第8話 最悪で最高の出会い
再び飛行。現在幸の背中。
もはや、長時間の飛行により、全員の表情がこの世の終わりのように死んで見える。
ちなみに幸の乗り心地は、本人には悪いが決して良いとはいえない。飛行機に乗っているというよりは、馬に乗っていると言った方が感覚的に近い。そのためにこの中で一番載った回数の多い俺でも、今やすっかり体中のあちこちが痛みを訴えている。
かなり重々しい雰囲気になっている中、白羽が口を開いた。
「絶対におかしい」
「なにが」
「こんなに俺の判断が読まれるとは思えない」
そして白羽は俯いて何か考え始めた。
確かに白羽はよくやっている。どの島の選択も適当に決めていないし、俺が、あちら側だったら一個も予想が当たらない自信はある。
「俺もそう思うよ。多分向こうがこっちの場所が分かるようにでもなってるんじゃない」
俺が適当にそう言うと、白羽は、『ああ、なるほど。何でそれの存在を忘れていたんだ』と呟き、言った。
「玄。守さんを見たって言ってたろ。そのとき守さんに触れられたか?」
「ああ、先に守さんだけが船から姿を現したから、そのとき俺守さんが敵だって知らなかったから世間話でもしてたら、最後あたりにがんばれって背中たたかれた」
白羽は一つため息をついた。朱音が白羽が言いたいことを悟って続ける。
「発信機ね」
「その通り」
発信機。なるほど。それで俺たちの居場所が分かったわけだ。
このとき玄の後ろに乗っていた俺は、背中を見ているとそれらしいものを発見した。と言っても今日玄の着ている服の色は黒であり、発信機の色も黒であったためこれはかなり注意しなければ見られないだろう。
「あったぞ、発信機。この黒いやつだろ」
白羽に後ろを向いてもらい、確認を得た。玄は罪の意識でも感じているんだろう。よりいっそうこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「まじかよ、みんなごめん。足引っ張ってばっかで」
白羽は言った。
「気にするな。気付けなかった俺たちも悪い。それと、青人。まだそれ捨てるなよ。近くにある島に落としてこよう」
そう言って白羽は、幸に降りるよう頼むと俺たちは一つの島に着陸した。その島は、小さいほうの島の中では北島に近く、最も木が生い茂っている島だった。この島は、よく昆虫を取ったりして、遊んだ場所であるのでよく覚えている。
一旦、全員幸の背中から降り、俺は発信機を地面に置いた。
「はー、これでやっと飛行生活から開放される。幸もようやく飛ばなくて済むな」
もちろん発信機がなくなったからといって、追われる危機がなくなるわけではない。だが、今よりも飛ぶ頻度が減ることは、間違いないだろう。
そう思って、笑顔で幸に振り向いたが、すぐにその顔は変わった。
幸が人間化して倒れていたのだ。
俺よりも早く気付いていた朱音が幸に駆け寄った。
「幸、大丈夫?」
それは、俺たちが恐れていた最悪の事態だった。
「間違いなく疲れのせいだよな」
「ああ」
幸は、今朱音が診ている。原因は明らかであるが念のためだ。
また、玄は、静かに周りの見張りをやっている。よほど発信機がこたえたのだろう。それにあいつが今日、やけに口数が少ないのは、間違えなく最初に俺の家に入るところを見られてしまい、他の四人を危険な目に合わせてしまったからだろう。面倒くさがりやだが、責任感は強いやつなのだ。
そんな玄に、何か声をかけてはやりたいが、あいつにとっては意味のないことだろう。何を言ったって自分がそれ相応の結果を出さない限りあいつは納得しない。
だから今は、もってきた昼飯(乾パンや缶詰など)でも口にしながら、白羽と今後のことを話し合おうとしている。
「悪いなあ、青人。幸にあんなに無理させて」
「いや、悪いのは俺だよ。幸と一番長く一緒にいるのは俺で、最近幸があまり飛んでないことは知っていたのに、それをお前に伝えてなかったんだから」
とはいえ、雰囲気が完全に反省モードだ。口を開けばああすればよかったこうすればよかったと言う内容ばかりである。
少しずつ重くなっていく空気を感じながら、俺は続ける。
「もう、今日は、幸を飛ばせるわけにはいかないよな」
「ああ、でも発信機は壊したけど、最後に示した場所はここなんだ。いつあいつらが来てもおかしくないんだよな」
「・・・・・・」
まさに最悪の事態だ。白羽があの時とった行動は正しかったと思う。せっかくの発信機だ。偽の場所に置いて、少しでも敵をだましてやらなければ気が済まない。
最悪だったのは、幸の体力が尽きるタイミングだ。この瞬間だけは体力が尽きるのはまずかった。
そして何より許せないのは、幸が限界なのはなんとなく分かっていたのに、疲れを理由に考えることを放棄していた自分自身だ。本当に情けない話である。
未来について考えるつもりが現在の深刻さを理解するだけで話が終わってしまった。そして、悪いことは続くものだ。玄がまた何かを発見した。
「軍人がこっちに歩いて向かってきてる」
俺たちはスタンガンを構えた。白羽は小さな声で聞いた。
「数は?」
「三人、年は、二人が結構いっていて、もう一人は、見た感じ若い」
「三人か、こっちに気付いた様子は?」
「ない、と言うより、あの三人は俺たちを探しているようには見えないな」
「どれ見せてみろ。どこだ」
白羽は、玄のいる木と別の木に隠れながら、玄が指す方を見た。
白羽は、その三人を見たときに、目を皿のようにした。
「金井さん、土門さん、それに大日向さん」
「おお、虎谷じゃねえか」
先ほど悪いことは続くとはいったが、今思えばこの出会いは、むしろこの戦いにおいて最も運のいい瞬間であった。
「それでなあ、ドラゴンを捕獲して戦争に使うなんて、そんな作戦ごめんだからよお。その辺の船一隻くすねて、ここで任務さぼってるってわけだ」
「本当にあのころから何も変わっていませんね。大日向さん」
この大日向という男は、元気の塊のような人間のようだ。白羽もこの元気な男に若干押され気味だった。
金井聖史かないきよし、土門静司どもんせいじ、大日向昇平おおひなたしょうへい。年齢は上から三十一、五十二、五十二。階級は、金井さんが三曹、あとの二人は一曹。人手が足りないため一般兵として作戦に参加している。
白羽曰く、今軍でまじめに働いているやつらを保守派とするなら、この人たちは、蛇塚を倒そうとする革新派の中心人物、要するに味方である。
革新派は、表向きはしっかり仕事をこなすのだが、裏では毎晩どうにかして集まり、少しずつ仲間を増やし、もう少し人が集まれば、今の政府を武力で制圧してしまおうとする人たちだ。身分関係なく仲間に入りたいやつは受け入れていて、白羽もそこに属している。
さらに驚いたことに、革新派結成のきっかけは、白羽が二年前にやった自衛隊が軍に変わるときの抗議活動だったそうだ。この大日向さんは、そのときに自衛隊に入ってまだ間もなかった白羽の代わりに人員集めを担当し、今では軍の三分の一を占めている革新派のリーダーである。
とはいえそういう人たちの多くは、最初に白羽が言ったように、都市から遠くの県の担当に置かれてしまい、今回の作戦でこの三人以外の救援は期待できないらしいが。
そんなことを考えている間に、大日向さんは思い出話に花を咲かせていた。
――本当に自由な人なんだな、この人。
しかし、今はそんな話をしている場合ではない。一つ咳払いをして、白羽に、今の問題について話すよう促した。
白羽は、仕方がないだろうとでも言いたげな目をしていた。
「それで皆さん、私たちは、今、ここから逃げられない状態なんですが、どうすればいいと思います?」
ずいぶんと遠まわしに聞いたな。白羽らしくもない。だが、この気前のいい人には、それだけで通じるようだ。
「分かってるよ。もしお前らに会ったら協力でもしてやろうとは考えてたところだ。今、金井が北島にいる大佐に連絡して、ここには発信機しかありませんでしたって言ってるところだ。人数は足りてねえんだ。明日は分からねえが、今日は、無理にここに人数を割く真似はしねえだろう。幸い俺も金井も土門も、革新派だってばれてねえからな」
土門さんは、それにゆっくり頷いた。
なんと頼もしい人たちなのだろう。仕事も速いし、その上優しい。こういう人間が総理大臣になれば、幸がこんな状況になることなんてなかっただろう。
俺たち三人は、思いっきり頭を下げて、同時に言った。
「ありがとうございました」
大日向さんは照れくさそうに顔を掻いていた。
「頭なんか下げんじゃねえよ。それよりも絶対にお前らはドラゴンを守りぬけよ。あいつが捕られたら、軍の制圧なんて不可能だ」
「はい」
俺たちは、大声でそれに返事をした。
その声は割と響いたらしい。幸を診ていた朱音が慌ててこっちに来た。
「どうしたの? 大声出して。わっ、軍人」
我々の恩人に対してなんと無礼な態度を、と思ったが、よくよく考えれば朱音は、今来たばかりなので仕方がない。俺は、簡単に今までのいきさつを朱音に話し手やった。
「それは、本当にありがとうございます。私ったらさっきはなんて態度を」
大日向さんは、照れ屋なのだろう。なんと言葉を言えばいいのか迷っている大日向さんの代わりに土門さんが言った。
「別に良い。そんなことより、ドラゴンの看病をしてたんだろう。結果を早く聞かせてやったらどうだ」
白羽が、この人たちは信頼できると教えてくれたとき、これからお世話になるつもりなのに隠し事しているのは悪いと思ったため、こちらもこれまでの状況と幸のことは全て話して話しておいた。東島のこととかも全部である。
「はい、倒れたのは、疲労が原因ですね。あれほど休まずに飛び続けることはなかったみたいですし。今あのこはここの近くの日陰で休んでいます」
俺は、それを聞いて幸の無事に安堵した。そして真っ先に聞いた。
「今幸のところに行ってきてもいいんだよな?」
「ええ良いわよ。ただ、絶対にうるさくしないでね」
朱音の顔はやけに晴れやかだった。
「ああ分かってるよ」
俺は、朱音が示した方向に向って走り出した。
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