第13話 北島での攻防

――白羽視点――


「虎谷、北島が見えてきたから上陸の準備をするようみんなに伝えて」

「敵はいますか?」

「ここからは、見えないね。安全に上陸はできると思う」


 船の操縦は、金井さんがやった。一応そういう免許は持っていて、何度か操縦の経験はあるらしい。


 そして今は、その操縦室に俺と金井さんだけがいて、俺は金井さんにこれからのため船の操作を教わっていた。出発してから今に至るまで割と長い船旅だったので、操作は覚えられた。これからは船を主体にして逃げるので、一応覚えておいて損はないはずだ。


 また、他の五人は、船の甲板にいた。あまり大きい船ではないので、そこぐらいしか居るところがないのだ。俺は、その五人に聞こえるよう大声で、準備を促した。


 俺と金井さんは、準備はもう済ませてある。みんなが準備している間に俺は金井さんに今朝からずっと思っていたことを言った。


「金井さん」

「何?」

「俺、前からずっと金井さんのことが嫌いだったんですよ。いつも地味で会議とか参加しないし、何事にも適当な人だと思ってました」

「ひどい言われようだね」

「でも、今回のことで分かりました。金井さんもしっかり自分の意思を持って動いているって、だから、そう思っていたことを謝ります。すいませんでした」


 俺は、そのことがどうも心に残っていた。前から金井さんは苦手で、金井さんのことを避けていたということも何回かあった。


 だが、今回のことで、俺は金井さんをよく見ていなかったことが分かった。独断で、玄を北島に連れて行ったことは、彼には彼なりの、上官すらも恐れない、強い意志があったことを教えてくれた。だから、今、よく知ろうともせずに、嫌っていたことを謝るべきだと思った。


 金井さんは少し照れながら言った。


「買いかぶり過ぎだよ。僕の、意思による行動力なんて、大日向さんとかと比べればちっぽけなものだ。虎谷と比べてもね」


 そんなことはない。俺だって上官の意向を無視して独断で行動するのは、必要があったらできるかもしれないが、多少は葛藤するだろう。


「いや、そんなことはないですよ。金井さんは、俺なんかよりもずっとすごいと思います」

「虎谷よりも、ねえ」


 一瞬金井さんが、悲しそうな表情をを浮かべた。俺はそれの理由を聞こうとしたのだが、金井さんの言葉にかき消された。


「さあ、着いたよ、虎谷。敵に見つからないうちに早く盗ろう」


 もう一度聞こうと思ったのだが、金井さんの言うとおりいつ軍のやつらが来るか分からない。


 甲板に出るとみんなはもう港にいるようだったので、俺も北島に降りた。金井さんも降り、大日向さんが全員いることを確認して言った。


「よし、全員いるな。それで虎谷、周りに結構船があるが、黒川尉官の船ってのはどれだ?」

「はい、確か船頭に傷がついていると言っていたような・・・」

「ああ、それなら知ってますよ。もっとも乗れるかは分かりませんが」


 聞き覚えのない声に、慌てて振り向き、スタンガンを構える。すると、先ほどから気にはなっていた、やたら黒くて、派手な船から、何人もの男たちが下りてきていた。


 そして、先頭の男の腕には、頭に銃を突きつけられた真二がいた。


「真二、なんで」

「やはり虎谷さんの知り合いでしたか。なら、話は早い。あっ、私の名前は半田修也です。みなさん手は挙げてくださいね」


 俺は、驚いて声が出なかった。


 真二は、優秀な兵である。だからこそ俺は、真二に絶対の信頼を置いているし、今回も真二が協力してくれるといってくれて嬉しかった。


 だがその真二が、人質に捕らえられたが挙句、抜け出せずにいる。それは、驚くのに十分な理由だった。


 その俺の様子を見た青人は、手を挙げたまま、俺の変わりに聞いた。


「その人、人質なんだろう? お前らが要求するものは何だ」

「青人さんですね。それは、聞かずとも分かるでしょう? あなたの隣にいるドラゴンになれる女の子ですよ」


 真二曰く、ドラゴンが女になれるということは、一般兵には最初から伝えられていないらしい。士気が下がる可能性もあるので、伝えるかどうかはその隊ごとの指揮官にゆだねたようだ。そして、真二がそれを伝えるとは思えないため、半田は、ただの一般兵ではない。


 だが、この男がどこの誰だろうと、幸を渡すわけにはいかない。こいつを蛇塚に渡すのは、戦争を始めるのと同じこと。また、それを差し引いたとしても幸は大切な友人だ。渡すことはできない。

しかし、だからといって真二を殺させて良いわけがない。あいつが死んだら、妹の真里ちゃんはどうなるというのだ。殺させることはできない。


 この場にいる全員がただ黙っていたとき、真二が言った。


「白羽、分かってるよな。俺の命と幸ちゃんの命なんて比べるまでもないことぐらい。早く逃げろ」

「少し静かにしてください」


 半田にそう言われて、真二は、拳銃で頭をたたかれていた。


 それに怒りを感じつつも、冷静になり、考えをめぐらせる。


 分かってはいる。先述したように、幸が捕まり、戦争が起これば、何人もの人が死に、何人もの人が困るのだ。だが、真二を見捨てても、死ぬ人は一人で、困る人も一人、比べるまでもないことだ。


 ―でも、俺はそれを即決できるほど、本当は強くはないんだ。


 俺は、周りからよく天才だの何でもできるだの言われて、誰にも弱いところを見せなかった。それは、真二にも、灰場にも、島の四人にもである。いつも強がっているだけで、本当は、弱い人間だった。


 俺は黙った。大日向さんや土門さんは、俺に判断をゆだねたようだった。おそらく俺なら、現実をしっかり分かっていると思ったのだろう。


 だが、俺は、自分でもおこがましいと思えるほど、奇跡を信じて、ただ待った。


 そして、それは、起こった。


 俺たちのななめ後ろあたりから、一つの銃声が聞こえたのだ。そしてそこから放たれた銃弾は、的半田が銃を持っているほうの二の腕を掠めた。


 半田はそれに気付くと、言った。


「いってえな。てめえ、何してくれてんだ」


 どうやらだいぶ冷静さを失っているらしい。半田は、すぐに銃声のしたほうを向いた。俺も振り向いてみると、


 そこにいたのは、拳銃を持った灰場だった。


 おそらく、何らかの幸運で捕まるのを免れたのだろうが、俺は、灰場がいたことよりも灰場がしたことに驚いた。


 灰場は、決して銃の狙いをはずしたわけではない。自分の位置を計算し、弾丸が俺たちに当たらないよう、半田を正面から狙うのを避けた。そして、斜めから、わざと右腕を掠めるように撃ったのだ。そっちの方が真二に当たることもないし、殺す必要もないと思ったのだろう。


 そして、灰場の判断は間違っていなかった。


半田が灰場に気を取られたことにより、真二への警戒が薄くなった。真二は、その隙に半田の拘束から抜け出し、その顔面に拳を当てた。半田は後方に吹っ飛んだ。


 俺たちは、それを見たや否や、一斉に走り出した。目的地は灰場の近くにある、傷のついた船である。先ほど見たときに気付くことができた。また、半田以外の兵たちは、全員何が起きたか分からずに、呆然としている。


 これならばいけると思い、俺は最後尾で後ろを気にしながら走っていると、半田が立ち上がったのが見えた。


「何やってんだてめえら。とっとと追え」


 その言葉で兵たちは、やっと動き出した。だが、そこに、さっき半田から拳銃を盗った真二が立ちふさがる。


「さて、申し訳ないがここを通すわけにはいかない。ありがちな台詞だが俺を倒してからいくんだな」

「ちょっと黒川さん、そういう台詞は、二人そろってから言うべきでしょう。あっ、それと虎谷さん。俺たちは大丈夫ですから、絶対に幸ちゃん守ってくださいね」


 灰場もそう言って、俺の横を通り過ぎ、真二の横に並ぶ。


 ――いや、おいおいおいおい。


 それを見ながら、半田が馬鹿にしたように笑いながら言った。


「はっ、馬鹿言ってんじゃねえよ。たった二人でこの人数を相手取れると思ってんのか。すぐに死ぬのがおちだろうよ」


 すると、大日向さんが急に立ち止まった。その方向を向き土門さんと金井さんも、意を決したような顔で立ち止まる。


 大日向さんが言った。


「半田とやら、残念ながら二人じゃねえぜ。後三人追加だ。金井、土門、麻酔銃でも、戦えるベテランの力、見せてやろうぜ」


 ――いやちょっと待てよ。無理に決まってるだろ。


 こう言うのも癪だが、三人増えようが先ほどの半田の言うことは変わらない。こっちの五人に対して、あちらの軍は、約三十人。もちろん全員が拳銃持ちだ。いくらあの五人が強かろうと長くは持たない、というか死ぬだろう。


「いやいやみんな何やってるんだよ。灰場や真二は、守るべき家族がいるだろう。それに大日向さんたちは、軍を変える人たちじゃないですか。みんなこんなところで死んで良いわけ・・・・・・」


 真二が俺の言葉をさえぎった。


「白羽。いいか、俺たちは自分の意思でここにいるんだ。お前らが必死でやってるから、俺たちもそれに協力したくなったんだ。お前らが危険な思いをしているなら、俺たちも当然そうする。そしてそれができるのは、今しかないだろう」

「なら俺も残るよ。スタンガンだって、多少の役には立つ」


 その俺の言葉を、真二より先に、金井さんが否定した。


「それは駄目だよ、虎谷。君がいないと幸ちゃんたちは、絶対に困る。それに僕のことすごいと言ってくれたじゃないか。だから、安心して行きなよ」


 ああ、もう何を言ってもこの人たちの意見は変わらない。このまま話していて、俺たちが船に乗れないことがあれば、この人たちの覚悟を無駄にしたことになる。


「分かりました。でも、死なないようにしてくださいね」


 俺は、やむをえず走った。


 罪悪感があった。無力感があった。死んで欲しくないという思いがあった。


 だが今は、走るしかないのだ。


 例の船に着いて、もう一度振り返ったとき、既に銃撃戦は始まっていた。幸いまだ五人は、無事である。今のうちに幸たちを船に乗るよう促し、最後に俺が乗った。


 朱音は、俺に心配そうに聞いてきた。


「大丈夫白羽? 無理はしないでね」


 俺は、それに、ああ、とだけ返し、船の操縦室に向おうとした。しかし、そのときおぞましい音がしたので、俺は、すぐに銃撃戦のほうを見た。


 銃の連射の音が聞こえたからだ。


 それが意味するのは、機関銃などの連射力のある銃である。一秒間に何発も撃てるため、とても拳銃では太刀打ちできない。死ぬ。


 そして俺が見た景色には、案の定、真二と土門さんが血まみれになって倒れていた。


 ――うそだろ。


 俺のせいだ。俺があの人たちに会っていなかったら、きっと死んではいなかった。


 俺が、自衛隊のとき抗議運動なんてしなければ、土門さんは死ななかった。俺が、真二が内通者になると言ったとき、しっかり止めていれば、真二は、死ななかった。


 しかし、俺はがんばらなければいけない。金井さんの言うとおりだ。俺がいなければ、作戦は、操縦は、戦闘はどうなる。泣いている暇はない。


 でも、泣くくらいなら良いのではないだろうか。いや、そんな暇はない、泣くな。しかし、こんな状態で、何かするなんて不可能だ。でも、がんばらなければならない、やれ。無理だ、やれ、無理だ、やれ、無理、やれ、無理、やれ、無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ無理やれ。


 ――ああ、もう、いいや。


 急に力が抜けていくのを感じた。だが、そこから先は、何も覚えていない。

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