第5話 魔王と勇者、6年生に進級する

 4月。

 俺たちが日本に転生してから半年近くが経過した。

 小学校から帰ってきたひかりに、勇美と俺が言った。


「ひかり、小学校入学おめでとう」

「おめでとうな。明日からは俺たちと一緒に学校に行こうな」


 ひかりはにっこり笑う。


「うん! 学校楽しみ!」


 この世界の学校制度だと、俺や勇美がひかりと同じ学校に通うのはこれからの1年だけだ。

 来年には俺たちは中学生になるし、ひかりが中学生になるころには、俺たちは高校を卒業しているだろう。


 今日の入学式、出席したのはひかりと両親だけ。

 俺や勇美も参加したかったが、小学生の兄や姉の参加は不可だった。


 日隠とあかりがしみじみと言った。


「ひかりももう小学生か。月日が流れるのは早いな」

「そうですね」

「それに、影陽と勇美も6年生。来年は中学生だからな」

「最初の子どもが双子だってわかってビックリしたのが、昨日のことのようだわ」

「本当にな。色々なことがあった」


 両親が何かを思い出すように天井を見上げた。


「初めて影陽と勇美を海水浴場に連れていった時のことは忘れられないわ」

「あの時の影陽はおもしろかったな。『くじらさんはどこにいるの?』って」

「勇美は冷静に『海水浴場にくじらがいるわけないじゃない』ってツッコんで」


 ひかりが「へー」っと笑う。


「影陽お兄ちゃんってそんなことを言ったんだー。ひかりでもわかるのに」

「まだ2人が幼稚園に入ったばかりのころよ」

「そっかぁ、影陽お兄ちゃんにも幼稚園時代があったんだねぇ」

「あたりまえでしょ」


 そんなことを言ってわらう日隠とあかり、それにひかりの3人。

 あかりが俺たちにたずねた。


「影陽や勇美はあの時のことを覚えているかしら?」


 今の俺や勇美にそんな思い出はない。

 当然だ。俺たちは半年前に神谷影陽と神谷勇美に転生したんだから。

 俺と勇美は、なんと答えたものかと顔を見合わせてしまった。


「ごめん、俺、覚えてないや」

「私もだ」


 俺たちはそれだけ言うと、子ども部屋に戻った。

 子ども部屋に戻っても、俺と勇美の間に会話は無かった。

 彼女は何か難しい顔をして悩んでいるようだった。

 あるいはそれは俺も同じだったかもしれない。




 翌朝。

 俺と勇美はひかりと一緒に通学路を歩いていた。

 しばらく歩くと、交差点でそらと出会った。


「そらくん、勇美ちゃん、それにひかりちゃんも。おはよう!」


 俺たちよりも前に、ひかりが挨拶した。


「そらお兄ちゃん、おはようございます」

「ははっ、ひかりちゃんもちゃんと挨拶ができるようになったね」

「ひかり、前からあいさつできるもん」

「そう? 引っ越してきた直後はお母さんの後ろに隠れちゃったけど」


 俺はちょっとびっくりして、思わず聞いてしまった。


「そうなのか?」

「ひょっとして、事故のせいでそのことも覚えていないの?」


 そらがちょっと暗い表情でいう。

 未だにあの事故に関してそらが責任を感じていると、俺は知っている。

 だから、俺はあわてて否定した。


「え、そんなことはないよ」

「でしょ。だからちょっと感動しちゃってさ」


 もちろん、引っ越してきた直後にそらと遊んだ記憶など、俺にはない。

 そんな俺とそらの会話を横で聞いていた勇美は、昨日と同じくらい複雑な表情を浮かべていた。


 今日、俺たち6年生は4時間目まで授業。ひかりたち1年生は1時間目で帰宅することになっていた。

 俺は1時間目の授業が終わったあと、なんとなくつぶやいた。


「ひかり、1人で帰れるかな」


 隣の席のそらが笑って言う。


「大丈夫だよ。家の近くまでは4年生とかと一緒に集団下校だし」


 集団下校か。

 その思い出も俺の中にはない。

 5、6年生は授業が他の学年よりも長いので、個別に帰るのだ。


 その後、2時間目が終了し、25分の中休みの時間がやってきた。

 すると、勇美が俺の席へとやってきた。


「影陽、ちょっと顔を貸してくれないか?」

「なんだよ?」

「たのむ」

「まあ、いいけど」


 俺は勇美と共に教室をあとにした。

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