第4話 それぞれの思い 

だが、終わりは、唐突に訪れた。


 もうすぐ公園に着くときである。一人の子供がボールを追いかけて、道路に飛び出してしまったのだ。そして、そこを不幸にも一台の車が走っていた。


 車道側を歩いていた俺は、即座に身を乗り出し、子供に向かって飛び込んだ。

 時間がスローモーションになる。車が迫ってくる。何とか子供を向こうの道路に押し出す。だが、俺自身は車の前で道路に着地し、うつぶせの状態になった。俺はあきらめて目を瞑った。


しかし、いつまで待っても俺が轢かれることはなかった。


 不思議に思って、目を開けるとそこには、青いドラゴン、つまり幸が車を大きな前足で止めていたのだ。


 もちろん島以外で、ドラゴンになってはいけないことは、幸にはしっかり教え込んでいる。だからこそ今まで平凡な毎日を送ることができたのだ。まあたまに間違えてドラゴン化してしまうときもあったのだが、なんとか見間違いとか言ってごまかしてきた。


 だが、これは洒落にならない。公園には、たくさんの人がいて、大人も多数いる。ごまかしきれるわけがない。そのうえ車も若干へこんでるし。


 あちこちに野次馬が集まって、囲まれたようになっている。走っては逃げられない。俺は、幸にあわてて言った。


「幸。これはやばい。飛んで逃げるぞ」


 そう言って、俺は幸に乗った。幸は頷き、空高く飛び上がった。


 飛んで島に向かう最中、下を見ると何人もの人がケータイをこちらに向けていた。言わずもがな写真を撮っているのだろう。俺は一つため息をつき、幸に強めに言った。


「幸。島以外では、ドラゴンになるなって言ってるだろ! これからどうする気だ!」


 幸は、ドラゴンのときに会話をするときによく使っているテレパシーで返してきた。


『だって、青人轢かれそうで、助けるためには、こっちになるしかなかった』


 分かってる。分かってるんだ。幸が俺のために、ドラゴンになってくれたことぐらい。しかしそれが分かっていたとしてもだ。


「でも、幸! いつも言ってるじゃないか! ドラゴンであることがばれたら、兵器として捕まえられるかもしれないし、そこで、誰かに殺されるかもしれないんだぞ。お前がそんな危険を背負う必要はなかったんだ!!」


 こんなに危険なことがあるのに、幸はドラゴンになってしまったのだ。しかも総理大臣が蛇塚であるこの時期に。おそらく幸は、それがどれだけ恐ろしいことか分かっていない。わざわざ俺の一人のために背負うリスクではないのだ。


 ああ、しかし、これから俺はいったいどうすればいいのだろう。できのよくない頭で考えをめぐらせてていると幸が聞いてきた。


『青人、怒ってるの?』


 何を当たり前のことを。俺は答えた。


「当たり前だろ。めっちゃ怒ってる」

『でも、私は、間違ってるとは思わない』


 今日はやけに強情だな。いつもはもっと素直なのに。

 俺は、幸の話の続きに耳を傾ける。


『確かに青人の言うとおり私はこれから捕まえられて、戦争に行かされるかもしれない。そして誰かに殺されるかもしれない。確かにそれは辛いよ。でもね、あの時青人を助けなかったら青人は死んでいたかもしれない。もうこうして一緒に空を飛ぶことも無かったかもしれない。私にとってはそっちの方が死ぬよりずっとずっと辛いもの』

「・・・・・・」


 そうか。リスクなんて幸は、全部分かっていたんだ。よく考えれば、俺が思いつくようなことを幸が思いついていないはずがない。幸のほうが俺よりも頭の出来はいいのだ。


でもな、幸、俺だってお前に死なれることは、死ぬよりも辛いんだよ。俺はそう言いたかったが、言葉は出さなかった。今は幸の言葉をまっすぐに受け取るべきと考えたから。その代わりではないが、俺は、胸にこみ上げてきた決意を幸に伝えた。


「幸。お前は俺が守るよ。なにがあっても、絶対に」

『うん。ありがとう』


 幸は、ドラゴンの姿であったが、心なしか笑っているように見えた。


 家に帰ってくると、祖父が俺たちを見つけるや否や、居間に引っ張ってきて言った。


「お前らは何をしてきたんだ。ニュースでなんども話題になっとるぞ。デパートの公園のところでドラゴンが出たって」

「えっ、ほんとに」


 俺は、その言葉に目を丸くすると同時に、テレビを見た。すると、アナウンサーが原稿を読み上げているところだった。


「その見つかったドラゴンは、全身が青く、全長が七メートルぐらいだったということです。また、その場にいた女性によりますと・・・・・・」

「うそ、こんなに早く報道されるなんて」


 後から居間に入ってきた幸がそう呟いた。


 ――確かにこれは早すぎる。


 もちろん俺も、まさかニュースにならないなどとあまりにも都合のいいことを想像していたわけではない。だが、俺と幸があのときからここに帰ってくるまでの時間は、大体三十分ぐらいしか経っていないだろう。まさかこんなに早く全国に報道されてしまうとは。どうやら俺は、テレビというものを甘く見ていたらしい。


 ともかくこうなると早くこれからどうするか決めなくてはならない。


 テレビのドラゴンの報道が終わり、幸のほうを向くと、幸は、震えながらペンダントを握り締めていた。さっきあんなことを言ったが、恐怖がすぐ目の前に迫ってきて、怖くなったのだろう。


 俺は、その幸の手を上から握って言った。


「大丈夫だ。明日、朱音、玄、白羽に来てもらう。絶対お前を守るって言ったろ」


 幸は、少し涙目になりながらも無言でうなずいた。


――朱音視点――


 驚いた。もうそれしか言葉が出てこない。


 青人たちと会った後のこと。診療所に戻ってきて、しばらく仕事をしていると、急に南島の人たちが、ニュースを見てみろと言ってきた。何事だろうと思い、母と一緒にケータイでニュースを確認してみると、なんとよく行くデパートの近くでドラゴンが出たというではないか。


 夜になって今日の仕事が全部終わると、私はすぐに青人のケータイに電話をかけようとした。しかし、その前に玄から電話が来たため、それに応じた。


「朱音、ニュース見たか」

「見たわよ。ドラゴンでしょ。まったくあの二人、何やってんのよ」


 玄は、いらだつ私をなだめながら続けた。


「まあまあ落ち着け。青人から連絡まわすように言われたんだが、明日東島の青人の家に来れるか?」


 明日。平日なんだけど。私は、電話を押さえて、椅子に座って、まだ何か仕事している母に聞いた。


「母さん。明日休みもらってもいい?」

「幸ちゃんの件でしょ? 構わないわよ。診療所の仕事なんて、一人のほうが楽なくらいよ」


 母の言い分に少しむっとしたが、休みは貰えたので、玄に言った。


「行けるわ。何時に行けばいいの?」

「11時だそうだ。あ、それと白羽に連絡まわしておいてくれ」

「分かったわ」


 玄が最後にじゃあ、明日と言い残して電話は切れた。さて、白羽にも集まってもらうようだが、もう蛇塚の言いなりになりつつある自衛隊の白羽が果たして来れるのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふいに母が声をかけてきた。


「朱音」

「なに?」


 振り向くと母は真剣な眼差しでこっちを見ていった。


「幸ちゃんのことお願いね。もしあのこが蛇塚総理に捕まりでもして、戦争に使われるようなことにでもなったら、島の人たちみんなが悲しむ。それは、私としても絶対に見たくないわ」


 そういって母は仕事に戻った。


 みんなが悲しむ、きっとそうだろう。幸は、十年前にここにきてから島のみんなにとって家族のようなものだ。それに私にとっても幸は、唯一無二の同年代で同性の大切な親友である。


 私は、決意を固めて、母に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言った。


「うん。絶対に、幸は誰にも渡さない」


 私は、青人にふられてから、ずっと幸に対して、どういう思いを抱いているのか分からなかった。だが、今回のことで幸を心から守りたいと思っている自分がいた。


 きっと幸を守り通すことができたなら、自分の気持ちもはっきりする、そんな気がした。


――白羽視点――

「ああ、ああ、分かったよ」

 朱音からかかってきた電話を切る。もちろん東島には行くつもりだ。


自衛隊が日本軍になってから、少しでも兵の質を上げるため、いろいろなことが変わった。防衛大卒で普通は営外(駐屯地内の外)で暮らすことのできる俺が、東京にある駐屯地の寮にいるのも、その変わったことの一つである。同期で同室の一人である黒川真二くろかわしんじが心配そうな顔で聞いてきた。


「なあ、今の電話、お前の友達のドラゴンのことか?」

「そうだ。灰場は寝てるのか」

「ああ、もう寝てるよ」


 真二とは、防衛大学の頃からの仲である。真二のほうが一等陸尉で俺のほうは三等陸尉のため立場上は下なのだが、部屋の中では良い親友である。真二には、現在入院中の妹がいるらしく、その子の治療費を少しでも稼ぐため、日本軍に名前が変わってもここにとどまり続けている。ずいぶん早い就寝だが、慣れない訓練の疲れがたまっているのだろうか。


 また、今寝ている灰場正夫はいばまさおは俺の三期下にあたる。こちらは父親が蒸発し、一人でいる母に少しでも楽をさせるため、収入のいい軍に入ったそうだ。人がいない今、軍にいる人をつなぎとめるため、自衛隊だった頃よりも収入は上がっている。


 この二人には、幸のことが知られている。記憶はないのだがどうやら同室だけで飲んだときに、酔った勢いで言ってしまったらしい。だが、俺がそのことを秘密にしてくれと言ったら、快く承諾してくれた。それからは、この二人とは、なんでも相談する仲になっている。


 だが、この二人とも今日でお別れか。少し悲しいな。


「行くのか?」


 急に真二が話しかけてきた。どうやら感傷に浸っているのがばれたらしい。隠しても仕方ないので俺は言った。


「ああ、行ってくる。もうここには戻れないと思う」

「ええー。虎谷さん、陸軍辞めるんですか」


 ・・・・・・起きてたのか。


 灰場が大声でそう聞いてきた。そういえばこいつが疲れたところがみたことがなかった。

寝ているわけなどないだろう。


「ああ、今日で島に帰るよ。おそらく戻りたくても戻れないと思う」

「ええー、どうしてですか。別に行かなくてもいいじゃないですか。この陸軍には、白羽さんみたいな人がいなければだめですよ。今の軍の方針に逆らっていなければ、大佐になってもおかしくない人なんですから」


 相変わらずこいつは嬉しいことを言ってくれる。確かに日本が平和主義を放棄して、自衛隊を日本軍とするとき、俺は、抗議活動を行った。まあ結果は、見ての通り失敗。しかもそれのせいで上官に目をつけられたのは言うまでもない。もちろんそれには、真二には妹がいるため参加させなかったし、灰場はまだ軍にいなかった。


 だが、俺は、決してそんな軍が憎いから抜け出すわけではない。


「なあ、灰場。今、首相官邸で、ドラゴンをどうするか話し合っているが、もしドラゴンが俺たちのいる日本軍に捕らえられたらどうなる」


 灰場はしばらく悩んだ後、結論を出した。


「食料とかで、俺たちの給料が減る」

「・・・・・・まあ、それもないとは言わないけど、俺が言いたいのは、日本軍の兵力が増えるということだ。ニュースの映像だけでも、前足一本だけで、目測だが五十キロは出てる車を止めることができる筋力。その速さの車を止めてもびくともしない体の丈夫さ。人間を守ろうとして道路に飛び出し、車の被害を最小限に抑えた知能。そして何より、あのドラゴンは飛ぶことができる。これらのことから考えるとあいつは一般兵千人分の働きはできるだろう。飛行機の代わりにもなるしな。ところで、灰場。あの蛇塚は今にも戦争をしそうなのに、未だにその気配がないのはなぜだと思う?」


 次は当ててくれよという思いで、己の後輩に質問を投げかけたら、今度はしっかり当ててくれた。


「そりゃあ、圧倒的に日本軍の人間が少ないから・・・・・・。はっ、ということは」


 やっと分かったか。俺は、声を小さくして言った。


「そう、確実に蛇塚は、ドラゴンを使って、近くの国のどこかに戦争を仕掛けるだろうな」


 灰場は、しばらく唖然とした後、俺に向かってなんとこう言い放った。


「じゃあ、蛇塚の性格なら、何が何でもドラゴンを手に入れようとするじゃないですか。危険ですよ。僕が先輩の代理として行きます」


 今度は俺が唖然とする番だった。しばらく何も言えずにいると俺の言いたいことを代わりに真二が言ってくれた。


「そのくらいでやめておけ、灰場。白羽から聞いたろう。ドラゴンの幸ちゃんには、信頼できる相手が一人でも多くいなければいけない。お前がいたって邪魔なだけだ」

「ええー、でも、俺たちに戦争に行かせないために、虎谷さん一人が危険な目にあうなんて、だめですよ」


 真二はそれもそうだが・・・・・・と言った後、まるで、そうするか決めていたかのように迷いなく言った。


「俺たちにも軍にいるからこそ、できることがあるだろう」


 灰場は、その問いについてはすぐに理解したらしい。


「ああ、スパイっすか。なるほど」


 いやいやちょっと待て。俺は、本人を置いて急に話を進める二人に、声をかける。


「お前らそんなことしていいのか。一旦落ち着け。真二には妹が、灰場には母さんが、それぞれいるだろう」


 すると、真二が何言ってんだとでも言いそうな目を俺に向けた。


「落ち着くのはお前だ。抗議活動のときといい、今回といいそんなに俺をはぶりたいか。言っておくがなあ。妹のためを思って友人を犠牲にしたって妹が喜ぶわけないだろう。そしてそれは灰場の母親だって同じはずだ。今回はお前がなんと言おうとここの情報垂れ流すからな。覚悟しておけ」


 灰場もそれに無言で頷く。


 本当に嬉しいものだなあ。誰かに善意を向けてもらえるというのは。今回ばかりは、二人も何を言ったって意見を変えないだろう。


 それに、恐らく尉官程度の階級ならたいして重要な情報も伝えられない分、チェックもあまいだろう。それに幸のことを蛇塚なんかに決して渡したくないのも事実。


 俺は、今回ばかりは、二人の提案を受けることにした。


「ありがとう。ならよろしく頼む」


 そして、真二と灰場に別れを告げ、俺は軍の寮を抜け出す。


 最後にあの二人と話せて良かった、あんなに良い友人を持って本当に良かった。


 そんな大切なものを守るためにも幸は、絶対に渡さない。

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