第7話 開戦

――守視点――

 私は、軍の他の者には、ミサイルを設置するよう命じ、一人で青人を追いかけていた。麻酔銃は人に使えるものではないので置いた。


――ずいぶんと速くなったものだ。


 最後に全力で走る青人を見たのはいつだったろう。あまり帰って来られないから、小学校の運動会以来かもしれない。


 あいつの仕事は漁師だったか。それならさぞかし体力もついていることだろう。年をとってきた自分には、追いつくのは無理そうだ。


 唯一の息子の成長を、こんなときにしか分からない皮肉さに少し苦笑しながら、私は、息子を追いかけ続けた。


 このままでは、私が追いつくことはないだろう。だが、唯一の移動手段である船は、港を部下に見張らせることで封じている。こいつは、どうやって逃げ切る気なのだろうか。しばらく走っていて、そんなことが頭をよぎったとき、青人は立ち止まった。


「父さん、この場所、覚えてるか?」


 私は、ひざに手をついて、周りを見た。走るのに夢中でここがどこかなど見ていなかった。しかし、ろくに島に帰ってきていない自分が、見るだけで分かる場所なんてあっただろうか。


 ――ああ、なるほど。


「覚えているよ。幸と始めてあった場所だ。忘れるわけもない」


 俺は、息を整え、冷静に、沸きあがってくる自己嫌悪のような感情を悟られぬようそう言った。その態度に対し、青人の次の言葉は、羨ましいぐらいに感情に従ったものだった。


「あの日、父さんは言ったよな。幸のこと、『家族だ』って言ったよな。それなのに、どうしてこんなことができるんだよ」

「それは・・・・・・」


 私は、言葉に詰まった。


 いっそのこと全てを話してしまおうか。蛇塚の野望のことも、それによって多くの人間が危険にさらされることも。そうすればきっと幸を渡してくれる・・・・・・いや、そんなわけないな。


 青人という人間を、私は割と理解しているつもりだ。あいつにそんなことを言っても幸を渡すとは思えない。それに、他の三人にも、わざわざ幸を救う決心を鈍らせたくもないし、そもそもあれほど権力で支配する大人がいることは、知って欲しくない。


 私はあいつらにとって敵でいい。憎まれ、怒りをぶつける対象でいい。それが四人から幸を奪おうとする自分に、ふさわしい罰なのだ。


 私は、決心を固めた。


「幸は、戦場で使える。さちを使えば何人もの的を葬れる。全てはこの国のため、私が動く理由はそれだけだ」

「たとえ、幸の命を危険にさらしてもか」

「そうだ」


 青人は、見るからに怒りを示していた。もう二度と、普通の家族には戻れないかもしれない。


 青人は、怒り、そして何よりも悲しそうな声で叫んだ。


「見損なったぞ。ばか親父。どんなに仕事が忙しくても家族だけは大事にしてくれるって、思ってた俺がばかだった」

「ばかでもなんでもいい。お前はこの島にしかいないから分からないだろうが、他のところは、不況続きだ。戦争しか私たちが生き残る術はないんだよ」

「ふざけるな。家族を捨てて生き残るぐらいなら、俺は死んだ方がましだ」


 と言って、青人は、また走り出した。


 この崖の下は海、そしてかなりの高さがある。そして、そこに向って、青人が走り出したと言うことは、あいつ飛び降りて死ぬ気だ。


 おそらく、青人は逃げられないことを分かっているのだろう。自分を人質にとられる前に死んでしまう気なのだ。


 私は、それに気付き、追いかけ始めた。だが、先述したとおり私は、青人に追いつけない。


「待て、青人」

「待たない」


 そういって青人は、崖から飛び降りた。


 ―まずい。まずいまずい。息子が死んだらこの作戦に参加した意味がない。


 私は、地面に座り込みしばらく絶句した。


 そのときである。横からものすごいで勢いできた青いドラゴン、幸が、青人をうまく背に乗せたのだ。

 幸は、青人を乗せた後、こちらを向いた。そして、またものすごい勢いで飛んでいった。


 幸の目は悲しそうではあったが、それよりも、闘志に満ちていた。


 そして、その目を合図に、軍とあの五人との戦いが、始まった。


――青人――


俺たちは、父から逃げた後、とりあえず南島の近くにある小さな島に着陸した。白羽曰く、東島の近くの島は読まれる恐れがあるからだそうだ。そして今は、白羽が玄に俺の家で言ったことを伝えている間、とりあえず体を休めているのだが――。


「青人はほんとに何でいつもこんな勝手なことをするのそういうつもりだったんなら話してくれたって良いでしょそもそもあんたはいつもいつも勝手なのよなんで毎回後先考えないわけあなたのそんな態度でいつも私たちが苦労するのよって青人、聞いてる?」


 俺は、当分休めそうにない。それどころか今俺は現在進行中で正座させられているのだ。全く持ってかえって疲労がたまっている。


 この声の主は、言わずもがな朱音である。最初は、幸と朱音が俺に二度とあんなことをしないよう誓わせるぐらいだったのだが、それがだんだんエスカレートしていき、今ではこの有様である。幸も朱音の横でいつ止めに入ったものかとおろおろしている。心配してくれるのはありがたいのだが、このままでは、ミサイルの音まで聞き逃してしまいそうだ。俺は、白羽のほうを見て助けを求めた。


 白羽は、ため息し、一つ手をたたいた。


「そこまでだ、朱音。玄にも作戦内容は伝え終わったし、ここからはあの時伝え損ねたことを伝える」


 そう言い終わると朱音は、分かったわよと言って黙ってくれた。


 俺は、一息つくと白羽に視線で続きを促した。


 白羽は続けた。


「各自それぞれ荷物は持ってきたと思う。その中にこれも入れておいてくれ」


 四人に配られたものはスタンガンだった。


「それは、護身用の中でも特に強い威力のもので、何秒か当てれば、人を失神にまで追い込める危険なものだ。取り扱いには十分気を付けろよ。そして一応言っておくが荷物は最低限にしろ。食料と水ぐらいでいい」


 東島に集まるとき、各々が必要だと思うものは持ってきておいた。だが、だからこそ荷物がだぶって重くなってしまっている。これでは幸も酷だろう。


「白羽、懐中電灯とかは、一つで良いよな。誰が持つんだ」

「いや、一応俺と玄で一つずつ持っておくことにする。落としても困るしな。分かったか、玄」

「ああ、了解」


 その後も白羽に野営での注意点や敵に会ったときなどの対処方などを片っ端から教えられた。だが、さすが防衛大卒、非常に簡潔にまとめられていて話はすぐ終わった。


 玄が荷物を渡され、その荷物の中にあった双眼鏡を覗き込んでいたとき、それを聞いて俺は驚いた。


「軍がこっちに向ってる」

「は?」


 白羽も次に覗き込んだがそれは軍で間違いないようだった。


「うそだろ。早すぎる。読まれてたのか」


 南島は、東島よりも本州より遠い。そしてこの島は、その南島の近くの島の中でもより本州から遠いはずだ。東島との到着の誤差は、三十分くらいだろう。そして俺たちが東島を離れてからも三十分ぐらいしかたっていないはずである。相手は近くの島もしらみつぶしに探索する必要があり、その分時間を食うはずなので、この時間は少々妙である。


 だが、今はそんなことを考えている余裕はない。せっかく軍がこっちに来る前に発見できたのだ。とっとと逃げるべきだろう。


 白羽も同じことを考えていたらしい。みんなが荷物を整理し終わり、幸がドラゴンになったことを確認して言った。


「よしみんな、早く幸に乗れ。逃げるぞ」


 俺たちはとりあえずこの島を去った。


 俺は幸の背中の上で聞いた。


「なあ、白羽。次はどこに行くんだ?」


「次は、西島と北島の中間にある島にしよう。あっちの島のほうが木が生い茂ってるし、あっちはここと対極にあるから意表もつける。それと、幸。島の上を行こうとするなよ。もうミサイルは設置されている」


『分かった』


 白羽は、リーダーらしく振舞おうとはしていたが、内心にある動揺を隠せてはいないようだった。だが、気持ちは分かる。確かに相手がどんなに早く島に来ても幸の能力なら逃げ切ることは可能だ。しかし、どんな生き物でも疲れることはある。今のままのペースであれば幸の体力は今日一日で底をついてしまうだろう。そうなればこの戦いは負けだ。


 何か言葉をかけようと思ったが、白羽は何か考え始めたようだった。そっとしておくことにしよう。


 その後、俺たちは、何度か白羽の判断の下、それぞれの島に着陸した。だが、どこも着陸したらすぐに軍が来てしまい、休む暇もなく飛び回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る