エピローグ

2つの世界の終わりという名の始まり

 あの日本への転生――いや入れ替わり事件から、すでに1年以上の時が流れた。

 俺はかつて大聖堂と呼ばれ、現在では統一王宮と呼ばれる建物の一室で、やってもやっても終わらない書類仕事に追われていた。


 こちらの世界では、魔王と勇者の最終決戦からすでに4年以上の時が流れている。

 そのうちの3年は影陽と勇美が魔王と勇者として、異なる種族間の和平を実現してくれた。

 だが、まだまだ平和にはほど遠い。

 元の肉体と世界に戻った俺と勇者シレーヌの仕事は、元魔王と元勇者として、人々を導く象徴となることだった。


 そして、半年前に俺は魔族のみならず、全ての種族の王――統一王となった。

 あの戦を先導し、異世界でのんびり小学生をやってこの世界から3年間も雲隠れしていた俺にそんな資格があるのかは甚だ疑問だ。

 実際なんども断りまくったのだが、周囲の――とくにエレオナールの『この場合断る方が無責任だと思います』という言葉に反論できず引き受けるしかなかった。


 現在は元勇者のシレーヌやエレオナールの力を借りつつ、日々起こる問題に王として対処する日々だ。

 何しろ数年前まで種族間で殲滅戦にも近い戦争を行っていたのだ。しかも、大僧正らの失脚により、人族は心の支えたる信仰すら失いかけている。

 これで問題が起きないわけがない。

 今日も西の都市を大規模な盗賊団が牛耳ったという頭の痛くなる報告を受けたばかりだ。


 と、扉がノックされた。


「魔王様、バリアです。お茶とお菓子をお持ちしました」


 扉の向こうにいるのは覇王将軍セカレスの息子バリアだ。

 現在は俺の小間使いのような立場である。


「おう、ありがとう。入っていいぞ」

「はい、ですが……」


 うん? どうかしたのか?

 俺は立ち上がり、扉を開けてみた。

 すると、バリアは両手いっぱいに大きなお盆をもって困った顔をしていた。

 なるほど、たしかにこれでは自分で扉を開けるのは無理そうだ。


「ありがとな」


 俺は苦笑しつつ彼を部屋の中へと招き入れた。

 バリアはお盆を机の上に置いて頭を下げた。


「ごめんなさい……」


 バリアは恐縮しまくっている。

 まあ、仕えるあるじに扉を開けさせたのではさもありなんだ。これで恐縮すらしないならば本気で問題児である。


「気にするな。お前にそんなたくさん運ばせた厨房の連中にも問題がある。それより、何度も言っているけど、今の俺は魔王じゃなくて統一王な」

「あっ、ごめんなさい……」


 バリアはさらに泣きそうな顔で恐縮してしまう。


「……僕、やっぱり役立たずですよね」

「そんなこと誰も言っていないだろう」

「でも、エレオナールちゃんに比べると……」


 エレオナールは天才だ。

 10歳にも満たない年齢で、魔法学のトップで、様々な種族からなる大臣団の意見をとりまとめる立場にいる。

 ぶっちゃけありえない。

 本気でどこかの世界の為政者か学者から転生しきたなのではないかと疑いたくなってしまほどだ。本人は否定しているし、案外子どもっぽいところもあるので、本当の天才なのだろうが。


「あんな天才児と比べれば、俺だってまだまだになってしまうよ」


 俺はそういって苦笑する。

 能力だけを見れば、統一王になるべきは俺ではなくエレオナールだ。

 しかし、魔族を抑えるために統一王には『元魔王』という看板が必要で、人族を抑えるためにはその隣に『元勇者』が必要だった。それは否定できない事実だ。


「じゃ、お菓子もらうかな。バリアも食べろよ」


 バリアの顔がぱぁっと明るくなった。


「いいんですか?」


 やっぱり子どもはお菓子が好きだよな。


「ああ」

「でも魔王様……じゃなかった統一王様のお菓子なのに」

「俺みたいな老人はこんなに砂糖菓子を食わんさ。誰かに文句言われたら毒味とでも言っておけ」

「はい。ありがとうございます」


 8歳の少年にとって砂糖菓子の魅力はあらがいたいらしく、パクパクと口に放り込んだ。

 小間使いとしてはどうかと思うが、カワイイからヨシとしよう。


 と、あらかた食い終わって、さてもう一度書類仕事ににもどるかと思ったところで、再び部屋がノックされた。


「統一王様、よろしいでしょうか?」


 エレオナールの声だった。


「ああ、鍵ならあいているぞ」


 エレオナールが部屋に入ってきた。


「はい。って、なんでバリアがまだいるのよ? ひょっとしてまたお菓子をもらったの?」

「……毒味だもん」

「そんないいわけ……まあ統一王様がいいならいいわ。そんなことより、統一王様、また右大臣が暴れています。なんとかしてください」

「またかよ……」


 右大臣とは元勇者のシレーヌのことだ。

 肩書き上は統一王に次ぐナンバー2である。


 俺はやれやれと思いながら、右大臣シレーヌの部屋へと向かった。

 エレオナールと、なぜかバリアもついてきた。


 シレーヌの部屋は紙が散らばりまくっていた。その中央でシレーヌが大の字になって横たわっている。

 頭を抱えながら、俺は言った。


「お前は何をしているんだ?」

「もういやだ。こんな仕事やめてやる!!」

「そうはいかんだろう……」

「私は書類仕事をしていると全身がかゆくなるんだっ!!」


 それはまた奇っ怪な生理現象だな。

 ちなみに書類仕事とはいうが、彼女にやらせているのは実質お勉強である。

 この世界の文字すら読めないでは大臣として話にならない。

 さすがに1年勉強したことにより最低限の文字の読み書きはできるようになったみたいだが、まだまだ大臣としては問題外の学力である。


「なあ、またお前が家庭教師してくれよぉ」


 ほとんど半泣き状態で訴えてきたシレーヌだが、むろん俺は取り合わない。


「小学生と違って統一王は忙しいんだ。そんな暇があるかっ!」

「じゃあ、エレオナールが……」

「私はもっと忙しいですから」


 本気で誰か教師役をつけるべきだろうか。あまり人員がいないんだがなぁ。


「あー、もう、わかった! ならお前向きの仕事をやる」

「?」

「西の都市が大規模な盗賊被害に遭っているらしい。退治してこい」


 シレーヌはぱぁっと明るい表情を浮かべた。


「本当か? 本当に書類仕事をしないでいいのか?」

「ああ、兵士も何人か連れて行け」

「わかった! ふふふ、待ってろ盗賊共。いま勇者シレーヌが行くぞ!!」


 そう言い残して、シレーヌはとっとと部屋から駆け出した。

 バリアとエレオナールがその後ろ姿を見ながらあきれ顔で言った。


「街が盗賊に襲われているって聞いて喜ぶのはどうなんでしょう?」

「私も同感だけど、あのままだとストレスで胃に穴が空きそうだしいいんじゃない?」


 そんなお子様2人のほのぼの会話を聞いていてふと思う。

 日本の双子やひかりはどうしているだろうかと。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★


 元号が昭和から平成に変わった年の3月。

 僕――神谷影陽と神谷勇美は、小学校最後の登校日。つまり卒業式を迎えた。


 家に帰るとひかりが飛びついてきた。


「影陽お兄ちゃん、勇美お姉ちゃん。卒業おめでとう!」


 僕と勇美はひかりの祝福に答えた。


「ありがとうひかり」

「来月からは1人で小学校に通うのよ、大丈夫?」

「もっちろーん。私ももう2年生だもん。子どもじゃないもん」


 小学2年生は子どもだと思うんだけどなぁ。

 ちょっぴり心配だけど……それよりも、今は自分が来月から中学生になることの方がちょっぴり不安だ。

 勉強はついていけるだろうか。


 僕と勇美は、実質、5年生の後半半年間授業を受けなかったわけだけど、そこは木島先生が個別に教えてくれた。あの先生優しそうに見えていがいとスパルタだったなぁ。


 魔王さんと勇者さんがあっちの世界に帰ったとき、木島先生はこっちの世界に残る決断をした。

エレオナールちゃんの母親の記憶ももっていたとしても、自分はやっぱり木島晴だからと言って。

 僕にはよく分からないけど、魔王さんは『先生がそう望むならそれが一番良いと思う』って言っていた。

 エレオナールちゃんがかわいそうにも思ったけど、あの子はすごくしっかりしているから大丈夫かな?


 色々考えていた僕に、勇美が言った。


「どうしたの? なんかボーッとしちゃってるけど? そんなんで中学生やっていけるの?」

「エレオナールちゃんやバリアくん、それに魔王さんや勇者さん、いまごろなにをしているんだろうなぁって思って」

「さーね。今更分かんないわよ。今の私たちはただの小学生。来月からはただの中学生。もう勇者でも魔王でもないんだから」

「そりゃそうだけどさ」


 勇者と魔王として冒険した日々は僕らの宝物だ。

 でも、もうあの世界には戻れない。

 僕らはこれから日本で中学生になって、高校生になって、大人になって、働いて、結婚して、子どもをつくっていく。そういう人生を選んだ。


「それより、私は別のことが心配よ」

「中学校のこと?」

「じゃなくて、お父さんの仕事」

「えー、今スゴく順調みたいじゃん」

「順調すぎるのよね。どっかの経済学者が『この好景気はいつかはじける』って言っていたわ」

「景気とか、僕よくわかんない」

「影陽はあいかわらずお子様ねぇ」


 勇美はそう言ったけど、向こうの世界のことと同じくらい、小学生や中学生にはどーしょーもない話だと思うんだよなぁ。

 景気だの経済だのなんて、エレオナールちゃんみたいな天才児でもどうにもできないと思うよ


 ★☆★☆★☆★☆★☆★


 シレーヌが部下を引き連れて盗賊団退治へと旅立とうとしていた。


「それでは行ってくるぞ、統一王ベネス殿」

「ああ、武運を祈る、右大臣シレーヌ」


 ふむ。やはりシレーヌは書類仕事などよりも勇者の剣を持って冒険する方が似合っているな。

 やはり右大臣などという職務よりも軍のトップにすえるべきだろうか。

 そんなことを考えながらも、元勇者シレーヌを俺は見送った。

 盗賊退治については全く心配していない。

 シレーヌの実力ならば十分だろう。


 俺は自室に戻って、再び書類の山と格闘を始めた。

 が、書き終えてサインした紙に、ペン先からインクがぼとりと落ちてしまった。

 書き直すしかないか。


「あーもう、めんどくさい!! 日本からボールペンと鉛筆と消しゴムをもってくるんだった」


 後悔しても遅い。

 さすがのエレオナールやドワーフの鍛治たちも、実物も見ないで日本の筆記用具を再現するのは難しいらしい。せめて実物があれば……と言っていた。


……とはいえ、ボチボチがんばるか。

 俺はあと数年で70歳になる。

 70歳になったら引退するつもりだ。

 日本の政治家のように『老害』なんて呼ばれるのは嫌だからな。

 シレーヌに後を継いでもらおうと思ったが、この分だと難しいか。

 かといってエレオナールに王位を継承するのもなぁ。

 さすがにこれ以上彼女に負担はかけたくないのだが、さてどうするかな。


 いずれにしても、影陽や勇美が必死につくってくれた平和だ。

 シレーヌやエレオナール、バリアがこれから生きていくこの世界を少しでもあの日本のような平和で楽しい世界に近づけたい。

 俺も少しでもその礎となろう。


 それがかつて戦を止められなかった魔王にできる、せめてものことだろう。

 創造神ゼカルの戯れとはいえ、魔王と勇者が日本で小学生をやった半年間を、この世界の未来に役立てたい。

 それが今の俺の目標だ。


『まゆてん ~魔王と勇者、双子の小学生に転生す~』《完》


==================

【作者より】

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

魔王ベネスと勇者シレーヌも、神谷影陽と神谷勇美もまだまだ人生続いていきますが、お話としてはこれで完結とさせていただきます。


現在、カクヨムでは感想欄を閉じていますが、近状ノートにあとがきを書きましたので、個別に感想があればそちらのコメント欄にお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/nanakusa-yuuya/news/16817139558902501651


もし良かったら『♥』や『★』あるいはレビューなどいただけましたらとても嬉しいです!ではまた次の作品で出会えることを祈って。

(2022/09/13 七草裕也)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

まゆてん ~魔王と勇者、双子の小学生に転生す~ ななくさ ゆう @nanakusa-yuuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ