第6話 とりつく島もない親子喧嘩
――「あの日」から九年と三六二日――
――青人視点――
俺の家には、朱音、白羽、俺、幸の四人が今、集まっている。そして、玄も後から来るそうだ。正直まさか全員集まることになるとは思っても見なかった。一応平日ではあるし、危険な目に会う可能性だってある。だから、誰かしらは、欠けても仕方がないと思っていたのだが。みんな気持ちは同じらしい。
時刻が十一時を回り、一刻も早く計画の方向性を決めたいところなので、玄を待たずに始めることにした。
「えーっと、今日集まってもらったのは、幸をあの蛇塚から、どうやって逃がすのかということです」
今朝ニュースで、日本軍が正式にドラゴンを捕まえることを発表した。だから、もう幸をどうするかという話ではなくて、幸をどう逃がすかという話になっている。
「では、白羽。敵の状況をお願いします」
「ああ」
朱音が目を丸くして言った。
「えっ。何であんたにそんなことが分かるのよ」
「敵に情報提供者がいるんだ。そいつに今朝、連絡をもらった」
白羽は、ここに集まる時間よりもずっと早くここに来て、俺に向こうの状況や軍に情報提供者がいることを教えてくれた。その人のことが少し心配ではあるが、白羽のことだ。無理にやらせているわけはないだろう。それにこちらとしても情報提供者の存在はとてもありがたい。
朱音もそれを分かっているのだろう。それ以上は何も聞かなかった。
「まず簡単にこの辺がどうなっているかを説明する。知っての通りこの辺には、東島、西島、南島、北島のでかい四つの島があって、その真ん中を空けた島の間に、人が生活できないほど小さい、平均直径二キロの島が四十くらいはある。だからいつも俺らの船は、内側を通っているし、小さい頃いくつかその島に行ったから分かると思う。
次に相手がどう攻めてくるかだが、海軍と空軍は出てこない。海軍は、地形的に船が攻め入るのは、島が邪魔で無理があるからだ。空軍は、幸が飛び続けることができないことを知って、飛行機があっても無駄になるって判断したんだろう。だから、敵になるのは陸軍だけになるんだが、軍隊は、四つの島用に大隊が十二、小さい島探索用の小隊が二十四ぐらいある。殺す気はなくて、麻酔銃の装備ぐらいしか持たせていないみたいだ」
それを聞き朱音が、少し明るく答えた。
「なんだ。思ったより少ないわね」
白羽は、それにつられて明るくなることはなく、暗い様子で話を続ける。
「軍の中にも蛇塚に不満を持ってるやつなんて大勢居る。そしてそういう態度が目立つやつらを蛇塚は、都市から遠い場所に配属させたんだ。だからこの作戦は都市に近い県に派遣されたやつだけで実行するんだと思う。それに人員不足も加わるし、自分のところにもある程度兵をおく必要があるだろうから、これが、今蛇塚が出せる最大戦力だろう。ただ一つ問題なのは、やつらは、四つの島に一つずつ対空ミサイルを置くつもりらしい」
朱音の顔が凍りついた。ちなみに俺と幸はもう話についていけていない。
「それって、当たったら死んじゃうじゃない」
「いや、一応威力は低めにしてあるんだが、それでも無事ではすまないだろうな」
俺はもう何がなんだか分からないため恐る恐る聞く。
「あのー。もう少し簡単に言うと・・・・・・・」
「でかい船なし、飛行機なしの鬼ごっこ。ルールは四つの島の上を通ってはだめよ」
朱音が、ものすごく強い声で言った。怖くはあったが、馬鹿でも分かる説明であったため俺は納得した。幸も納得したようで、白羽に質問ができたのがその証だろう。
「それで、私はどうすればいいの?」
「幸は、俺たちと一緒に四つの島以外で、軍がいない島を探して着地する。そして軍に見つかったら逃げる、それの繰り返しになると思う。それで凌ぐしかない」
幸は、不安そうな顔をしたが、俺を含めたほかの三人は分かっている。今日もあわせて、後三日で幸とはお別れになるということを。幸がどういう方法で帰るのかは分からないが、それまで耐え抜くことができれば、俺たちの勝ちなのだろう。
他に質問がないことを確認すると、白羽は俺たちにケータイで、あるメールを見せた。そこには、俺、朱音、玄、白羽の写真があった。
「これ、俺たちの写真だよな」
「軍は、こいつらの誰かを捕らえて人質にすれば必ずドラゴンは捕まえられると思っているらしい」
俺たちは、絶句した。この絶句は決して、自分の身が危なくなるからではない。そんなことは覚悟の上だ。ならなぜ絶句したかというと、この写真から最も厄介なものが敵にいることが分かってしまったからだ。
俺たちが言いたいことを朱音が代表して言ってくれた。
「ちょっと待って。あまりにも私たちのことを知りすぎてるわよ。これって・・・・・・」
おそらく幸に気を使っているのだろう。そこで止めた言葉を幸が代わりに続けた。
「お父さんが敵にいるってこと?」
白羽は、ゆっくりその発言に頷いた。
「ああ、守さんは、今回は敵だと考えたほうがいいだろう」
少しの間、場が沈黙した。幸は固まっていた。
父、竜泉守が敵。それは、父が幸を捕まえようとしていることをさす。それはあまりにも、幸にとって辛い現実だろう。
――親父。いったい何があったら娘を捕まえようなんてことになるんだよ。
考えれば考えるほど怒りが込みあがってきたとき、急に玄が上がりこんできた。
そして、自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸し、その後、俺たちに伝えた。
「やばいぞ、みんな。さっき守さんが来たんだけど、その後にものすごくたくさんの軍人が船でこの島に来てた」
白羽は、早口で玄に聞いた。
「ここに入るところ見られたか?」
「あ、悪い逃げることしか考えてなかった」
朱音が責めるように・・・・・・いや、実際に責めて、言った。
「このばか。そうすると、軍の人は玄関で待ち伏せてるのよね」
おそらく、入ってこないというのはそういうことなのだろう。
そうするとあの方法をしか出るすべはないな。非常事態だし祖父も許してくれるだろう。
「仕方がない、裏口から出よう」
「いや、裏口にも待ち伏せてるに決まってるじゃない。守さんがいるのよ」
「あっち側の方が少し広いんだよ」
その言葉に朱音は首を傾げたが、幸は逆に頷いた。
裏口に着くと、やはり少し人の気配がした。まああれをやってしまえば、関係ないが。
「幸、やってしまいなさ
い」
「うん」
昔、幸が、ドラゴンの姿で大怪我を負ってしまった時があった。病気のようなものは、人間化したほうが治療しやすいが、ドラゴンのときの外傷は、そうはいかない。細かいところまで治療ができなくなってしまう。そこで、竜泉家は、幸がドラゴンの姿でも、家に置けるように、少しだけ家を改装した。その結果によって、裏口の扉は大きくなり、裏口のすぐ近くの部屋は、かなり大きな部屋になっている。
幸は、俺に返事をすると、その部屋にすっぽりと収まるドラゴンの状態になった。そして、体に対しては短い前足を、いっぱいに伸ばして、今まさに、裏口の扉にでこピンをするようにセットした。
「みんな危ないから離れてろ」
俺がそう言い終わるのと同時に、幸が扉をはじいた。
扉は、ものすごい音をたてて、前方にまっすぐ飛んでいった。途中何人かの悲鳴が聞こえたが、軍の方々だろう。おそらく無事ではすまないだろうが、幸を戦争に駆り出そうとする連中である。手段を選ぶ気はない。
外に軍の人間がいないことを確認すると、唖然としているほか三人に向って言った。
「何やってんだ。今の音で玄関にいる軍がこっちに来ちまうぞ。早く行こう」
一番に外に飛び出したとき、左にいる人物の気配に気付いた。
この扉が出てくるのを予測していたのだろう。周りには、倒れているやつが何人もいるのに、その男は平然と麻酔銃を右手に持ち、こちらをにらみつけている。
俺は、立ち止まり、溢れ出る感情をにらみ返すことでそいつにぶつけた。
普通は、扉が飛び出してくるなんて思わない。例えドラゴンがいるとしてもそれは変わらないだろう。だが、俺という人間をよく知っていれば、こういう行動を予測することは可能かもしれない。だが、そんなことができるのは俺が知っている限り二人だけだ。それは幸と――。
「父さん」
目の前の男は、しばらく会っていなかったが、父であることに間違いはなかった。目の色といい、右手の麻酔銃といい、久しぶりの親子の再会には見えないが、その男は紛れもなく父であった。
「青人、何があったの」
幸を先頭に、次々外に出てきたとする四人に向って俺は大声を上げた。
「お前らは、先にここから逃げろ」
幸は、父の姿を見て悲しげな顔をして、立ち止まった。何か言おうとしたようだが、父の言葉にかき消された。
「行かせると思うのか」
そして麻酔銃を構えようとする父に、俺は砂を投げつけた。
砂は運のいいことにうまく父の目に入る。どうやら隙はつくことができたようだ。
俺は、いまだに立ち止まってる四人にさっきよりも大声で言った。
「とっとと行け。後で何とか合流する」
その声に白羽が何とか動いてくれた。
「ああ必ず合流しよう。ほら幸、ここは行かなきゃだめだ」
「で、でも」
まだためらっている幸に俺は、なだめるように言った。
「幸、俺は大丈夫。ただこのばか親父と話をしたいだけだ。それに今お前が飛ばないと結局みんな捕まることになる。だから早く行ってくれ」
そこまで言ったら、幸は動いてくれた。
「うん、分かった。青人も気をつけて。後で絶対に合流して」
「ああ、絶対だ」
俺は最後にそう言って幸たちが飛んでいくのを見送った。
幸たちが行った後、父は、持っていた水で目を流し、もう目が見えるようになっていた。
「青人。お前が残っても、人質にすればこっちが勝つ。そして、まだ何人も軍人がいる。無駄な抵抗はやめて降伏しろ」
分かっている。そんなことは百も承知だ。だが――。
「降伏はしないよ。俺は、今の父さんなんかに降伏なんてしない」
そして俺は、父と逆方向に走り出した
――朱音――
――強いなあ、幸は。
幸の背中には、何度か乗ったことがあった。だから、幸がどれくらい速く飛べるかはなんとなく分かっている。そして、今の幸の速度は、今までのどんなときよりも速い速度だというのも分かった。父親に目の前で裏切られたのにも関わらずだ。
だが、長い付き合いだ。ドラゴンの姿ではあるが幸が悲しげな顔をしているのも分かる。
「幸、大丈夫?」
そう聞くと幸は、きっと辛そうな表情を悟られたと思ったのだろう、顔を引き締めた。
『大丈夫、平気。そんなことより白羽、青人とはどこで合流するの?』
どう見ても大丈夫そうではない。
だが、確かに今大事なのはそっちである。実は、私も気になっていた。こういうとき落ち合う場所を決めていたわけではない。それなのにどうやって合流するのだろう。
私は、後にいる白羽のほうを向いて答えるよう促した。だが、白羽は黙ったままだった。
それをもう一つ後ろにいた玄が俯いて言った。
「合流する方法なんてないんだろう。あいつはそういう気持ちで残ったんだ」
「え?」
そういう気持ちとはなんだろうと思ったが、すぐに分かってしまった。青人が幸を危険な目に合わせようとするわけがない。だから、捕まえられる気なわけがない。だが、船で逃げ切れるとも思えない。つまり残る選択肢は一つ――。
死ぬ気だ。
私は、絶句したが、幸はそれほど驚いていなかった。それどころか、こう言ってのけた。
『そんなことだと思った』
私は、その言葉にも驚いたが、その真意をすぐに理解した。
なぜ理解したかというと、幸が一向に東島から離れていなくて、向っている先は、いかにも青人がいそうな場所だったからだ。
『青人は死なせない』
私は、きっと青人が助かるだろうという安堵感とともにあること思っていた。それは複雑でどんな感情かは分からない。だがきっと簡単にいえばこういうことだ。
きっと私は、幸には敵わないだろう。
しばらく幸が島の周りを飛んでいると、青人の姿が見えた。
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