第3話 君とのデート

――「あの日」から九年と三六一日――


――青人視点――


十年間いろいろと変

わりはしたが、夏は変わらず暑い。仕事もひと段落し、仕事仲間と昼食をとっていると親方が来た。


「おーい、青人。どうだ、今日の調子は?」

「相変わらず今日も大漁ですよ。ドラゴン様様ですね」


 俺、竜泉青人は二十五歳になり、漁師をやっていた。漁師になると、幸の力を実感する。

 十九から漁に出て、そこから六年間漁をしてきたが、ずっと大漁続きである。伝説でも聞いていたが、正直ここまでとは思わなかった。


 俺は少し上機嫌に言った。


「明日から休みもらえましたから、今日もこれだけ取れてよかったですよ」


なぜ休みをもらったかというと、幸とも後四日でお別れだからである。残りの四日間を幸と過ごしたかったのだ。正直休みがもらえるか不安だったが、親方は快く承諾してくれた。


 そんなことを思い出しているとき、親方が言った。


「ああ、そのことなんだが、その休み今日の午後からでいいぞ。いつも他のやつよりがんばっているからな」


 俺は驚き、立ちあがって聞いた。


「本当ですか?」

「ああ、本当だ」

「やった、ありがとうございます。じゃあ、皆さん失礼します」


 そういって俺は、幸のいる祖父の家に駆け出した。


 いつも走っても十分ぐらいかかる道だったが、今日は七分で着いた。よほど休みをもらえたことが嬉しいのだろう。


「ただいま」


 ドアを開けたら、幸の姿が見えた。幸は、最初のころと比べて、ずいぶん成長した。どうも人間の姿の成長は俺たちと同じくらいらしい。そのことについて幸に尋ねたら、分からないと答えられた。記憶もなくなってるし当然か。ともかく成長した幸は、家族だからとかは抜きで本当に綺麗になった。


 そんなことを考えていると、幸が言った。


「あれ、青人。仕事はどうしたの」


 幸を見つけたときに、俺のテンションは最高潮に達したようだ。

 俺は、勢いよく家に上がりこんだ。


「休みもらったんだよ。幸、デートするぞ、東京のデパートで」


 そんな俺とは逆に、幸は冷静に返す。


「でも、おばあちゃんの家事の手伝いをしないと」


 すると、恐らく立ち聞きをしていたのだろう。祖母が笑顔というよりは、にやけ顔で言った。ちなみに祖母は七十代で、冷やかしとかする年齢ではないのだが、どうもあの人は例外にあたるらしい。


「行ってきなさい。あなたたちまだ若いんだから。そういう時は行ってきたほうがいいよ」

「でも・・・・・・」

「行きなさい」


 幸は、少し申し訳ないような顔をした後、少し笑って言った。


「・・・・・・ありがとう」


 そして俺と幸は、お互い準備をした後、本州に向かうため、船乗り場へと向かった。


 今、分かるように、幸は本当にいろいろなことを感じるようになった。やらなければいけないという責任感も、手伝えなくて申し訳ないという罪悪感も普通に感じられるようになった。そして、俺は幸がそういうものを感じて表情を変えるのを見ていて、本当に嬉しかった。


 また、幸には、伝説のことを話していないため、自分が帰ることを分かっていない。きっと俺自身、幸が残ってくれることを期待しているのだろう。


 四つの島の移動方法は、基本的に船である。四つの島すべてに船が泊まっている。今いるところと別々の島に行くときや、本州に行くときなどは、船を使わなければいけない。


 だから、港で知人に会うことは結構あり、今回は二人の知人に遭遇した。


「おお、玄、朱音、奇遇だな。何で二人とも東島にいるんだ?」

 目の前に現れたのは玄と朱音だった

 朱音がまず先に答えた。


「ここにいる田中さんに電話もらって、今から帰るところよ。母さんが忙しくて代わりに来たけど、特に何もなくて安心したわ」


 次に玄。


「俺は、四つの島全部にうまかった和菓子聞いて回ってて、この島で最後。いやー疲れた。ちなみにお前は・・・・・・」

「薄皮饅頭」


俺は正直に答えた。すると他店のを出すなと、玄に軽くたたかれた。


今でもこの五人の仲は、軽口をたたけるくらいはいい。玄は、今でもがんばって働いているし、朱音は、島の診療所で働いているようだ。


 朱音には、告白されたこともあったが、今は特にその後腐れなく、友達として接することができている。向こうもきっとそうだろう。


 玄が思い出したように言った。


「そういえば白羽、陸軍の尉官に昇格したらしいぞ。最近物騒になってきたっていうのに、まさかまだ軍に残って出世もしているなんて、あいつはたいした奴だよ」

「ああ、死ぬようなことがなければいいんだが」


 このことについては考えるのも嫌なのだが、この十年間で、日本は大きく変わってしまった。なんと平和主義を放棄してしまったのだ。自衛隊は正式に日本軍となり、いろいろと軍の仕組みも変わった。それの影響により多くの自衛隊が退職している。現在、政府も躍起になって軍に就職する人間を探しているらしい。教育もそういったものに変わっていくようだ。実に嘆かわしいことである。


 もちろん今より三年ほど前、日本でも大規模な抗議活動が行われた。だが、総理大臣である蛇塚康弘へびづかやすひろは、あろうことか、それを自衛隊を使い、銃をちらつかせて鎮圧した。


 そして、その後何もなかったかのように、平和主義をやめるだけで戦争に積極的に参加するわけではないと言い張り、日本国憲法は、二年前には書き換えられてしまった。うわさでは、蛇塚のうしろに暴力団があり、それによって政治家を脅したり、国民審査の開票で不正を働かせたりしたという話も聞く。


 また、そんな蛇塚の作った軍に残った人間は、あまり良くは思われていない。戦争が好きな人間だと誤解されているのだろう。だが、白羽は言っていた。いつか自分が偉くなって、この世の中を変えるんだと。だから俺は、そんな白羽を本当に尊敬している。ちなみに父も軍に残り大佐をやっている。平和主義がなくなったっきり、連絡が取れないがきっと白羽と同じ目標を持っているに違いない。


 とりあえず今のところ日常に変化がない俺は、二人が死なないことを祈るばかりである。 そんなことを考えている俺をよそに玄は続ける。


「ところでお前らは何しに行くんだ。デートか」

 ――いきなり話変えやがったな。


 俺は、面倒なので適当に流そうと思ったが、幸が言った。


「うん。デート、青人がそう言った」


 まあそう言ったときはテンションが上がってたからいいが、今思い出すと恥ずかしい。俺は、やけになり、幸の手をつかんで言い捨てた。


「ああそうだよ。デートだよ。行くぞ、幸」


――朱音視点――


 そうして青人と幸は、舟に乗り込んだ。

 二人が行ってから、玄が私に言ってきた。


「デートだってさ」


 私はその言葉に応じたが、玄は私に向かって苦笑していた。自分でもわかっている。今私はあまり良い顔はしていないだろう。


「ええそうね」

「朱音は、まだあきらめてないんだろ。幸が帰ることについてどう思うんだ?」

「よく分かんないわよ。幸とはずっと一緒にいたいと思ってるのに、早く帰っちゃえって言う自分もいる。そんな自分を最低だって思う自分もいるし、ドラゴンと人間の恋なんて実らないんだからそう思うのも仕方がないって言う自分もいる」


 私は、呟いた。誰に向かって言うわけでもなく。


「私は、あの二人をどうしたいのかしら」

 

 ――青人視点――


 船が東京の港に到着。そこからバスに五分くらい乗ると、何時も行っているデパートに着く。このデパートは、島にないものを買うときによく行くところで、基本的に何でもそろっているというイメージが俺にはある。また、このあたりは、映画館などの場所も多くて高校生のころはよく行ったものだ。


 久しぶりの風景に昔を思い出していると、幸が言った。


「で、ここに何を買いにきたの?」


 ・・・・・・痛いところをつかれた。正直俺は、ここに来て買うものなど一つしか決まっていない。しかもそれはサプライズで渡したいため、他に理由を挙げなければならない。しかし、俺は、その買うもの以外何も考えていなかったのだ。とりあえず、適当に思いついたのをあげてみた。


「服とか買ったら」

「あの島で何のためにおしゃれするの?」

「地下で何か食べるとか」

「お昼食べたばっかり」

「・・・・・・」

「・・・・・・何も考えてなかったの?」

「はい」


 そして、全部だめだった。そのうえ幸は、朱音のように悪意があるのではなくて、ただ純粋に否定しているのだ。それが余計に胸に刺さる。


 少しへこんでいると、幸が一枚の紙を取り出した。


「おばあちゃんにデパート行くならって、買い物頼まれた。生活用品買ってこいだって」


 抜かりないなばあちゃん。とはいえこれでしばらくは大丈夫そうだ。早速俺と幸は、それらのものを買いに行った。


「青人、ティッシュこっちの方がお得。こっち買おう」

「青人、いつものシャンプーがない。あっちの安いのでいい?」

「あっ青人、その洗剤じゃない。いつも使うのはこっち」


 ――果たしてこれがデートと言えるのだろうか。まあ言えないだろうが、幸が楽しそうだからこれでいいだろう。それにしても……。


「ほんとに幸は、いろいろな顔をするようになったよな」

「え?」


 俺が、急に話しかけたので、幸は、少し驚いた顔をしていた。俺はそれを見てなお喜びを感じながら続ける。


「だって、最初に会ったときなんて、喜怒哀楽もなかっただろう。それが今になったらずいぶん変わった」


 それを聞いた幸は、少し悲しそうに言った。


「でも、あの涙の理由は、今でも分からない」

「覚えててくれたのか」


 俺は、驚いていた。あの涙というのは、俺が十年前、幸の感情がないことを聞いて、気の毒に思い流した涙だ。もう幸は、忘れていると思っていた。


 幸は、まっすぐに俺の目を見て言った。


「青人との思い出、みんな覚えてる。あなたが私と島の人たちをつないでくれた。そしてあなたや島の人たちが、空っぽな私に中身をくれた。島の人たちもそのきっかけになってくれたあなたも、私は、大好き」


 幸は、少し顔を赤らめていた。それに対して俺は、少し落胆していた。幸は、おれ「も」みんなも好きなんだろう。俺一人に対しては特別な感情があるわけではないのだろう。


 結局片思いのままだったか。


 でも、大好きと言われたことは嬉しかった。しかし、急にこんなことを言い出したので俺は幸にそのわけを聞いてみた。


「あ、ありがとう。でもなんで、急にこんなこと言うんだよ」


 幸はさっきよりももっと悲しそうな顔をした。


「なんだか時間がない気がするから」


 ――ああ、そうか。分かるのか。


 おそらく本能が告げているのだろう。もうすぐ十年経つと。


 ということは、帰ることはもう確定なわけだ。少しだけあった希望も打ち砕かれ、俺は、いろいろな言葉が出そうになった。


 いやだ。帰らないでくれ。置いていかないでくれ。ずっと一緒にいてくれ。


 出てきそうになった言葉を、何とか飲み込む。幸にそんなことを言っても、どうしようもないし、困らせるだけだろう。


 ただ忘れて欲しくはない。


 俺は、あふれ出てきたいろいろな感情を抑えながら、幸に言った。


「幸、少しここの屋上で待っててくれないか。少し買いたいものがあるから」

「一緒に行かないの?」

「ああ、一人で買いたいんだ。あと生活用品の会計もよろしく」


 そういって俺は、走ってそれが売ってある場所に向かった。


 それを買い終わり、屋上に着くと、ベンチに座っている幸がこっちに気付いた。


「買いたいものは買えた?」

「ああ買えたよ。ちょっと目、瞑って」


 そして目を瞑った幸に優しくそれを首にかけ、そして言った。


「もういいよ、目、開けて」


 目を開けた幸は、かなり驚いた様子だった。


「これは、ペンダント? 写真も入ってる」


 そう幸のために買ったのは、ペンダントである。写真は、朱音と白羽が大学に合格したことを祝ったときに、俺、幸、玄、朱音、白羽で撮ったものである。幸が帰るときのために作ってもらったのだ。指輪にしたい気持ちもあったのだが、ドラゴンになったときつけられなくなるのでやめた。


 俺は、さっきの自分の気持ちを抑えて、無理に笑顔を作って言った。


「もし幸が、どこかに行ってしまうとき、絶対にこれも持っていってくれ。俺たちのことを忘れないでくれよ」


 幸は、その言葉に深い意味があることを悟ったのだろう。聞き返すことも疑うこともなく、言った。


「うん、約束する。どこに行くことになっても、なにが起こったとしても、これを着けてる。絶対にみんなのことも忘れない」


 俺は、それを聞いて今度は心から笑った。俺はその笑顔を見て、今、幸と一緒にいる時間を大切にしようと思った。俺は、幸に言った。


「さてそれも渡したし、これからこのデパートの裏にある公園にでも行かないか。せっかく休みもらったんだし」

「うん」


 俺たちは、とりあえずデパートを出ることにした。

 

 公園の道中は、俺も幸も静かであった。だがそれは、決して気まずい沈黙などではない。互いが話すときには話し、特に話すことがないときは話さない。気を使うわけでもなく、互いが互いに無関心なわけでもない、心地のいい静かさである。幸の隣は、本当に過ごしやすくて、いつまでもこの時間が続けばいいのにと思っていた。


 だが、終わりは、唐突に訪れた。

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