第3話 魔王と勇者、武器を手に作戦を練る

 ひかりが捕らわれているらしき建物へと進もうとした俺に、勇美が『待った』をかけた。


「まて、武装すらせずに救助に向かうつもりか?」

「武装といっても武器屋なんぞないだろう」


 剣も銃も小学生が簡単に手に入れることなどできない。包丁すら売ってもらえるかどうか。

 が、勇美は呆れた顔で言う。


「当り前だ。武器は武器屋のみにあるわけじゃない」


 言いながら、勇美は腰を下ろして何かを拾い集めている。


「何をしているんだ?」

「石を拾っている」

「石だと?」

「投石はもっとも基本的かつ威力の高い攻撃方法だろう。戦い慣れぬ肉体ならば、剣や弓矢よりもよっぽど使いやすい」


 なるほど。


「さすが勇者だな」

「冒険者ならば当然の知識だ」


 こういった戦いにおいては彼女の方が経験があるようだ。

 俺も素直に石を拾い集める。

 勇美は俺に言った。


「その反応、投石の経験はほとんどないのだな?」

「ああ、魔王にも小学生にも必要の無いスキルだからな」

「なら、お前は石よりもこっちを持った方が良い」


 そういって勇美が俺に渡したのは、転がっていた鉄パイプだった。


「石を集めるなとは言わないが、無闇に投げるな。私はともかくひかりに当たったら危険だ」

「お前は大丈夫なのか?」

「私を誰だと思っている。転生してからも、密かに投石の訓練はしていた」

「そうなのか、知らなかった」

「ま、最初はお前を倒すための訓練だったからな」

「これは恐ろしい」


 とはいえ、たしかに俺は投石などしたことがない。

 まかり間違ってひかりに当たったら大変だ。

 石は数個ポケットに入れておくだけにして、鉄パイプを持っていくことにした。

 勇美も、石だけでなく鉄パイプも持ったようだ。

 俺は小声で勇美に相談した。。


「どういう作戦でいく?」

「私に作戦を委ねるのか?」

「魔王よりも勇者の方が、こういう戦いの経験はあるだろう?」

「ふむ……ならば任されよう。もっとも良いのは援軍を呼ぶことだろうな」

「あらためて警察に通報とかか?」

「それが出来れば理想だが……」

「難しいか?」

「説明しにくいだろうし、おそらく相手は私たちがここに来たことをすでに察知しているだろう。通報するまでの時間ラグは致命的になるかもしれん」


 説明しにくいのは分るが……


「なぜ察知していると言える?」

「通信魔法を使える相手だ。察知魔法ビジヨンも使えると考えた方がいい」

「そうとは限らんし、常に使いつづけているとも思えないが?」

「そのとおりだが人質がいる以上、最悪の場合を想定して動くべきだ」


 たしかに。希望的観測はこの場合致命的な事態を呼ぶか。


 勇美は「……それに」と付け足す。


「何よりも、ひかりは恐怖を感じているだろう。衰弱しているかもしれない。一刻も早く救助したい」

「そうだな」


 俺はうなずいた。


「とはいえ、無策で正面からいくのも愚かだ」

「ふむ」

「まずは相手の戦力を知りたいところだな」

「具体的には?」


 たずねる俺に、勇美は言う。


「まず、相手の人数。1人ならば案外楽だろう。どちらかが犯人を引きつけている間に、もう1人がひかりを助け出せばいい。逆に犯人が2人以上ならば、場合によってはやはり私たちだけでの救助はあきらめざるをえないかもしれん。人数差というのは多少の能力差などよりはるかに重要だ」

察知魔法ビジヨンには1人しか映らなかったのでは?」

隠匿ハイドのスキル持ちがいるかもしれないし、そもそも私の知らない相手かもしれない」

「もっともだな」


 俺はうなずいた。


「もちろん相手の能力や武器も問題だ。格闘技の経験もわからん。通信魔法だけでなく攻撃魔法が使える可能性もある」

「だが、どうやって調べる?」


 勇美は少しだけ考えてから言った。


「あまり賢いやり方ではないが、戦力の逐次投入しかないだろうな」

「どういうことだ?」

「まず、私がひかりと誘拐犯の反応があった部屋に踏み込む。それで、相手の人数や能力はある程度しれるだろう。お前は隠れて様子を見ていろ」

「お前に全て任せろと?」

「違う。相手の能力を見て、とても叶わないと思えば、私が時間を稼ぐからとっとと逃げて警察なり何なりに駆け込め。相手が1人で大した能力も無いなら、不意打ちをするなり説得するなり任せる」


 ふむ。


「しかし、それでは勇美が危険では無いか? おとり役なら俺がしてもいいが……」

「私が警察に駆け込んでも、説得するのは無理だ。自分が口下手なのは分っている。一方で、時間稼ぎの戦いなら経験がある」

「適材適所だと?」

「そういうことだ。今、優先すべきは私の身の安全でも、誘拐犯を倒すことでもない。ひかりを助けることだ」


 たしかにその通りか。


「わかった。それで、ひかりの居所は?」

「建物にもう少し近づいたらもう一度察知魔法ビジヨンを使う」


 勇美の魔法で、ひかりと誘拐犯は2階の一番奥の部屋にいるとしれた。

 俺たちはそれ以上は声を出すのをやめて、建物の中を進む。

 古い工場の床は、踏みしめるたびに『ギィィ』と音が鳴る。

 これでは誘拐犯に察知魔法ビジヨンを使うまでもなく、俺たちが侵入したとしれてしまう。

 が、いまさら逃げ帰るわけにもいかない。

 できるだけ、忍び足で歩くしかない。


 そういえば、勇美の足音はほとんど聞こえない。

 隠密系の能力は彼女の方が上らしい。

 当然か。魔王に隠密のスキルなど必要なかったからな。

 だが、結果的にはそんなことは関係なかったらしい。

 奥の部屋から声がした。


「そんな風に『抜き足差し足忍び足』なんてしても無駄よ、勇美ちゃん、影陽くん。あなたたちが工場の敷地に入ったときから、察知魔法ビジヨンで分っているから」


 くそ、やっぱりバレていたか。

 ……しかし、この声……?


 俺がいぶかしむ間に、勇美が走り出す。


「影陽! 作戦変更だ、一気に行くぞ!」

「しかし、この声はっ!」

「考える前に動け!」


 たしかにこの場合、頭よりも体を動かすべきだ。


 俺は勇美の後を追って奥の扉へと走る。

 扉を開いた先で、ひかりの首筋にナイフを当てていたのは……!!

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