第26話 戦争の始まり

――守視点――


 場所は、東島の港。四つの島以外の市までの捜索をしていた兵も、この場所に集まっていた。その中から、一人の軍人が私のところへ来た。


「竜泉大佐。たった今、標的の東島への着陸が確認されました」

「来たか」


 思わず私はそうつぶやいた。レーダーの船の動きが止まり、それは最後の戦いの始まりを告げる。私は、ほかの島からも軍が来て、もはや百人ほどはいる軍人たちに言った。


「総員に次ぐ。今この瞬間、ドラゴンがこの島に着陸した。第一小隊から第八小隊までは、ドラゴンの捜索を頼みたい。そのほかの者は、この港で、待機しておいてくれ。ドラゴンがこの島から船で出ないように。また、狙撃部隊は常に準備をしておけ。対空ミサイルも同じだ。絶対にこの島でドラゴンを捕獲するぞ」


 全員に「おお」というかけ声がかかる。私の解散という声に応じて、全員が一斉に散らばる。私は、その中に一人の少尉を見つけ、話しかけた。


「第二小隊隊長の中川中尉だな」

「はい」


 中川中尉は、年は、三十ぐらいだが、見た目は二十台のような顔立ちをしている男である。そして、返事の声は、その顔に見合って、少し上ずっていた。その様子に、自分の緊張が和らぐ。


「ああ、命令というわけではないから、そんなにかしこまらなくていい。ただ一つ頼みがあるんだ」

「頼み、ですか?」


 私は少し周りを見渡す。そして、あの男の姿が見えないことを確認し、声を潜めていった。


「第二小隊の指揮を任せてくれないか」

「どうしてですか?」


 こちらが声を潜めているのに、中川は、やけに大げさに驚いた。私はその声を慌てて制す。しかし、案の定、その声聞きつけて、あの男が来た。泉である。


「何してるんですか。竜泉大佐」


 ああ、ばれてしまった。ごまかして仕方がないので、正直に言う。


「これから、私は、小隊の指揮に移ろうと思う。ここの指揮を任せてもいいか」

「竜泉大佐。困りますよ。私情で行動してもらっては。心配しなくても青人君は大丈夫ですよ」


 泉は、そうため息をついて言った。少しイライラしている様子だった。


「お前の言う通り、私とあいつは親子だ。だが、だからこそ私が行ったほうが必ず見つけ出せる。だから行かせてほしい」

「駄目ですよ。竜泉大佐は、部下から信頼されてるんですから、いないと士気にかかわります」

「銃も持たせてもらえない時点で、士気が下がるも何もないだろう」

「それでも駄目ですよ。誰もあなたと息子さんを引き合わせるようなまねしたくないんです。あなたに銃を持たせないのもほかの三つの島の大佐が、そうするべきだといったからです。ここで解決まで待っていてください」


 泉の毅然とした態度に今度はこちらがため息をつく番だった。敬語で接している時点でこちらの要望を聞き入れる気などないのだろう。だが、こちらも引き下がるわけにはいかなかった。私は、おそらく久しぶりに、頭を下げた。


「頼む。もしかしたら、この作戦で、幸や青人が命を落とす可能性だってある。だから、最後に、あいつらと話がしたい。頼むから見逃してくれ」


 必ず見つかるなどという理由ももちろん心にはあった。ほかのどんな軍人よりも私は、幸や青人を早く見つけられるだろう。だが、本当に心の大部分を占めていたのは、最後に話をしたかったからであった。


 しばらく誤を下げていると、泉のため息が聞こえた。


「わかった。言って来い。ここの指揮は俺がとる」

「本当か。頼む」

「ああ、そして、中川中尉。お前は、そのまま小隊に残れ。竜泉大佐を見張っておいてくれ」

「はい、承知しました」


 そして、第二小隊は、港を後にした。行く先は、もう決まっている。我々は、例の崖へと向かうことにした。


 しかし、そのすぐ後に、この場所が戦場に変わることを私は知らなかった。



――青人視点――


「ああ、やっぱりあったか。助かった」


 乗ってきた船内を探し、ようやく俺は、目的のものを見つけた。それは武器庫である。北島の港の時、半田は、この船からアサルトライフルを出していた。だから、おそらく他にも多彩な武器があるだろうとにらんでいたが、思った通りだった。倉庫の中には、何種類もの銃があった。


 幸を気絶させたとき、俺はすぐにでも港に殴り込もうかと思った。幸がどのようにして竜の島に戻るのかは、今でもわからないが、とりあえず、人間の力で幸をこの島から出せないよう、船を破壊しておくに越したことはないからだ。だが、いざ行こうとしたとき、自分の装備がスタンガンしかないことに気付いた。


 おそらく今の俺なら、スタンガンでも勝負にはなるだろう。本能的に、ある程度奮闘できる気はする。だが、一応相手も日本を守る軍隊である。勝率が五割を切るようなら、ここに残っていたほうがまだ安全だ。そこでどうしようか考えていたとき、半田の北島での行動を思い出して今に至る。


 俺は、倉庫の中を万遍なく見渡し、使う銃を選ぶ。銃の使い方については、ある程度知識はあった。幼いころは、自衛隊になろうとしたこともあったからだ。その頃は、父親も俺の夢に喜び、自衛隊の装備や、銃の種類について教えてくれた。そして、それの危険性も十分すぎるほど教えてくれた。


 しかし、俺は結局自衛隊にはならなかった。ある時期から、母の猛反対を受けたからだ。おそらくその時期は、犬を殺した時期だろう。母は、俺にもう戦うきっかけを与えてはいけないと思ったのかもしれない。


 とりあえず名前も知らぬ小銃一つ手を手に取る。安全装置は、今から外しておく。次に、手榴弾をいくつか手に取り、腹に巻き付ける。船に損害を与えるのには有効なはずだ。俗にいうバズーカやロケットランチャーなどもありはしたが、荷物になりそうなのでやめておく。別段戦車と戦うわけではない。それにしても、こいつらやくざはどこからこういうものを入手するのだろうか。


 最後に拳銃を一つ腰に仕舞い「よし」という掛け声とともに武器庫を出た。流石に多く担ぎすぎたかもしれない。武器がやけに重く感じた。


 少し洞窟による。中には、幸はまだ、眠ったように気絶しているし、朱音も寝ている。二人ともまだ目を覚ましていなくて、胸をなでおろす。下手に追いかけられても面倒だからだ。まあ、心配しなくても、朱音は分からないが、幸はしばらく目を覚まさないだろう。あれだけの電流を食らったのだから間違いはない。


 洞窟を後にし、俺は歩き出した。港までの道を海岸沿いに進む。そして、海岸の道は、途中で途切れているので、少し崖を上ることになる。岩に手をかけ、ロッククライムの要領で登り終えた後、港まで、ほかよりも時間のかかる道を行く。


 その理由は簡単で、港から崖に向かう者とすれ違わないようにするためだ。そして、そのすれ違う危険性のあるものには、父親が挙げられる。おそらくあの人は、真っ先にここを探そうとするだろう。大差階級の者が、参謀的な役割でなく、行動的な役割をはたすことがあるのかは、分からないが、警戒するに越したことはない。


 一応、港以外の場所で、軍の小隊と戦うのは避けたい。それと戦っている間に、ほかの軍が幸を連れ出したら面倒だ。だが、港で闘うとなれば話は別だ。先ほど言ったように島から出る足がつぶれるし、それに俺自身も軍の標的である。幸のことを探す小隊は、すぐに港に向うことになるだろう。


 少し先に軍の気配が感じられた。身をかがめ警戒して進むようにする。その行動で急に昔のことを思い出した。北島の鬼ごっこだ。あれは本当に楽しかった。玄の仕掛けた罠を警戒し、身体能力のおかしい白羽が鬼のときは、見つからないよう死ぬ気で隠れた。あのクオリティは、おそらくどこでも実現できないだろう。今思えば、あれを飽きるほどやっていたから、俺たちは、こうして軍と戦えたのかもしれない。


 だが、白羽は死んだ。そして玄は今、無事かどうかも分からない。急に怒りがふつふつとこみ上げてきた。そして港に着いたのは、ちょうどそのときだった。多分、洞窟を出て、二、三時間は経ったろう。


 急に、やってきた完全武装した男に、軍は、ざわめいていた。そして一人一人が銃を握り、戦闘の準備をしていく。俺も心の準備を整え、今にも飛び掛ろうとした。しかしそのとき、男の「待て」という声が響いた。


 どうやら軍で力のあるものらしい。その男は、こちらに近づいてきて、こう言った。


「竜泉青人君だよな。お父さんの友達の泉だよ。覚えてるか」


 文脈だけ見ると、暖かい印象を覚えるが、俺もその人も凍ったような目で互いを見つめていた。


 ちなみに泉さんを覚えているかといえば、今思い出した。自衛隊に興味を持っていたとき父と一緒に家に来ていた。


「どうもお久しぶりです」

「君は、今持っているもので、何をしようとしているんだい?」

「あなたたちが幸にさせようとしていることです」

「やめるんだ。お父さんが悲しむよ」

「やめる気はありません」


 張り詰めた空気の中、互いのことばが静かに交わされる。そして、今の言葉を聞き、泉さんがゆっくりと銃をこちらに向けた。俺は、それを冷めた目で見ていた。


「もう一度言うよ。やめるんだ。君は、こういう銃器がどんなものか分かってない。簡単に人を殺すことができるんだよ。今すぐ、両手を挙げて、ドラゴンの場所を教えてくれ」


 俺は、その言葉を返さなかった。ひたすら黙っていた。そして、ひとつの銃声がなった。


 その音の後、泉さんの体が倒れる。俺は、淡々とした様子で、出したばかりの拳銃を仕舞い、軍のほうに向き直る。


 泉さんには家族がいると聞いている。そしてその娘が俺と同じくらいだということも。だから、この人は俺を撃てないと思った、いや、確信していた。


 うめき声が聞こえた。泉さんのものだ。震える手で、こちらに銃を向けようとしている。俺は、その頭にもう一発撃ちこんだ。


 俺の怒りは増していた。白羽を殺したのも、幸をこんな目にあわせたのも、泉さんのせいではない。ただ、何かを教えようとする態度に腹が立った。この人は、今、やっているのは、戦争であることを分かっていない。


 人が死んだ衝撃から開放され、軍人たちがようやく動き出す。俺は、小銃に持ち替え、突撃する。


 これは、戦争である。人が死ぬ戦争である。そこには、身分が上も下もない。教える側も教えられる側もない。何が正しいかもありはしない。


 自分のために、自分が守りたいものために武器を取る。相手を不幸にし、自分を幸せにしようと必死になる。誰かが止めようとしても、誰かが、不幸になるまでは、決してとまることはない。そして俺が、それをしようとしていることも否定はしない。


 さあ、最悪で最低で最も愚かで救いようのない、戦争の始まりだ。

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