第6話 魔王と勇者、いじめっ子と対決する

 俺たちの前に立ち塞がったいじめっ子のボス、ササゴこと佐々倉豪気。

 確かに彼は小学生の中では強いのだろう。

 すくなくとも神谷影陽や青井そらに比べれば体もデカく筋肉もついている。

 道行く他の小学生達と比べても同様だ。

 ササゴは俺を威圧するように言った。


「せっかく幽霊があの世に行ったと思ったのに舞い戻りやがって!」


 さて、どうしてやろうか。

 もちろん魔王たる俺からすれば、小学生のいじめっ子なんぞ恐くはない。

 いくら肉体的な力で劣ったとしても、武術の心得が違いすぎる。

 手段を選ばなければ、この場で影陽のかたきを取ることも可能だろう。


 しかし、それもなぁ。

 彼のしたことはとても許せないが、かといって子ども相手にマジゲンカもどうかという気持ちもある。

 俺は結局、ササゴを無視して校舎の入り口へ進んだ。


 勇美が俺にたずねる。


「おい、なんなんだ、あのデブは?」

「さあな。夏の暑さにやられた豚じゃないのか?」


 俺たちの言葉に、ササゴの怒りが噴火した。


「てめぇら! 俺をナメるなよ!」


 ふむ、この少年、勇者殿よりも怒りの沸点が低いな。

 俺は無視して歩く。


 が。

 ササゴが俺の前に回りこんだ。

 デブの割に素早いな。

 さらに、ヤツは俺の右腕を掴んできやがった。

 むむむ。俺としたことがこんなやつに腕を捕まれるとは。

 いくらこの肉体が貧弱とはいえ油断した。屈辱である。


「影陽、俺を無視とはいい度胸だな!」

「すまんな。幽霊は人間と会話できないんだ」


 俺はそう言って、ササゴの手を振り払う。

 力の差はあっても所詮あいてはガキ。このくらいは簡単だ。

 ササゴは俺をギッと睨んだ。


「て、てめぇ!」


 うを!?

 いきなり殴りかかってきたぞ。

 俺はあっさりとヤツのこぶしを避けた。


「よけるんじゃねぇよ!」


 いや、よけるだろ。

 その後もヤツは無茶苦茶にこぶしを振り回してきたが、俺はことごとく最小限の動きでかわしてやった。

 確かに影陽とササゴの肉体を比べればヤツの方が上だ。

 だが、こうも無駄だらけの動きじゃ魔王たる俺の動きはとらえられるわけもない。


「く、くそっ!」


 ササゴはすでに息を切らせた様子だ。

 筋肉はあっても持久力は無いのだろうか?

 彼は筋トレだけでなく有酸素運動もするべきだな。

 ま、そんなことをいえば神谷影陽は筋トレも有酸素運動も足りていないのだが。

 俺は忠告してやることにした。


「もうよせよ。お前じゃ俺を殴るなんて無理だ」

「て、てめぇ! 影陽のくせにぃぃぃ!」


 うわぁ、まだ殴りかかってくるかね。

 今度は蹴りもきた。

 ま、どっちにしろ全て楽勝で避けるわけだが。


 そんな様子を見てそらが言う。


「うわぁ、影陽くんすごい」


 その声に、ササゴが叫ぶ。


「そら! お前、俺にそんな口をきいてタダですむと思うなよ!」


 やれやれ。よく吠える犬……じゃなかった、豚だな。

 勇美が眉をひそめて言った。


「おい、本当になんなんだ、このデブは?」


 どうも状況を理解できないらしい。

 日記を読んでいなくてもなんとなく分らないものかね。


「勇美! てめぇまで! 女だからって許されると思うなよ!」


 ササゴは叫ぶと、今度は勇美に襲いかかった。

 うむぅ、これはまずいな。


 止めるべきか俺が迷っているうちに勇美が動いた。

 襲いかかってきたササゴの右腹に回し蹴り。さらに顔面に肘打ち。トドメに股間を思いっきり蹴り飛ばす。


「がぁ」


 ササゴはその場にうずくまった。


 やっぱりこうなったか。

 神谷勇美の肉体も強いわけではない。

 だが、勇者としての戦いの経験をフル活用すればこんなもんだろう


 しっかし、あれは痛いだろうな。

 特に最後の股間蹴りは同じ男として無条件に同情してしまうよ。


 俺は勇美に言った。


「おい、ちょっとやりすぎだぞ」

「うん? 襲われたから反撃しただけだが?」


 その通りではあるがな。

 小学生相手に大人げないような気もする。


 が。

 ま、いいか。

 あの日記に書かれていたことを思い返せば自業自得だろう。むしろこれでも足りないくらいだ。


 勇美は倒れたササゴには興味0といた様子で、俺とそらに言った。


「それよりとっとと教室に行くとしよう。遅刻はしたくないからな」


 たしかにな。

 これ以上ここにいる意味はないだろう。

 そらが進み出た。


「うん。じゃあ昇降口に案内するね」


 そう言って歩き出したそらに、ササゴが股間を押さえながら立ち上がり吠える。


「てめぇ、そら! 影陽たちに味方するつもりか? あとでどうなるか分っているんだろうな!?」


 そらはササゴを振り返って言った。


「ボクは……ボクは、影陽くんの友達だ!」

「なんだとぉ?」

「影陽くんはボクを助けてくれたんだ。それなのにボクは酷いことをして……だけどそんなボクを影陽くんは許してくれるって言ったんだ! ボクはもうと友達を裏切らない!」

「てめぇ……」

「もう、お前の言うことなんて聞くもんか! 殴りたきゃ殴れよ!」


 こわくないわけではないのだろう。

 啖呵を切ったそらは、両手を震わしていた。

 それでも、少年は勇気を持って卑怯ないじめっ子に逆らって見せたのだ。


 俺は日記の内容を思い出して、いったんササゴのそばへと戻る。

 そして、ヤツにだけ聞こえる声で冷たく言った。


「そうだ、ササゴ。1つ言い忘れていたよ」

「なに?」

「もし、ひかりに手を出してみろ。その時は全力でお前を潰す」

「なんだと……?」

「屋上から突き落とされるか、車にひかれるか……いずれにせよ、自分が本物の幽霊になる覚悟をすることだ。その覚悟がないなら、俺の家族に手を出すな。もちろん、そらくんにもだ」


 ササゴは真っ青な顔になる。

 当然だ。

 俺はこれでも魔王なのだ。

 こんなガキをビビらせるなど簡単すぎる。


 ササゴはガクガク震えながら言った。


「お前、本当に影陽……なのか?」

「さてな。何しろ1度死んだもんでな。今更恐いモノなんてないんだ」

「くっ……」


 ササゴは再びその場に跪く。

 ま、これだけ脅しておけば、万が一にもこいつがひかりに悪さしたりはしないだろう。

 俺はササゴに背を向けて昇降口へと歩き出した。

 背後からササゴの叫び声が聞こえてきた。


「てめぇ、影陽、そら、勇美! 覚えていろよ、このままじゃすまさないからなぁぁぁ!」


 負け犬の遠吠えというヤツか。

 俺は振り向きもせず言ってやる。


「まだ吠える元気があるか。その根性だけは認めてやるよ」


 俺は大声で笑ってから、そらの案内で昇降口へと向かった。 

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