国中が親友のドラゴンを奪い取ろうとするので、僕らが死ぬ気で守ります
笹原うずら
第1話 ドラゴンが空から降ってきた
その日は月の海の日。俺がまだ中学二年のときだった。 太陽が真上から照り付けている今日。俺ら五人は、この島で一番見晴らしのいい崖へと向かっている。
「なあ、青人(あおと)本当に見たのかよ。ありもしないものにこんなに体力使いたくないぞ」
「玄のいうとおりよ。こんなことで暇をつぶすなら、蟻の観察の方がまだましだわ」
「貴重な祝日だというのに、こんな無駄なことに付き合わせて、この馬鹿息子が」
序盤からぼろくそ言われているが、一応紹介しようと思う。
まず、最初に言葉を発した、気だるそうな奴は亀山玄(かめやまげん)。ほとんどのことを面倒くさそうにやるような奴だ。それは言葉を発することも例外ではなくあいつの言葉はいつも棒読みである。
次に、二番目が佐鳥朱音(さとりあかね)。黙っていれば美人だ。だが朱音は人より言動がきつい。
そして、三番目の竜泉守(りゅうせんまもる)。この俺、竜泉青人(りゅうせんあおと)の父であり、職業は自衛隊をやっている。本人は今、祝日は貴重だと言ったが、休みの日は俺やみんなをよくキャンプとかに連れて行ってくれる活動的な親だ。おそらく母がいない俺のためにがんばってくれているのだろう。しかし、馬鹿って言うことはないと思う。
そして最後にもう一人。
「まあまあみんな。青人が見たって言うんだから信じよう。もうここまで来たんだし」
虎谷白羽(とらたにしらは)。頭がよく、運動もできる。そのうえ他のやつみたくぼろくそ言わないので、性格もすばらしいと思う。
さっきまで落ちこんでいたが、俺は調子を取り戻した。
「そうさ。俺は確かに今朝、見たんだ。ドラゴンの島を」
「馬鹿ねえ。そんなの伝説よ。夢でも見たんでしょ。だいたい、私の南島でも玄の北島でも白羽の西島でも、そしてこの東島の青人以外の人も誰も見ていないのにあんただけ見えるなんておかしいでしょ」
そんな俺を、朱音はばっさり切り捨てる。
ドラゴンの島とは、この島々に伝わる伝説のことである。
はるか昔、一人の男が居た。その男は、この島で平和に暮らしていたが、あるとき、男の住んでいる島を含めた、四つの島にある空間から、ドラゴンの大群が押し寄せてきた。そのドラゴンたちは、島民に対して残虐非道な行いをした。しかし、そのドラゴンたちの行いを見て、男は武器を取って立ち上がり、ドラゴンたちに立ち向かった。その一人の男に敗北したドラゴンたちは、千年に一度、こちらに一頭のドラゴンをこの島によこし、ドラゴンの力を使って、来た日から十年間魚などが大量に取れるようにしてやる。だから、もう見逃してくれと頼んだ。男は、それを了承し、ドラゴンは、自分達がきた島に帰った。この島がドラゴンの島である。この後男は、島のみんなに英雄とたたえられたそうだ。
この島に伝わる伝説は、今では、御伽噺として、大人達が俺達が子供のころに話してくる。しかし、俺は、この話を御伽噺と思ったことなど一度もなかった。実際に、話の男がドラゴンたちを相手取って戦ったと信じていた。そして、俺は、その英雄に憧れていた。
だが、この話を都会にいる人に話しても四つの島あたりから嘘だと笑われる。しかし、四つの島はここにはしっかり存在していて、それらの島同士の交流は深い。現にいまここにいる子供四人はそれぞれ別々の島出身だが、よくこうやって四人で遊んでいる。もっともここは人が少なく、同じ年の子供があまりいないのも大きな原因ではあるが。
とはいえ、いくら過疎地域でも、四つも島がある中、一つの島にいる一人の人間しか見ていないのは少しおかしい。
だが、俺はありえなくもないと思っている。見たときは結構朝早かったし。
「それがおかしくないことを証明するためにここに来たんだろう。用はドラゴンが見つかればいいんだから」
そうこうしているうちに崖に着いた。ここは本当に見晴らしがいい。だから世に言うドラゴンのサイズならば見えるはずだ。
・・・・・・見えないけど。
玄は半ばあきれながら言った。
「青人。ドラゴンなんているわけないだろう。もうあきらめろよ」
「馬鹿言え。四つの島全部回るに決まっているだろう」
その言葉を聞くやいなや父が言ってきた。
「馬鹿はお前だ、青人。そこまで付き合えるわけがないだろう」
それに玄も重ねて言う。
「そうだそうだ。あるわけないもののためにそこまでできるか。白羽も何かいってやれ」
「そうだな。さすがにもうあきらめたほうがいい」
三人の会話を俺は、後半ほとんど聞いていなかった。なぜならこういうとき一番うるさい朱音が上を向き、やけに静かだったからだ。
そんなことを思っていたとき朱音が空を見上げながら、ゆっくりと言った。
「みんな、上、見て」
俺たちが一斉に空を見上げたとき、それは見えた。
サイズは、体長一メートぐらいと小さいが、足は四本、尻尾もあるし、大きな羽もある。そして、全身の色が鮮やかな青になっている。誰がどう見ても、それはドラゴンだった。
俺は高らかに言った。
「どうだ。ドラゴンだぞ。やっぱり俺が今朝見たのも夢じゃなかったんだよ。・・・・・・あれなんでみんなそんなに離れてるの?」
気付けばみんな俺から離れていた。白羽が俺に言った。
「青人。上。上」
そう言われて、上を見ると、そのドラゴンが俺のいる場所へ落ちてきていた。割とすごい速さで。
・・・・・・ああ。かわせねえわ。
俺とドラゴンは、勢いよく衝突した。
気付くと俺は・・・・・・よく分からない場所にいた。自分が立っている場所がまるで金色の雲のようであり、その雲は、俺が見る限り無限に広がっている。周りには、金色のようなもやがかかっているだけで他に何もなかった。
すると一つの部分のもやが唐突に晴れた。そして、そこからなんと先ほど見たドラゴンとは違うドラゴンがいた。
そのドラゴンは、色はさっきのドラゴンと同じ青だったが、サイズがまったく違っている。こっちは恐らく体長七、八メートルはあるだろう。こんなのがぶつかってきたら即死だ。
そのドラゴンに見とれていると、急に声がした。
『こんにちは』
状況から見て、この声が誰のものかは、なんとなく分かる。俺は、挨拶すると同時に言った。
「こんにちは、お前喋れるのか?」
「喋るというか、そちらで言うテレパシーみたいなものですよ」
「何か、妙な感じするな」
「そうですか、お嫌いでしたら、こちらのほうがいいですかね」
そういうとドラゴンは、人間の姿になった。それは髪が長くて、金髪で、青い目の綺麗な女性の姿だった。とても、伝説に出てきた残虐なドラゴンだとは思えない。服は先ほど尻尾に巻いていたワンピースのようで、それもかなり似合っていた。
俺は、それに心底驚いた。
「すごいな。ドラゴンって何でもできるのか」
「いやいや褒めたって何も出ませんよ・・・・・・ってドラゴンの特技を見せに来たのではなくてですね。今回は一つ言いたいことがあって、夢にお邪魔したんです」
どうやら俺は、夢にお邪魔されていたらしい。実際にこのドラゴンはどこかにいるのだろうか。まあ、今考えても仕方がないので、続きを促す。
「何だ? その言いたいことって?」
するとドラゴンは笑顔で言った。
「あのこをどうかよろしくお願いします」
「え?」
あのこ、とは俺にぶつかったドラゴンのことなんだろうか。ならこいつはあのドラゴンの何なのだろう。
そんなことを考えていると、急に周りの空間にひびのようなものが入り始めた。おそらくもうすぐ目が覚めてしまうのかもしれない。
俺は一つだけどうしても聞きたいことがあったので聞こうとした。だが、ドラゴンは言ってしまうようだ」
「では」
「ちょっと待って」
俺の声は、周りの日々の音でかき消された。
妙な点はいくつかあった。だが、俺が一番疑問に思ったこと。それは・・・・・・。
どうして最後の笑顔があんなに悲しそうに見えたのだろう。
起きるとそこは、俺の部屋だった。どうやら俺は、ここまで気を失っていたらしい。
「あっ。青人起きたぞ」
白羽がそう言うと、玄や朱音が駆け寄ってきた。
「起きるの遅えよ。心配したんだぞ」
「まったくドラゴンにぶつかるなんて、本当に馬鹿なんだから」
ありがたいことに心配してもらえたらしい。朱音は相変わらずの毒舌だが、少し涙を拭いた痕跡がある。俺は本当によい友達を持ったものだ。
とりあえずみんなに無事なことを伝えると、白羽が一つ聞いてきた。
「ところで、青人。ずいぶんうなされてたけど、どんな夢見てたんだ」
俺、うなされてたのか。そんな悪い夢ではなかったんだが・・・・・・あれ。
「忘れてるな。結構印象深い夢だったんだけど」
どうやら、目覚めたときのごたごたで忘れてしまったらしい。まあ所詮夢だし仕方があるまい。
それよりも今はもっと大事なことがある。
「ところであのドラゴンはどこに行ったんだ」
玄が床で寝そべりながら答えた。
「それなら守さんが一階の寝室で様子見てるぞ。見に行ってくるか? 俺は待ってるから」
このものぐさ野郎が。俺は、少し語気を強めて言った。
「行く。そしてお前も行け」
無理やり玄を引き連れて、俺たち四人は寝室に向かった。
寝室に入ると、そこには父とドラゴンと、朱音の母親がいた。
「母さん。なんでここにいるの?」
「なんでって、決まってるでしょう。このドラゴンを看病しにきたのよ。こんなの獣医に任せたってしょうがないじゃない」
虎谷葵とらたにあおい。先ほど言ったように朱音の母親であり、医者でもある。また、南島の長である虎谷正二とらたにしょうじの妻でもあり、この四つの島の中で唯一の診療所の先生のため、知らない人は滅多にいない。
その葵さんを呼んだということはドラゴンに何かあったらしい。確かに、見てみると元気がなさそうに見える。
俺は父に尋ねた.
「ねえ、このドラゴン大丈夫なの?」
「ああ青人、大丈夫だったのか。いやなあ。このドラゴン、最初に見たとき飛んでるというよりは落ちてきただろう。だから、既に気を失っていたんじゃないかと思って、先生に診てもらってるんだ。だけど・・・・・・」
父親の長い話を葵さんが遮った。
「まったく分からないわよ。今まで人間相手に仕事しているんだものドラゴンなんて専門外だわ」
その言葉になぜかひらめくものがあった。俺は眠っているらしいドラゴンに向かってつぶやいた。
「なあ、お前。人にもなれるんじゃないのか」
それを聞いていた玄が笑った。
「はははは。お前テレビの見すぎだよ。羽とか尻尾がある動物が人型になれるわけ・・・」
『できる』
「へ」
玄やみんなは声のした方向を見た。するとそこには、俺たちと同じぐらいの年齢のような用紙をしたの女の子が、先ほどドラゴンが寝ていたところに座っていた。髪が長くて、金髪で、どこかで見たような青い目をしていた。
そして、また、一糸まとわぬ姿だった。後に聞いた話だと、服ありでも変身することは出来るが、この時は、服がそれほど必要なものとは知らなかった、と言っていた。
しかし、我々男子は、それを見るに叶わず、即座に朱音に目潰しを食らった。
「青人、玄、白羽、今すぐに目を瞑って部屋から出なさい。今すぐに」
俺はすぐ抗議の声を上げた。
「不可抗力だ。目潰しまでする必要はなかった。よってこの痛みの代わりに十秒間目を空ける権利を・・・・・・」
「早く出ろって言ってんのよ」
その後、部屋からつまみ出されたのは言うまでもない。
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