第12話 村人Aの主張

――金井視点――

「これで「あいつ」との話は全部だよ。『あいつ』が死んだ理由は簡単だ。あいつは選ばれなくて、蛇塚は選ばれていた、それだけなんだ。何かを変える人間は、自分の信念を貫こうとする強い感情。そして、神に選ばれて得られる才能や運が必要なんだと思う」


 息を静かにはき、僕は続ける。


後者があれば人を動かすことなんて簡単なんだろう。そして、学校で少しの人の心しか動かせなかった『あいつ』と、無理矢理にでも心を動かし、全てを思い通りに運ぶ蛇塚。明らかにこの二人には、後者で差がありすぎた。もちろん『あいつ』も少しは選ばれた人だったんだと思う。でも、蛇塚は、蛇塚だけは、別格だったんだ」


 僕は、頭の中で横切っていった怒り、無力感、他様々な感情を押し殺し、かみ締めるようにゆっくりと亀山君に伝えた。


「『あいつ』の名前は、『清水正志』。名前の通り清らかで正しく生きて、それによって死んだ。

 亀山君、君のしようとしていることは間違いじゃない。そうしなければきっと幸ちゃんが捕まらないのは難しいだろう。でも、君だけはそれをやってはいけない。今までのミスから見ても、君だけは、こんな僕よりも選ばれていない」


 そんな経験をした僕が未だに革新派に居るのは。大日向さんが選ばれているように見えたからだある。大日向さんならもしかしたら、蛇塚に勝てるのかもしれないと思ったからである。だから、今ここにいるのが大日向さんなら喜んで手を貸しただろう。


 また、大日向さんでなくても、女子は当然抜き、虎谷や青人君でもそうしたと思う。虎谷は実際に革新派の人の心を動かした。また、あの竜泉君は。根拠はないのだが、もしかすると蛇塚を凌ぐくらいのものを持っているかもしれない。僕は、彼を見てそういう風に感じた。でも、亀山君だけは駄目だ。この男は選ばれていないどころか貫きとおす信念すら感じられない。行ったら確実に捕まるだろう。


 しかし、今のは僕の価値感での話である。どんな人間でも自分が無力であることは信じたくないものだ。亀山君にはどんな反論をされてもおかしくはない。


 そんなことを考え、心の中で身構えながら、亀山君の言葉を待ったが・・・…。


 亀山君は笑っていた。


「ああ、なんだ。急に重い話になったと思ったらそんなことですか。子供のころから分かってますよ」

「は?」


 ・・・・・・いつもあらゆることを想定して動く僕だが、こういう反応をされるとは想定外だった。こういう受け入れがたい事実を子供のころから分かっていた、そんなことになっていたら、残りの人生なんてやる気も出ないじゃないか。


 亀山君は続ける。


「金井さん、心の中で、俺が白羽か青人なら喜んで行かせるって思ったでしょう。そうなんですよ。俺は、今までそういう風に生きてきました。虎谷は優秀でいつもなんでもできましたし、青人がやることや言うことにはいつも不思議な力がありました」


 亀山君は、なおも笑う。


「それに比べて俺には何もありませんでした。何をやっても平均でできないという短所すらありませんでした。そしてそんな環境に居る内に気付いたんですよ。俺は、この二人とは違うって。だから、金井さんがそう思うのも当たり前でしょう」

「なら、どうして君は北島に行きたいなんて言うんだい?」


 そう聞くと亀山君は、また笑った。でも、今度は少し悲しそうだった。


「俺は、物語で言うなら、通行人Aとかその辺の人だと思います。名前も知らず、何もせず、ただそこに居るだけの存在。でも、俺は、あの二人と同じところで同じ年に生まれてしまった。だから、今幸を助けようとしている。俺が幸を助けようとする理由は、正義感があるわけではなくて、友達だから助けるべきだという義務感なんです。まあ、嫌とは思ってはいないんですが」


 自分に辟易しながら、彼は、あきらめたような顔で言葉をつむぐ。

 

「俺の行動理念は、大方それで、今回もそうです。俺は別にヒーローになりたいわけでも、この状況を変えられると思っているわけでもない。ミスを取り返すべきだから取り返す。そうするべきだからそうする。この俺はただ、誰もがすべきと思うことを義務としてやる。それだけです。だから通してください。仮に捕まっても、死ぬべきだと思って死にますよ。まあ、すぐはあきらめませんけど」


 僕は、この男に驚くと同時に、なぜこの男が先ほど麻酔銃を向けられて平気な顔ができたのかを理解した。


 亀山君は既に、死んでいたのだ。己の無力さを悟り、何をしても上がいることを悟り、自分をなくし、全ての判断を世間の考えに任せ、死にながら生きていくことを彼は選んだのだ。死人が死ぬことを怖がるはずもない。


 つまり彼は、清水正志になる手前の姿ではなく、清水正志が生き続けた場合の姿なのだ。


 それは、大衆を動かさず、どうしようもなく不運である、蛇塚と真逆の姿。


 予感がした。今まで僕は、蛇塚を上回ることだけ考えていた。だが、眼前のこの男は、それとはまったく別の道を行っていた。そして、だからこそ蛇塚と対抗できる気がした。亀山君が蛇塚を打ち負かす予感がした。この男は、ある意味選ばれていたのだ。


 誰よりも選ばれざるものとして。


「亀山君、そんなこと言ったら、誰も行かせてくれないと思うよ。でも、運が良かったね。僕は止めない。君がある意味すごいことを知ったから、僕は他の誰よりも君が行くことを勧める」

「は、はあ」

「作戦は、少しは考えてあるんだろう? 君じゃ運には頼めないだろうから」

「はい。この囮作戦は、土地といい、状況といい、俺に適しています。まるで、お前がミスを取り返せと揶揄するように。だから、運に頼らなくても大丈夫ですし、命をあきらめることにはならないですよ」

「それなら、船に乗って。北島に行く。亀山君、きっと君なら、何とかなるよ」


 正直、亀山君がどう蛇塚に勝つかは想像もつかない。北島に行くことでそれにつながるとも思えない。でも僕の直感が、亀山君は絶対に友人の無念を晴らしてくれると言っているのだ。


――青人視点――


 時刻は、四時である。ここから出るのはまだまだ後の予定なので、これほど早く起きる必要はない。しかし、起きてしまったのは――。


「あー思いつかねえ」


 大日向さんの計三回目のこの叫びのせいである。


 一度目は、三時四十五分で、そのとき俺たちは起きた。


 二度目は、白羽が俺たちに事情を説明しているときである。そこで軍がこれから銃を使ってくること。それによって、これから船を盗むために小隊を引き寄せなければならないこと。玄と金井さんがおそらく船を使って島を出たこと聞いた。


 そして、三度目は、みんなで小隊を引き寄せる方法を考えている今である。玄と金井さん放っておくのかと思ったが、大日向さん曰く、金井がついているなら絶対に大丈夫だそうだ。土門さんも否定しなかったし、そう言うなら大丈夫なのだろう。


 だが、会議をしているのはいいがみんなただうなるばかりで、全くいい考えが出てこない。一瞬、俺が囮になればいいのではないかとは思った。ドラゴンの居場所がつかめていない中で、人質として使えるやつが囮になるのだ。小隊を引き寄せられないわけないだろう。


 しかし、そうすると、いつくるか分からない白羽の友人が来る、逃げ続けなければならない。それは、よほど逃げる技能がなければ無理な話だ。


 相変わらず案が出ずにしばらくうなっていると、金井さんの船が来た。


 金井さんが、俺たちのところに来たとき、俺たちはおどろいた。玄の姿がどこにも見えなかったからだ。


「金井さん、玄は、今どこにいるんですか?」


 朱音がそれを真っ先に聞いた。みんなも気になるようで、視線が一気に家内さんに集まった。


 金井さんはそれに動じることなく落ち着いていた。何をしたかは知らないが覚悟は決まっている感じだった。


「そのことなんだけど、みんな聞いてください、次の作戦について話します。軍の事情は、亀山君から大方聞きました。彼は、二時ごろの会話を聞いていましたから。そして彼は、僕のところに来て、自分が劣りになるから、船を出すように言われました。だから、今彼は、北島で軍と戦っています」


あまりにも急な知らせに全員が、驚いた。幸と朱音は、俺を東島で叱ったときと同じ顔をしていた。だが、俺は、ある意味納得していた。玄と北島ならあれだろう。


「罠ですか?」


 そう聞くと、金井さんは黙って頷いた。


「罠、それが亀山の軍と戦う武器なのか。どの程度なのか説明して欲しいんだが」


 土門さんが俺のほうを向いて、そう言ったのだが、俺は、なんと言えばいいのか分からなかった。説明できないこともないのだが多分今考えているものでは、説明しきれたとは言えない。


 どう言おうか迷っていたのだが、そんな俺に白羽が助けてくれた。いや、というよりは白羽以外にこれを説明できる人は、いないと本人も分かっていたのだろう。


「それに関しては俺が説明します。まず、亀山玄は、北島出身です。そして北島は、おおよそ半分が森になっていて、その森には、不思議と危険な動物が出ないので、よくそこで鬼ごっことかをして遊んだんです。そしてその際に玄が用いたのが、罠を使った戦術です。あいつは、日ごろからよく森に行っていたため、その地形が頭に入っています。それを生かし、人が警戒しそうもないところに落とし穴などを仕掛け、己が逃げるときは、うまく罠に誘導し、いつもあいつは鬼ごっこでは、鬼になりませんでした。その罠は今でも森に残っているはずです。あまり島の人たちは森に入らないので。だから、あいつはおそらく、真二から船を盗るまで、耐えてくれると思います」


 多分白羽は、よっぽど負けることが悔しくて、自分なりに解析したんだろう。玄本人もここまでうまく説明できるとは思えない。


 土門さんも、それに納得したようだが、俺は、この作戦に一つ疑問に思うことがあった。そして、それを朱音が先に聞いてくれた。


「でも、玄を置いて船を出すんですよね。その後どうやって玄と合流するんですか?」


 だが、その質問に対して、金井さんは、恐るべき答えを返してきた。


「合流はしないよ。亀山君には、幸ちゃんが逃げ切るまで、ずっとそこにいてもらう予定だ」

「は?」


 この人は、本気で言っているんだろうか。金井さんは一応伏せておいてくれたが、逃げ切るまでというのは、幸が来てから十年目になる、後二日経つまで軍に捕まってはいけないということである。


「そんなの、ほぼ不可能じゃないですか。金井さん、何とか合流する方法はないんですか?」

「残念だけどないよ。君を助けに行ったときとは状況が違いすぎる。幸ちゃんが行くにしても、対空ミサイルはもう配置してあるし、狙撃の可能性だってあって危険すぎる。また、玄君が船に乗りに来るようなら、囮として意味がない」


 それを聞き、幸が口を開いた。


「私なら大丈夫です。ミサイルにも銃にも撃たれないようにがんばります。だから・・・・・」

「駄目だよ、幸ちゃん。亀山君はそれも分かっていて、北島に向ったんだ。君がどうしても行きたいというのなら、僕が力ずくでも止めるよ」


 そう言われて、俺と幸は返す言葉もなくなってしまった。この金井さんは、よほどの覚悟で玄を送り出したらしい。あの面倒くさがりやが、どうしてここまで金井さんを動かせたのかは知らないが、あいつもあいつなりに思うところがあったのだろう。


 だが、俺も含めてまだ全員納得していない様子だった。何しろ許可もない勝手な行動である。すぐにはい、そうですかといって、作戦を受け入れるのは難しいだろう。


 みんながそんな心境でただ黙っているとき、今まで何も言わなかった大日向さんが口を開いた。


「金井、お前は亀山には、それができると思ったんだな?」

「はい」

「お前は亀山を信じているんだな?」

「はい」

「分かった。みんな、金井が大丈夫って言ってるんだ。絶対に亀山は逃げ切る。そもそもあいつは、こうしている間も、軍と戦ってるんだ。あいつのがんばりを無駄にしちゃあいけねえ。お前ら早く準備しろ。白羽は、黒川大佐に連絡しておけ。俺の責任でこの作戦を実行する」


 大日向さんの言葉に俺たちは従った。大日向さんの言葉は、もっともである。だが、正当性以前に、大日向さんの言葉には。俺たちを動かさせる何かがあった。


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