第16話 出航
――亀山視点――
驚いたことに、金井さんたちを助けることは、全く苦労はしなかった。この船自体の構造はよくできていたと思うが、どうも警備が雑すぎる。栄治さんがこの近くに亀山玄が出たと言うだけで警備をせずに捕まえにいったし、軽く顔を隠しただけで俺は亀山玄だとばれなかった。まさか栄治さんの言葉がそれほど信用を得ているわけではないと思うので、これは警備員の問題だろう。栄治さんが簡単というのも頷ける。
そして、それはある意味当然であろう。警備員には、軍人ではなく、暴力団員が雇われているらしい。栄治さんに教えられたのだが、蛇塚は、あまり軍を信用していなくて、こういう大事な仕事は自分の支配下にある組織に任せるそうだ。
なかなか用意周到だが、その決断は、裏目に出たらしい。暴力団など金で雇われているような連中だろう。出てこれるかも分からない囚人の見張りより、俺を捕まえたときの報酬のほうが目がくらむに決まっている。素直に軍人を信用して任せれば、もう少ししっかりと自分の仕事をこなしたことだろうに。まあ、こちらにしては結果オーライであるから良かったが。
そんなわけでここまで来れたわけだが、俺は、鍵を開けてかなり驚くこととなった。金井さんたちの目が全く死んでいなかったのだ。ほとんど助かる可能性もないし、俺が助けに来ているとも思うまい。それに仲間である土門さんや黒川という人まで殺されたということも聞いた。だが、この三人の目は決して死んでいなかった。大丈夫ですかとは聞いたが、今思えば聴くまでもないことであった。
少し安心していると、大日向さんが急に立ち上がり、僕の肩をつかんで、目を輝かせて言った。
「亀山。よく無事だったな。しかもまさか助けにまで来てくれるとは、いったいどうやったんだ?」
大日向さんの向こうの二人も、よほどそれが気になるようで、俺のほうをじっと見ていた。だが、今はここで時間をかけているときではない。それに大日向さんと金井さんではない、もう一人の人を俺は知らない。だから一度情報を交換したいし、それはもう一人を交えて行うべきだろう。俺はなるべく早口で簡潔に言った。
「一人協力者がいるんです。その人が予定では操縦室に行ったはずなので、一旦そこに向います」
操縦室に着くと栄治さんが一人で壁にもたれて立っていた。あの様子だとあちらもうまくいったのだろう。
操縦室は、思ったより広く後の三人も難なく入れた。俺は全員がはいったのを確認した後に言った。
「この人が協力者の鷲沢栄治です。蛇塚や暴力団と関わりがあり、暴力団に金を借りたのがきっかけで奥さんが蛇塚のもとに行ってから帰ってこなくて、それで蛇塚に反感を抱き今回協力してくれることになりました」
栄治さんは、俺がそういい終わった後かよろしくお願いします、とよくある挨拶をしたが、それが言い終わるや否や、例の知らない軍人が口を開いた。
「鷲沢さんですか。先輩とかからよく優秀な人材だってうわさを聞くんですよ。俺、灰場って言います。よろしくお願いします」
あまりの元気さに押され気味になりながら、俺は、その灰場に聞いた。見たところ年下のようで気を使うのも面倒なので敬語抜きだ。
「それで灰場、君は誰なの」
「あーそういえば初対面でしたよね。俺は、金井さんから聞いてはいたんですけど。ええと俺はですね。・・・なんて言えばいいんでしょう?」
大日向さんが一つため息をつき、言葉を代わった。
「こいつは白羽と同室の後輩だよ。黒川と一緒にこっちに情報を流してくれた。俺も初対面だが言い奴だ」
簡潔では会ったが俺は、なんとなく灰場のことを理解できた。おそらく白羽に心を動かされたうちの一人なのだろう。そう考えている間に大日向さんは、今度は栄治さんのほうを向き、続けた。
「それにしても鷲沢か。こっちもうわさには聞いてるぞ。しかし、お前あの暴力団たちと面識があったとは。どうりで俺たちを簡単に助けられるはずだよ。警備は、暴力団だったし、どうなったかは大方想像がつく。まあそれでも助けてくれてありがとな。俺は、大日向だ。よろしく」
こうして二人は、挨拶を済ませたが、金井さんは、まだ栄治さんを警戒していた。あの人の警戒強さは俺も体験している。もしかしたら、俺の話し自体栄治さんの言った作り話とまで思ってるかもしれない。そんな様子を見て、栄治さんから家内さんに話しかけていた。
「金井さん」
「なんですか?」
「あなたのことは亀山から伺いました。友人が殺されたそうですね。それに比べたらまだ生きている可能性があるだけ俺の状況のほうがましなのかもしれません。でも、蛇塚を倒したいという気持ちは本物です。妻をあなたの友人のように死なせたくないんです。どうか、信じていただけないでしょうか」
そういって栄治さんは頭を深く深く下げた。金井さんは少し困った様子だったがそれを言うときになるとその様子は消えた。
「頭を上げてください。むしろこっちが謝りたいぐらいです。それほど紳士に対応されるなら疑う理由はありません。一緒に蛇塚を倒しましょう」
栄治さんは、頭を上げて、ありがとうございますと言って、また下げて、今度はすぐに上げた。
さて、栄治さんの紹介も済んだことなので、俺は聞いた。
「それで教えてください。土門さんたちはどうして死んだんですか」
金井さんと灰場はちらりと大日向さんのほうを見た。おそらく気を遣っているのだろう。
だが、その質問に答えたのは他の誰でもない大日向さんだった。
「ああ、いいぜ。教えてやる」
そうして俺は大日向さんから、作戦がばれていたことや、相手の武器がこちらより充実していたこと。青人たちは無事北島を出れたことを聞いた。
なかなか壮絶な内容だった。聞くだけでそう思うのだから、実際その場にいた人たちはさぞかし辛かったであろう。
だが、栄治さんの言葉がその事実を知った俺に更なる追い討ちをかけた。
「なら、おそらくその半田は、ドラゴンたちを探しに行ってますね」
俺は、すぐその質問に聞き返した。軍人ならともかく、今話しに聞いた半田たちの暴力団員なら、青人たちに何をするか分からない。
「それってどういうことですか?」
「俺がこの船で何をやったかは分かってるよな」
「はい。俺が近くにいるといっても船に残っていたやつを船の外に出したんですよね」
「ああそうだ。スタンガンも手ごろな縄もあったから、それ自体はうまくいった。でも、船内に半田の顔はなかった。蛇塚は、犯罪者の見張りという大役なら、ある程度有能な人材をおいているはずだ。だからこそ、副団長の半田がいないのはおかしい。半田が俺の言うことを素直に受け止めて、外に出るとは思えないからな」
「なら、早く助けに行かないと」
「駄目だ」
はっきりとそう否定したのは、栄治さんの声ではなかった。声のしたほうには大日向さんがいた。大日向さんは続ける。
「俺たちはもうあいつらとの戦力の差が分かってる。だから、同じことを繰り返しちゃいけねえ。武器も取り上げられているし、今、あいつらを追いかけて戦っても無駄死にするだけだ。気絶させたやつらの武器も拳銃程度だったんだろう?」
その質問には、栄治さんが答えた。
「はい。おそらくそういう主要な武器は、半田の船に積んであると思われます」
「だろうな。丸腰の俺らになら拳銃で十分と考えるだろう。つまり、武器を調達しても無意味。だから、俺らは助けに行けない。今は、虎谷たちをしんじるしかねえんだ」
俺は納得せざるを得なかった。この場で助けにいこうにもその俺たちが戦力にならないんだから仕方がない。俺は、無言で頷いた。
今度はその様子を見ていた灰場が口を開いた。
「でも、助けに行けないんなら、俺たちこれからどうするんですか? なんかやることあるんですか?」
この質問には、大日向さんも金井さんも何も言わなかった。二人とも何も考えていなかったのだろう。その質問に答えたのは栄治さんだった。
「それなら俺に提案があります。今から首相官邸を攻めに行きませんか」
「はあ?」
その素っ頓狂な声を上げたのは、大日向さんだった。
「お前本気で言ってるのか? 今の俺たちの兵力じゃまだ蛇塚を倒すにはいたらねえんだぞ。それを分かっての発言なのか」
「はい。亀山から人が足りないとは聞きました。一般人に少々強引なデモを起こしてもらい、それで相手の兵力をそぎます」
「どうやって、そのデモを起こすつもりなんだ。一度デモは起きたが、それは自衛隊に鎮圧された。一度収まったデモをどうやってもう一度起こすんだ」
栄治さんは一度ある人のほうを見た。そして続けた。
「前に清水正志という政治家がいました。その政治家だけが懸命に平和主義の放棄に反対していて、その人は国民から大きな支持を集めていました。しかし、急に自殺してしまった。国民からは、蛇塚がやったのではないかという噂が広まっています。だから、その清水さんの親友である金井さんがみんなを指導すれば、きっとデモは起こせるのではないでしょうか」
「は?」
今度素っ頓狂な声を出したのは、金井さんだった。今は普段からは想像できない間抜けな顔をしている。
その顔が再び整う前に灰場が言った。
「本当ですか? 金井さん。それなら絶対にうまくいきますよ。早く本島に戻りましょう」
「待て」
そう声を上げたのは大日向さんである。いつもよりも真剣な顔つきになっていた。
「お前から清水の友人であったことは聞いていた。確かにその作戦はうまくいくのかもしれない。だが、決めるのは、金井自身だ。大衆の指導者になるんだ。それなりの覚悟がなくちゃあ務まらねえ」
そして大日向さんは、金井さんのほうを向いて言った。
「どうするんだ金井。やれるか」
大日向さんが話始める前に、金井さんの顔は引き締まっていたように見えた。もうあの人も覚悟は決まっているようだ。
「やります。正志の無念がここで果たせるなら、どんなことでも」
それを聞いて、大日向さんは笑い、そして言った。
「大丈夫そうだな。じゃあ金井。俺たちは本島の革新派本部を目指すぞ。あそこはもしクーデタを起こすときのために電波ジャックの準備がしてあったはずだ。それで一般人にクーデタへの参加を呼びかける。長年力を蓄えていた革新派が動くときだ」
おお、という掛け声とともにこの船は走りだした。本島まではこの船を使うらしい。他の船に移る暇はないから仕方ないのだが。
しかし、俺は移り行く北島を見ながら、ずっと一つのことを不安を抱いていた。それは北島に来たときからであったが、半田という人間の事を聞いてその不安はいっそう大きくなった。
青人たちは今無事なのだろうか。
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