第5話 勇者、少女について語る

 勇美は木島先生に言った。


「何を言っても言い訳にしかなるまい」

「言い訳が聞きたいんじゃない。事実が聞きたいのよ」

「そうか……」


 どうする?

 どう動く?

 木島先生が俺を恨むのは当然かもしれない。

 結局の所、どう言ってみたところであの戦いは人族と魔族の戦いであり、俺は魔族を統べる者だった。彼女の幼い娘が戦乱の犠牲となったならば、恨まれてもしかたがあるまい。

 彼女に俺が殺されたとしても、恨み言を言うつもりはない。


 だが、そうだとしても。

 ひかりをこれ以上巻き込むわけにはいかない。

 ひかりは100%無関係だ。

 だから、今優先すべきはひかりを助けること。

 どう動くのが最善なのか。

 迷っているうちに、勇美が語り出した。


「エレオナールは天才だった。あの歳で誰よりも強力な回復魔法を使えた。大僧正様によれば、修行を続ければ死者蘇生すら可能になるかもしれないと」

「それがどうしたというの? だから私の娘を連れ去ったと?」

「違う。エレオナール自身の意志だった。私があの村を去って半日後、彼女は次の宿場まで1人やってきて私たちの前に現れた。勇者様の仲間にしてほしいと言って」


 ふむ。

 俺は横から口を挟んだ。


「勇者に憧れていたということか?」

「そのとおりだ。すでに自らの力を自覚していたエレオナールは、私たちのパーティに入れば役に立てると熱弁した」


 ずいぶんとアグレッシブな6歳児だな。

 その半日でモンスターに殺されてもおかしくないぞ。


 木島先生が勇美を問い詰める。


「だからといって、親の許可も無く連れ去ったというの!?」

「私は本意では無かった。だが……仲間達はエレオナールを歓迎した。この才能を捨て置くのは惜しい。あんな村に置いておくべき少女ではないと」


 ……うん?

 どうもきな臭いな。

 俺は勇美に確認した。


「勇者の仲間というと、聖戦士キラー、僧侶エリール、聖魔道士ガルダか?」

「そうだ」


 全て、人族の教会が……大僧正が勇者の仲間として送り出した者達だったはずだ。


「その3人がエレオナールを浚えと言ったのか?」

「浚ったつもりはない。エレオナールは両親の許可は取ったと言っていたんだ」


 いや、しかしそれは……

 木島先生が叫んだ。


「許可なんてしていない。するわけがない!」


 だろうな。6歳の幼女が勇者の危険な旅についていきたいと聞かされて、素直にうなずく親などいないだろう。

 だとすると疑問が出てくるな。

 俺は木島先生に尋ねた。


「だが、エレオナールが勇者の後を追ったことは知っていたんだろう?」

「『勇者様と一緒に旅に出ます』という娘の書き置きがあったのよ。私と夫は青ざめて追おうとしたけど、教会に止められたわ。『エレオナールは勇者の仲間になった。娘は次代の勇者になれる器だ』とかいろいろ言われたわ。正直に言えば、教会からそれなりの礼金も渡された。そんなお金欲しくなかったけど、受け取って娘をあきらめないなら国家反逆罪になりかねないと言われた」


 なんだそれは。

 幼子を売れと命令されたようなものではないか。

 俺は勇美にたずねた。


「お前はそのことを知っていたのか?」

「……しばらくして、エレオナール自身から本当は両親に書き置きをしただけだとは聞いた。教会が彼女の両親に礼金を払ったことも」


 そこまでは知っていたと。

 勇美はさらに続けた。


「そして、大僧正様からは両親は娘が勇者の役に立つならばこれ以上の誉れはないと言っていると聞かされた」


 その言葉に、木島先生が激高した。


「そんなわけがない! 娘が危険な目に遭っているのに『誉れ』ですって!? あのお金は口止め料でしょ!!」

「それは……しかし、大僧正様は……」


 勇美が言いよどむ。

 代わりに俺が言った。


「木島先生の言うとおりだろうな。教会は……あるいは大僧正はエレオナールを次の勇者に仕立て上げようとしたのだろう。少なくともその候補にしようとしたのだろうさ。お前が魔王を倒せなかったときの予備といったところだろうよ」


 教会から派遣された勇者の仲間が、エレオナールを歓迎したところからして怪しすぎるじゃないか。

 勇美は「まさかっ」と叫ぶ。


「最終決戦前に逃がせとも通達されていたんだぞ。エレオナールが嫌がってついてきてしまったが……」

「だから、次代の勇者候補を死なせないためだろ。教会ははなっから、シレーヌが失敗したときのことを考えていたのさ」 

「エレオナールはまだ6歳だったんだぞ。大僧正様は幼い子どもを巻き込むことに心を痛めておられた」


 この娘はまだわからんのか。

 俺は「はぁ」とため息をついてしまった。


「16歳の娘を勇者と仕立て上げ、自己犠牲呪文を使わせるような連中だ。6歳児をどう利用しようが俺は驚かんね。そもそも、幼子を巻き込みたくないと思うならとっとと親元に帰せという話だ」

「し、しかしっ……」


 まだウダウダいっている勇美に、俺はあえて冷たく言ってやる。


「いい加減気づけよ。大僧正とやらはお前のことを『勇者』とおだてて、お前やエレオナールのことを利用しただけだと」

「ち、ちがうっ、私はっ……大僧正様はっ……」


 やれやれ。そこの部分の洗脳は未だとけないか。


「魔王を倒せば平和が訪れる? どこのおとぎ話だ。ありえないな」

「それは私ももう分っている。だが、私は当時本当にそう信じていた」

「そう信じ込むように洗脳されたんだろうが。ほかならぬ大僧正と教会に」

「大僧正様も私と同じ考えだったはずだ。平和のために魔王を倒そうとされたんだ!」


 本当に、この正義感あふれる勇者殿にはあきれるしかない。


「もし本当に大僧正がそれを信じ、平和を求めていたならばヤツ自身が魔王を倒せばいい」

「大僧正様はすでにご高齢だった。魔王城までの旅は難しかったんだ」

「ヤツが最初から老人だったと思っているのか? 俺が魔王に就任してから40年以上だぞ。40年前はヤツだって若かっただろうよ」

「そ、それは……」

「仮に自分が無理でも、部下の……なんだったか、キラーだかエリールだか、ガルダだかに自己犠牲呪文を教えればいいだろう?」

「あの呪文は勇者にしか使えないんだ!」


 今度こそ俺は本気で空いた口が塞がらなくなりそうになった。


「お前、そんな嘘を吹き込まれたのか?」

「なんだと?」

自己犠牲呪文バラス・エテンシヨンは誰にでも使える魔法だぞ?」

「そ、そんなばかな。大僧正様は勇者専用魔法だと仰っていた」

「呆れるな。初級魔導書を読めばわかるだろうに」

「私は文字が……」

「ああ、字が読めなかったんだったな」

「大僧正様が勇者に文字や計算は必要ない。それよりも戦う力を学べと」


 もはや話にならない。

 自己犠牲呪文バラス・エテンシヨンの件だけでなく、様々な洗脳ほどこすためには勇者が自ら学んでは困ると言うことだろう。


「本当に自己犠牲呪文バラス・エテンシヨンは誰でも使える魔法なのか?」

「全くの修行なしで使えるわけではないが、中級以上の魔法使いならば簡単に覚えられるさ。実際、お前も習得に苦労はしなかったんだろう?」

「そのとおりだが、私以外には使い手がいないと……」

「そりゃあ誰でも自分の命は惜しいからな。そうそう使うヤツも学ぶヤツもいないだろうさ」

「そんな……ばかなっ」

「あるいは、勇者シレーヌが失敗したときにはエレオナールを洗脳して使わせるつもりだったのかもな。ま、彼女は文字の読み書きくらいは出来たらしいから、お前ほど簡単に洗脳できなかったかもしれんが」


 勇美はガクリと床に膝を突いた。

 参ったな。今はそんなことで気落ちしていては困るんだが。

 どうやってひかりを無事取り戻すかが最優先だろうに。


 木島先生は俺を睨んだ。


「ずいぶんと他人事のように語るわね、魔王ベネス!」

「そう言われてもな。人族の指導者と勇者の話など、他人事としか言いようがない」

「そもそも、魔王が、魔族がいなければ、あんな戦争がなければエレオナールは平和に暮らしていたと分らないの?」


 その通りだな。

 俺の父親を暗殺した人族の王こそに責任があると言いたいが……いや、それをこの場で言うのは、それこそ言い訳か。

 だから、俺はこう言うしかなかった。


「否定はしない」

「言い訳すらしないの? 幼い娘が犠牲になったのに!」

「エレオナールのことは痛ましく思うぞ」

「だったら……」

「だが、あんたにそれを責められる筋合いはないな」


 俺の言葉に、木島先生が吠えた。


「なぜそんなことが言えるのよ!?」

「少なくとも、今この場で、何も知らない幼いひかりの首にナイフを押し当てているのはあんただからだ!」


 叫ぶと同時に、俺は次の行動に出た。

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