第6話 魔王と勇者、校舎裏で密談する

 勇美に連れてこられたのは校舎裏の小さなスペースだった。

 花壇などはあるが、この時間はほとんど児童も先生も訪れない場所だ。


「勇美、こんなところで一体何の用事だ?」

「そうだな。休み時間は短いし、私は馬鹿だ。単刀直入に言おう」

「ああ」

「本当に、私たちはこのままでいいのか?」


 やはり、そういう話か。

 彼女が何を言いたいのか理解しつつも、俺はあえてたずね返した。


「どういう意味だ?」

「神谷勇美としてではなく、勇者シレーヌとして、魔王ベネスにたずねているのだ」

「なんだよ、まさかまた『貴様だけは許さん』とか言って殺しに来るのか?」

「今更そんなことはせん」

「安心したよ。ならばどういうつもりだ?」

「お前は元の世界が今どうなっているか気にならないのか?」


 俺は「ふぅ」とため息をついてから言った。


「そうだな。『勇者が命がけで魔王を倒して世界は平和になりました。めでたしめでたし』ってとこかな」


 あえて気軽にいってやった俺を、彼女はにらみつけた。


「ばかにするな!」

「お前はそのつもりで自己犠牲呪文バラス・エテンシヨンを使ったんじゃないのか?」

「……あの時は、そう思っていた。心の底から、私の命で平和が訪れるならば本望だと」

「今は違うと?」

「私は頭が良くない。だが、それでもこの世界に来て色々なことを学んだつもりだ」

「ほう、たとえば?」

「この世界の歴史。様々な戦争と平和の繰り返しだ。戦争というのは、巨悪な誰かを殺せば解決するなどという単純なものではない。そう教えてくれたのは、ほかならぬお前だろう」


 まあな。

 俺が家庭教師してやったのは算数だけじゃない。

 この世界の歴史や政治経済などもだ。

 もちろん、俺だって必死に勉強しながらだ。


「それは元の世界でも同じ事だと、今の私なら分る」

「それはなによりだ。家庭教師してやったかいがあるというものだな」

「それに、この半年でもう1つ分ったことがある。お前は……魔王は凶悪な存在などではなかった」

「理解してくれて助かるよ」

「もう一度聞く。あの世界は今、どうなっている?」

「俺に分ると思うか?」

「お前は私よりも頭がいい。少なくとも、想像くらいはできるのではないか?」


 さてな。俺の想像で話すならば。


「おそらく、『何も変わっていない』だろうな。魔王や将軍がいなくなり魔族は弱体化しただろうが、勇者がいなくなり人族たちも希望を失ったことだろう。一時的に激しい戦乱は落ち着くかもしれないが、双方が再び戦力を整えるまでのほんの少しの時間だろうさ」

「やはりそうか」

「ハッキリ言えば、魔王や勇者の代わりなどいくらでもいる。むしろ一時的にであれ、魔王と勇者がいなくなったことで、戦乱に歯止めがかからなくなった可能性すらある」


 勇美は……いや、勇者シレーヌは暗い表情になっていく。


「もっともこれは単なる想像。机上の空論だ。あるいは案外平和になっているかもしれない。俺ごときに全てを読むことなどできんよ。ただ、わかることはある」

「なんだ?」

「今更俺たちには何もできないということだ。あの世界に戻る方法はないし、仮に戻ったとしても、神谷影陽と神谷勇美の肉体では何もできない。さらに言えば魔王ベネスと勇者シレーヌに戻れたとしても、半年も雲隠れしていた勇者と魔王に、いまさら人々がついてくるかも疑問だ」

「……たしかにそうかもしれんな」

「そういうことだ。ならば、俺たちは神谷影陽と神谷勇美としてこの世界で生きていくしかできない」


 その俺の言葉に、彼女はさらに言った。


「お前は幼稚園の頃に、家族と海水浴にいった記憶があるか? 事故の前にそらと遊んだ記憶があるか?」


 なるほど。そっちも気にしているのか。


「あるわけがないな。影陽の日記は読んだし。あるいは写真アルバムでも見れば……」

「そういうことじゃない! 貴様だってわかっているだろう。いや、最初から気づいていたんじゃないのか?」


 ああ、そうだ。

 分っていたさ。

 転生直後こそそこまで頭が回らなかったが、半年も影陽として暮らしていればわかるに決まっている。

 彼女を混乱させたくなくてこれまで黙っていた。

 いや、それも違うな。

 俺自身考えたくなかっただけだ。


「俺たちが『影陽と勇美の人生を乗っ取ってしまったのではないか』と思っているのか?」

「そのとおりだ」

「だが、ゼカルは双子は死んだと言っていた。ならば乗っ取るというのは違うとも考えられる」


 もっとも、あの創造神の言葉がどこまで信頼できるかは疑問だが。


「私もそう考えようとした。だが。あかりや日隠やひかりや……それにそらたちも、私たちはずっと騙している。こんなことが許されていいのか?」


 その通りだな。

 たとえ俺たちが転生しなければ双子が死んだのだとしても、死も含めて本人たちの人生だ。

 そりゃあ双子があの事故で死んでいれば、両親やひかりは悲しんだだろうし、そらの罪悪感はいまよりも大きかっただろう。


 だとしても、だ。

 このまま家族や友だちを騙し続けるのが正しいかと問われれば、やはりノーかもしれない。

 だが。


「ならばどうする? 今更両親やひかりたちに『俺たちは異世界の魔王と勇者が転生したんだ。影陽と勇美はとっくに死んだんだ』と告げるか? そんなことをして誰が喜ぶ? 悲しませるだけだ。いや、それ以前に誰も信じないだろう」

「それはそうだ。そのとおりだが……」

「それとも、自殺でもするか? それこそ誰も喜ばん」

「わかっている。わかっているがっ!」


 返す返すもゼカルが憎い。

 俺はたしかに勇者シレーヌの転生を望んだ。

 だが、それはあくまでもあらたな命――たとえば胎児として平和な家庭に生まれて欲しいという意味だ。

 こんな風に死んだ誰かの身代りとして生まれ変わって欲しかったわけではない。

 ましてや、俺まで転生させて欲しいなどと願ってはいない。


「勇者シレーヌよ。お前はやはり正義感あふれるヤツだな」

「私の正義など幼稚なものだった」

「だが、それでもお前の純粋な心は俺には眩しいほどに輝いて見える」

「……そんなことを言われても嬉しくもないっ」


 本当に、この娘は純粋だ。

 俺のように汚れていない。


「残念だが、俺はお前ほどの正義を持ち合わせてはいない」

「そうか」

「正義などという曖昧な概念は、時に自己満足にしかならないと思い知っているからだ」


 先代魔王だった父は、正義を信じて人族に騙し殺された。

 正義は必ずしも正しい結果を生まない。


「だから俺は、身の回りの者だけでも護りたいと思う」

「身の回りの者?」

「家族だよ。あかりや日隠、ひかり、それに勇美、お前もだ。今の俺にはそれ以上のことはできん。なにしろ、ただの小学生だからな」


 俺はそう言って自虐的に笑うしかなかった。


「家族か……」

「そう、家族だ。死んだ影陽や勇美もそれを望んでいると信じるしかない」

「それで正しいのか?」

「さあな。何が正しくて何が間違っているか、そんなのは俺にも分らんよ。さ、教室に戻るぞ。もうすぐ3時間目の授業だ」

「しかし……」

「少なくとも授業に遅れるのは正しいことではないだろ?」

「……そうだな」


 俺たちは教室へと戻った。

 だが、この時の俺は気がついていなかった。

 誰も聞いていないと思っていたこの迂闊な会話を、ある人物が聞いていたことに。

 そのせいで、大切な家族が傷つくということも。


===============

【作者より】

これにて第3部完。

物語は次の第4部で完結予定です。

最後まで是非お付き合いくださいませ。

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