに、ひとつの意見をひねり出した。


「待つことはできないんですか? 虎谷さんとかの助けが来るまで。ここで」


 だが、その発言は、むしろ今のどうしようもない状況を更に意識させるものだった。


 大日向さんは、その発言に対して、無言で僕に説明を促した。やはり自分でその事実を否定したくはないようだ。


 僕は、大日向さんのほうに向って静かに頷き、灰場君の方向に体をひねった。


「それは難しいよ。特に虎谷に関してはその確率はゼロだ。君もなんとなく分かるだろう」


 彼は、虎谷というところに反応し、無言になった。


 おそらく分かっているのだろうが、俺は続ける。


「虎谷は確かにすごい奴だけど、軍人に向いていないほど、心がもろい。あいつはみんなの期待に応えるために、いつも無理をしていた。弱みを見せようとしなかった。だからこそ、一度耐えられないくらいの悲しみを味わったとき、その無理をしていた分が一気にくる。そんな虎谷が、黒川尉官と土門さんの死を見ていたんだ。どうなるか分からない」

 

 ふーっと息を吐き、僕は言葉を重ねる。

 

「さらに、虎谷以外のあの三人なら、僕たちを死んだと考え、もしものときの決断はしないと思う。人質にすれば来るかも知れないけど、そもそも半田たちからあの四人への連絡手段はないし」

「でも、亀山さんならで来れるんじゃないですか?」

「それも難しいよ。亀山君は、今一人で戦っていて、そんな状況じゃない。仮にここに来たとしても、一人だけじゃあ、見張り二人を突破できない」 


 それを聞くと、灰場君は俯き、もう何も言わなくなった。僕も一つため気をつき、壁に身を任せた。


 やはり、今の状況は最悪である。口に出すことで、よりそれが明確になった。ここから、助かる方法は何一つとして存在しないのだ。灰場君は、大日向さんに希望を見せるために意見を出したが、それは逆効果であったようだ。僕は、今、大日向さんの顔を見ることはできなかった。


 しかし、そんな絶望の空間の中でで誰かがポツリと呟いた。


「それでも、生きなきゃなんねえ」


 僕は、その声のした方向を見た。そこにいるのは、いまだに目が死んでいない、むしろ燃え滾っている大日向さんの姿だった。


 大日向さんは、今度は声を張り上げて続けた。


「お前らは気付いてたか。土門が何で死んだか。あいつは、半田がアサルトライフルを取り出した瞬間に半田に向って走り出したんだ。自分に注意を集めるために。だから、あいつが一番最初に狙われ殺された。あいつらは、俺らをかばって死んだんだ。だから、生きなきゃならねえ。あきらめちゃいけねえ。たとえ何もできなくても、奇跡を待つぐらいのことをしなけりゃあいつに示しがつかねえだろう」


 やはり、この人はこの人のままであった。希望を捨てずに最後まであきらめない。そして、その信念を持つ言葉は、必ず人を動かせる。そういう人だからこそあの革新派をまとめられるのだろう。


 絶望の空間が、その言葉でがらりと変わった。灰場君を見ても、目の色が大日向さんのように変わっていた。そしておそらく僕もそうなっているはずだ。ここにいる人間には、死ぬそのときまで、ただ待っているという人間はいなくなった。しばらくの間、それぞれが生き残るために必死で考え意見を出し合った。


 そして、おそらくその出来事は、大日向さんや僕らのそういう気持ちが引き寄せたのかもしれない。ずっと真っ暗だった空間に、やっと光が差し、入り口がゆっくりと開けられた。


 そして、亀山君の声が聞こえた。


「大丈夫ですか? なんとか助けに来れました」

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