第20話 誇り、繋がり、裏切り

――玄視点――


 船の止まった場所は、いつも俺が見ている港ではなかった。おそらくここでなければいけない理由でもあるのだろう。


 金井さんも合流した後、俺たちはその港町を歩くことになった。まあ、歩くことは別によいのだが、少し気になることがある。俺は、大日向さんに小さな声で言った。


「大日向さん。他に移動方法なかったんですか。皆さん軍服ですし、みんなに見られてますよ」


 そう、当然着替えなどないため、大日向さんたちは、必然的に軍服のままになる。そして、その服装に  よって他の人に向けられる目は、冷たいものであった。日本軍が戦争を好むという風潮は、まだおさまっていないらしい。


 しかし、大日向さんは、そんな様子を気にせず、はきはきと言った。


「別にこのまま歩きで向うわけじゃねえよ。北島を出る前に、長野県に飛ばされた仲間たちに、協力してもらうよう頼んだ。ドラゴン捕獲作戦に使われなくて、東京に近いところていったら、あそこぐらいしかなかったからな。そいつらは、いつも革新派が利用している店で待ってるはずだ。俺たちが歩くのはそこまでだよ。それに、他のやつらの目線なら気にするな。仕方ねえことなんだよ。急に世の中の仕組みががらりと変わったんだ。急に受け入れられれるほうがおかしい。それだけあの男がやったことは、間違ってたんだ」


 その言葉に、他の全員も頷いた。なるほど、そんなことを気にする人間が、蛇塚と戦うことなどできるはずがない。自分の意思を強く持たないものが勝てるはずがないからだ。


 そんな皆さんの意思を、俺一人が軟弱に見せることはできない。俺は、到着まで堂々と歩くことにした。


「ここだな」


 しばらく歩き、周りの建物の数が減ってきたとき、大日向さんがそう言った。そこにあったのは、今にもつぶれそうでぼろぼろな飲食店だった。


「えー。この店ですか」


 灰場が失望を包み隠さずそう言った。そしてもちろん俺もそう思う。一応これからやることは、大それたことだというのに、始まりがここだと少し締まらない。


 そんな俺たちを見て、笑顔で金井さんが言った。


「このくらいのほうがいいんだよ。このぼろさのおかげで人も滅多に来ないし、他の軍人も気味悪く思ってるからね。それにここは店長さんがいい人なんだよ。俺たち革新派に協力することは危険なことなのに、それでも店を貸してくれてるんだ」

「まあそう言うことだ。だから、あまり悪く言うんじゃねえぞ。俺たちにとっては、大事な店なんだから」


 大日向さんも笑顔でそう続けた。確かにそういう店をぼろいと批判するのは、失礼だろう。大日向さんも金井さんも、今言った発言は笑いながらであったため、内心ではそれを思っているんだろうが、とりあえずこの気持ちは心の奥にしまっておく。


 そんなことを考えていたとき、金井さんが急に顔つきを変えて言った。


「大日向さん、一応聞きますけど、長野のやつらには、何で送ってもらうよう頼んだんですか?」

「トラックで頼んどいた。人数も多いし、あの船にあった物も運んでおきたいからな。でも、どこにも見あたらねえ」


 俺は、それを聞いて回りを見渡した。確かにトラックなんてものは存在しないし、あるものといえば、軽自動車が一台、駐車場らしきところに止まっているだけだ。大日向さんが人数を伝え損ねるはずないから、あの軽自動車一台で全員乗るのは無理だろう。


 一応聞く。


「まだ着いてないんじゃないですか?」


 大日向さんは、少しうなってから答える。


「そうか? 船も到着はだいぶ遅かったし、電話では、早く着くよう頼んだんだがな。でも確かに、長野の革新派なら何十人かはいたし、まさかあの車で来るとは思えねえしな。まあどちらにしろ店に入んなきゃ始まらねえか」


 大日向さんは、その店のドアを開けた。


 あの外装に比べると中は割と普通だった。内装まであの様だったら、流石に商売にならないだろうが。店内には、味噌汁の香りなどが充満している。先ほどは外装ばかりで触れなかったがここは定食屋らしい。


 そのまま見渡していると、大日向さんと金井さんが店員と少し話をしているのに気付いた。俺もそちらのほうを向く。すると、その人間は、明らかに店員ではなく店長であると気付いた。


 年は、おそらく大日向さんと同じくらい、そしてやや黒い肌に、無愛想な顔。腕を組んでいるところも様になっていて、テレビでよく見る。頑固な職人というイメージがわきあがる。流石にこんな雰囲気を出す人が一店員だとはとても思えない。


 さて、店長にお目にかかったので、ひとつ挨拶しようと思ったが、やめた。大日向さんと金井さんがあまりにも話しているので入る隙が見当たらないのだ。


 灰場と鷲沢さんもそうしているので、俺も入り口付近で立ち尽くしていることにした。別に盗み聞きをするわけではないが、ここからだと自然と会話が耳に入る。


「ありがとうな店長。今回も迷惑かけて悪い」

「別に気にしてない。お前ら馬鹿どもの世話なんて見飽きてる」

「馬鹿とはひどいですね。店長がそんなんだから、客来ないんじゃないですか」

「うるせえよ、金井。それにここにお前ら世間話しにきたわけじゃないだろう。木原なら向こうの席にいるぞ」

「まだ木原だけしか来てねえのか」

「ああ。まだそれ以外に来てないな」


 そして、店長が大日向さんに鍵をひとつ渡した。


「一応これを渡しとく。俺の軽トラックの鍵だ。もしものときはこれで逃げろ」

「やっぱり可能性はありますか」

「ああ」


 聞こえてないとでも思っているのか、すぐに顔を神妙な表情に戻し、大日向さんが言った。


「おい。向こうの席で待ってるとさ。行くぞ」


 返事をして、大日向さんに着いていく。店長の前を通り過ぎるとき、軽く会釈はした。店長は一応無愛想ではあったが返してくれた。


 先ほど店長がいた受付から、対極の席にその人はいた。


 年齢は、金井さんの少し下くらいだが、金井さんほど大人しいような顔ではなかった。むしろ背も高いように見え、顔立ちもそこそこ整っているほうの顔である。しかし、原因は分からないが不思議とその人は金井さんよりも弱弱しく見えていた。


 その男が俺たちを見てゆっくりと席を立ち、言った。


「どうも一等陸尉の木原です。大日向さんも金井さんもお元気そうで何よりです」

「よお、木原。こいつらは、月田から聞いてるだろ。紹介しなくても良いよな」

「はい。鷲沢さん、灰場さん、亀山さんですね。よろしくお願いします」


 俺たちもそれぞれ自己紹介をした。特に特筆することもない簡単なものである。それが終わった後、隣の机の椅子を持ってきて、それぞれが腰を落とす。


 全員が座ったのを確認し、大日向さんが口を開いた。


「さて、木原。見たところお前しかいないようだが、ほかの連中はどうした。月田には、十人以上は来れると聞いたんだが」


 すると木原は快活に言った。少々無理矢理な感じはあったが。


「はい。月田さんたちは道が混んでて少し遅れるそうです。私は、諸事情でこの近くに来ていたので、先に向うよう月田さんに言われました」


 諸事情ねえ・・・・・・まあいい。さて、ここらでさきほどから気になっていたことを聞いてみる。


「あの、月田さんって誰なんですか?」


 金井さんが答えてくれた。


「月田さんは、長野に飛ばされた革新派のリーダーだよ。結構都市から遠くにとばされた人は多かったからね。僕たちは、それぞれの県でリーダーを決めておくことにしたんだ」


 なるほど。それなら何度も会話に出てくるのも頷ける。それによくよく考えれば、それぞれの県にリーダーを決めたということは、ほかの県にもまとめ役が必要なぐらいの人数はいるということである。それだけの人間が既に俺たちの味方なわけだ。これならもしかすると勝機はあるのかもしれない。


 唐突に金井さんが席を立ち、言った。


「すいません。外に行きますね。時間がかかるならここにいても何もできないので。鷲沢君、一緒に行こう」

「ああ、はい」


 はて、外に何しに行くのだろうか、と思ったが、金井さんのことだし、見張りでもするのかもしれない。そう思い特に何も思わず二人を見送った。


そしてそのとき一瞬ではあったが、金井さんの表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。さっきの違和感といい、おそらくこの場所に何かが起ころうとしているのだろう。


 しかし、それを俺が考えても、答えが出ないのは分かっている。それにその疑問を口に出すのは、木原さんに失礼であろう。それに大日向さんも何か考えているだろうし。


 気を遣い、頭を使い、考えた。だが、この男には、そんなものなど関係ないのだ。その男は、うなることでみんなの視線を集めた。


 灰場だ。


「あー、おかしくないですか。さっきから。皆さんの行動も言動も。なんで、金井さんは外に出たんですか? 何で大日向さんにリーダーを任せられる人が道路が混むなんていう簡単なことを想定できないんですか? 諸事情ってなんすか? 俺はこういう駆け引きなんて苦手なんすよ。木原さん何か隠してますよね?」


 おお。ここまで正直に言えるとは、尊敬どころか畏怖さえ覚える。木原さんも突然のことに唖然としていた。


 それを聞いた大日向さんが一つため息をついた。


「まあいい。手間が省けた。俺もそう疑っていたのは事実だ。なあ、木原。確かに今のお前をそのまま信じることはできない。あまりにも発言が曖昧過ぎる」


 そこで大日向さんは、一度口を閉じた。灰場ほどはっきり、何か隠していると名言しなかったのは、彼なりの優しさなのだろう。しかし、木原さんは、体を震わせながら、何も言わなかった。


 大日向さんは、じっとその姿を見ていた。その目には軽蔑でも憤慨でもなく、憐憫の色だけが感じられた。木原が自白するまでそうしているのかと思ったが、唐突に大日向さんが口を開いた。


「木原。土門は知ってるよな。そして、あいつが死んだことも月田から聞かされてるはずだ。あいつの死に様は立派だったぞ。自分から銃に飛び込んでいきやがった。それと竜泉大佐も知ってるだろ。あの人は、今、蛇塚についてるんだが、まあすごい働きっぷりだったな。今回のドラゴン捕獲作戦は、ほとんどあの人が考えたんだってよ。ドラゴンは、あの人の家族同然らしいのに、よくそこまでできたもんだ」


 そこで、大日向さんは、一度言葉を切った。そして、まだ何も言いそうにない木原を見て、再び続ける。


「要するにだ。お前が俺たちに就こうと蛇塚に就こうと俺はどうだっていい。ただ言うとすれば、自分が割り切れるほうに就け。俺が覚えている限り、お前はそこまで噓が下手じゃなかった。負い目を感じているのかは知らないが、いまここで自分の立場を確定させろ。これで黙ったままでも別に怒りはしない。木原、お前は何か隠してるのか?」


 しばらく場が沈黙する。一秒が長く感じられる。大日向さんが痺れを切らして、席を立とうとする。そのときに沈黙が、木原によって破られた。


「無理ですよ。俺には、やっぱり大日向さんを裏切ることなんて、できっこないです」


 全員の視線が木原さんに集まる。木原さんは、下を向きながら、ゆっくりと言った。


「大日向さん。俺たち革新派は、最初から革新派じゃなかった。革新派に所属している軍人の半分は、最初から蛇塚に買収されてたんですよ。長野の革新派も月田さんや俺以外の半分は、蛇塚の部下でした。蛇塚に吸収されるのは時間の問題でしたし、他の県もそうらしいです。もう残ってるのは、一県か二県でしょう。大日向さんたちが都市に残れたのも、他を完全にものにするためです。俺たちは、革新派結成当時からもう負けてたんですよ」


 大日向さんは、それを聞いて、やはりか、と冷静に呟いた。対して俺の内心は全く冷静じゃなかった。冷静でいられるはずがない。今の話が本当だとすれば、もう普通の軍人の味方はほとんどいなくなる。よって武力で制圧できる可能性は限りなく低いだろう。


 しかし、今はそんなことを考えているときではない。蛇塚が相手である。勝てる戦いと考えるほうがおかしかった。


 大日向さんは、それが分かっているから冷静に振舞えるのだろう。そのまま淡々と木原に聞いた。


「それで、前は何を頼まれたんだ。目的があるからここに来たんだろう」

「はい。予定ではそろそろ、長野軍の何人かがこの店にやって来ます。あなた方を捕まえるために。本当にすみませんでした」


 そう言って木原さんは勢いよく頭を下げた。・・・・・・ん。今なんて言った?


 何も言えない俺の心境を灰場が代弁した。


「ええー。やばいじゃないですか。それは、駄目でしょう」

「落ち着け、灰場。先に亀山と一緒にあの店長のところに行け。既に金井が店長の軽トラに出発の準備をしたはずだ。その軽トラの場所までは店長が案内してくれる」


 俺たちは、はい、と返事をし、迅速に行動した。何しろもうすぐ軍が来るというのだ。俺みたいな人間だろうと嫌でも体は動く。しかし、席を立ち、店長のところへ向う最中俺は、足を止めた。大日向さんと木原の会話が聞こえたからだ。


「大日向さん。月田さんたちも革新派を裏切りたかったわけじゃないんです。だから他の人は攻めないで挙げてください」

「分かってらあ。革新派には、蛇塚に心から賛成するやつなんていねえよ。どうせ蛇塚が何かしたんだろお前らは絶対に悪くねえ。むしろ悪かったな。無駄に罪悪感なんか感じさせて。償いと言っちゃあ何だが俺たちが蛇塚を倒してくるから待っててくれ」


 最後に木原さんの返事を聞いて、また俺は走り出した。その返事の声は少し湿っていた。

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