第24話 私たちが流れつく場所

――あの日まであと一日―

――守――

「おお、ずいぶんと早起きだな。竜泉」


 そう言って、泉が駆け寄ってくる。確かに隊員には、今日に備えて、よく寝るよう指示してある。今は、午前四時。起きているのは、私くらいのものだ。だが、その理由は決して、青人たちと戦うことに関係してはいない。すでに覚悟の上である。その理由は、今コンピュータのレーダーに表示されている青人達の場所を確認しているからだ。ちなみに玄が北島でこの四人と離れたことは、既に伝わっている。


 このレーダーは、昨夜、熊崎から渡されたものである。二日前、暴力団もこの作戦に参加すると決められたとき、暴力団員を乗せたいくつかの船が、それぞれの島に到着した。そして、その一つ一つの船には、発信機がつけられていたらしい。このレーダーは、その発信機のついた船の現在地を教えるものだ。


 なんでこんなものが、作られたか、それは考えるまでもない。あの蛇塚という男は、結局自分の直属の部下すらも信用していなかったのだろう。皮肉にもその判断は間違っておらず、現に今、青人たちが乗っていると思われる船の現在地を探すのに、非常に役立っている。ちなみに、どうやって青人が乗っているか判断したかと言うと、その船に連絡を取った時、何度かけても応答がなかったからだそうだ。


 よって今、私は、レーダーを凝視している。そしてその結果が、何とも言い難い。


「それで、どうだ。あの船はどこに着陸しそうなんだ」


 泉が唐突に何かを懇願するように言った。長い付き合いだ。泉が何を考えているかは、大体分かる。


「東島だな」


 そして、この答えがその期待を裏切ることも分かっている。


「本当か?」


「ああ、このペースだと、12時までには、ここに着くだろう」

「急に進路を変えたりとかは考えられないのか」


 私は、その問いに、レーダーを見せることで答える。泉は優秀である。しばらく見るだけで、私が何を言いたいのか理解した。


 レーダーには、一定に動く点が表示されていた。そして、昨日から見てもその動きは、水の流れている向きと一緒である。操縦者がいないのだ。そして、この島の海流は、この時期になると少し特殊で、四つの島の中心にある空間が、ぐるぐると循環している。初めにここに婿入りしたときは驚き、どんな仕組か解明しようとしたものだが、今幸が出てきたことを考えると、ドラゴンの力の一種かもしれない。とにかく、海流の流れが一定で操縦者がいないとあれば考えられる。東島は他よりも大きいため、船はこの島にぶつかる形で止まるはずだ。


「じゃあ、この島が最後の戦いに、なるわけだ」

「ああ、泉大佐、あいつらに伝えてくれ。船の到着に備えて、こちらも準備する」


 俺はそう言って、野営地に戻ろうとした。しかし、泉の声がその私を止める。


「その前にだ。竜泉大佐」

「なんだ」

「銃を渡せ」


 泉は、私に右手を伸ばした。


 おそらく、前の約束の件だろう。俺に銃を使うなという約束の。


「大丈夫だ。しっかり約束は守る」

「いや守らない。お前は絶対に必要になったら、銃を抜く。たとえそれが息子であっても」

「銃を持ってなかったら、部下だって不審がるだろ」

「誰もお前に息子を撃って欲しい奴なんていねえよ」


 こうなったら、こいつは何を言っても聞かない。しかし必要な時は、銃を抜かなくていいはずがないのだ。どんな場合であっても、自分に機会が回ってくれば、私は、それを生かさなければいけない。まあ、銃に関しては、後で何とかしよう。部下の一人に借りればいい話だ。


 私はしぶしぶ、銃を渡した。握れば手にしっかり馴染む銃であった。まあ、泉を少しでもごまかすためだ。やむをえまい。


 しかし、泉の言葉通り、私に息子を撃ってほしいものはいなかった。私には誰一人として、銃を貸してくれるものは現れなかった。



――幸――


 ゆっくりと目を開ける。時間を見ようと、いつもある目覚まし時計の場所に手を伸ばす。しかし、何にも触れはしない。そのことを不思議に思いながら、寝返りを打つ。そこに、もう見慣れてしまった。あの人の寝顔が目に入る。


「ああ、青人」


 そしてゆっくりと昨日の記憶が、呼び覚まされる。朱音が燃やされそうになった記憶。白羽が死んだと聞かされた記憶。私は、そのすべてを振り払うようにそっと青人の顔を撫でた。しかし、昨日のことが夢ではないと、いっそう強調されるだけで、何も効果はなかった。


 急に涙が込み上げてきた。すべて涙と一緒に洗い流してしましたいと、強く思った。しかし、今、それでは何も解決しないということも、よくわかっていた。床に手をつき、体を勢いよく体を起こす。すると、朱音の寝顔も目に入った。ぐっすりと気持ちのよさそうに眠っている。昨日、あんなことがあったが、特に朱音の容態はひどくなさそうである。本当に良かった。


 少し安堵の息を吐く。白羽だけでなく朱音まで死んでしまったら、私はもう、何をする気力も起きない。歩き出して、朱音の近くに行く。そして朱音のベットに座ろうとしたとき、急に大きな揺れが起きた。


 何だろうか。まあとにかく、様子を見ないことには話にならない。私は、外に出ようと、ベッドから立ち上がった。


 今の部屋から出たとき、かなりの悪臭が、鼻を突いた。肉が腐ったにおいや血の匂いが入り混じった、まさに悪臭と呼ぶべきものである。壁には、あちこちに血がべっとりとついていたし、いくつも転がっている死体には、ハエがたかっていた。すべて青人がやったものである。しかし、この空間は、既に一度見ている。私は、その中を黙々と歩いた。


 しばらく、そうして歩いていると、外の光が見えた。私は、そこに思い切り足を踏み入れて、思い切り深呼吸をする。そして、ゆっくりと周りを見渡し、一つのものを目に入れたとき、思わず声が漏れる。


「何、これ?」


 それは、今まで見たことがない、とても大きな洞窟だった。現在地を確認しようと少し周りを見渡す。と言っても周りは海なので、特に見覚えのあるものなどあるはずはないのだが、それでも今の不安を紛らわそうと、周りを見渡した。すると、上に突出した岩があった。と言っても、少しの凹凸なのだが、それは、十分にこの場所を示すものとなった。


 そう、私が青人たちと出会い、一昨日ここから、青人を乗せて逃げた、あの崖である。


 今まで崖のところには、あまり言ったことはなかった。祖父や祖母に危ないからあかり近寄るなと言われていたからだ。この場所に何度も来るような人は、本当に青人ぐらいだった。だから、その崖の真下に、こんなに大きな洞窟があるなんて知りはしなかった。


 さて、そうするとここは、東島ということになるわけである。だとすれば、あまりここに長居しないべきだろうか。


いや、そういうわけでもないだろう。先ほど言った通り、崖はあまり近寄られていない。そして、私が今までこの場所を知らなかったということは、十年間誰にも、そのことを知らされていなかったということではないか。それならば、父もこの場所を知らない筈だ。


 もしかしたらここにいたほうが安全かもしれない。


 私はここにとどまることを決め、一度船に戻った。青人と朱音を一度、この洞窟の中に運び出すためである。


 再びあの血にまみれた通路を進み、青人と朱音のほうへ向かう。二人ともまだ目を覚まさない様子だったため、洞窟まで担ぎ出す。


 二回目に外に出たとき、太陽がほぼ真上にあったことに気付いた。どうやら昼時であったらしい。ずいぶん長く寝ていたものだ。


 洞窟の中は、割と広々としていた。これなら竜の姿になってもまだ余裕がありそうである。私は、朱音からそっと床に寝かせ、次に青人を寝かせた。その後まもなくして、青人が起きた。だがもう、その顔は私の知っているものではなかった。

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