第34話 あなたが私を


――青人視点――


 ここは、どこだろう。目が覚めたとき、その疑問がすぐに浮かんだ。もっとも、よく考えれば、目が覚めたという表現が正しいかも怪しい。自分には、確かに死んだ記憶があるのだ。幸を見て、動きが止まり、その時に親父によって心臓を撃たれた。しっかりと、頭に刷り込まれている。


 また、自分の居場所がわからない理由は、もう一つある。この場所が、全く持って現実のものとは思えないのだ。自分が立っている場所は、まるで金色の雲のようであり、そしてそれは、無限に広がっている。周りには何もなく、これもまた金色の霧がかかっていた。


 しかし、急に頭に何かが流れたように感じた。そして気づく。そう、俺は十年前にこのような場所に来た。どうして、忘れていたんだろうか。あの時は、幸によく似たドラゴンが現れ、俺に「幸をお願いします」と言ってきたのだ。ということは、この場所に俺をつれてきたドラゴンがいるということになる。

 俺の予想は当たった。金色の霧が晴れ、その中から出てきたのは、人間の姿の幸であった。


「あ、青人。よかったもう一度会えて」


 幸は、そう言って、俺に笑った。


 俺は、その笑顔の幸を本能的に抱きしめた。


「ああ、よかった。本当に」


 そして、弱弱しい声でそう言った。


 もう、二度と会えないのだと思っていた。あの時、あの浜辺で、幸と両想いであったことを喜ぶ間もなく、幸を傷つける形でその思いを踏みにじって、死んでいくのだと思っていた。


 俺は、幸を、今、目の前にいる幸を、力一杯抱きしめた。


「・・・・・・青人。少しいたいよ」

「ああごめん」


 そう言われて、俺は、この時初めて我に返り、慌てて離れた。幸の顔はずいぶんと夕焼けに照らされたような顔をしていた。その時は、おそらく俺も照らされていただろう。少し気まずい沈黙が続くと、俺は、少しそっぽを向いた。


「いやあ、しかし、よく会えたよな。幸ってこんなこと昔からできてたか?」

「やり方は覚えてない。必死に願っていたら会えたの」

「そうか」


 不思議と幸のその理由は、俺にはすんなりと受け入れられた。俺も、軍人を相手にして、だれにも負けないような感覚に陥った時、同じことを感じたからかもしれない。しかし、だからこそ、俺と同じだと思ったからこそ、俺は、これを聞きたくなった。


「幸、お前、まだ生きてるんだよな?」


 幸は、それを聞いたとき、俺の目をまっすぐ見て、ゆっくりと首を振った。横に。


「そう、か」


 やり場のない感情を、手を握りしめることで表に出す。あふれてくる涙は、隠す気もなかった。


「なんで、お前まで死んだんだよ。みんなお前のために頑張ったんだぞ。お前だけは、生きなきゃだめだろうが」


 幸は、優しく、それでもなお強い声で、こう返した。


「青人、聞いて。最後にしたい話があるの」

「最後なんて言うなよ」

「ごめん、青人。でも、最後なの。きっと、今のこの状態は長く続かない。だから、最後に、話させて。あの海岸で言えなかったこと」

「・・・・・・ああ、わかった」


 海岸でのことを持ち出されれば、俺にはもう頷くしかない。


 そんな俺を見ると幸は、一言一言噛みしめるように話し出した。


「ねえ、青人。最初に会った日に、青人が私にしてくれたこと覚えてる?」


「ああ、覚えてるよ。幸にあの日俺が泣いた理由をわからせる約束のことだろ。よかったよ、その約束を守ってから死ねて」

「ううん、そっちじゃなくて、もう一つのほう」


 幸にそう言われたあと、俺は「ああ」と声を漏らした。


 幸はそれを、俺が思い出してくれたと認識し、続ける。


「あの日から十年間、色々なことがあった。最初は何も感じることができなかったけど、青人や朱音、玄に白羽、そしてお父さんと一緒にいて、色々なことを感じるようになれた。悲しさも楽しさもうれしさも、みんなどういうものか知ることができた。本当にどんなものにも代えられないくらい大切な日々だった」


 幸の体は、少しずつ、消えてしまうかのように薄くなっていった。幸は、地面に涙を滴らせながら、こう続けた。


「青人、きっと青人は生き返る。もう一回朱音たちのところに帰ると思う」

「どうして?」

「私が、あなたの代わりに死んだから。でも生き返っても、人をたくさん殺した青人は、きっとずっとその罪に苦しむことになると思う。それに青人は優しいから、ずっと私のことを思い出して悲しむことにもなると思う。そしてきっと生きることが辛くなる」


 問いただしたいことはあった。どうやって生き返らせたのか。どうして自分を犠牲にしたのか。しかし、もうほとんど消えかかりながらも話を続ける彼女の決意には、そんなものあってないようなものだった。


「それでも生きてほしい。頑張って生きてほしい。もし自分のために生きられないなら、私のために生きてほしい」

「どうして、そこまで」


 俺の言葉は声になっていなかったと思う。しかし、幸はその声を感じ取りおもいっきり笑顔を見せた。


「あなたが私を、誰よりも幸せにしてくれたから」


 その顔は、この世のどんなものよりも、もちろん十年前の笑顔よりも、美しく、温かく、そして儚かった。


 幸といたこの空間が、俺をその場に残して、ゆっくりと、ゆっくりと、崩れていった。


――fin――

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国中が親友のドラゴンを奪い取ろうとするので、僕らが死ぬ気で守ります 笹原うずら @sawagawa

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