第4話 勇者と魔王、魔法を試す

 窓の外の空が夕暮色に変わる。

 違う世界でも、やはり太陽が沈む寸前は夕焼けになるのだな。

 母親とひかりが病室に戻ってきた。

 父親が母親に言う。


「そろそろ面会時間もおわりだな」


 母親もうなずいた。


「ええ。2人も落ち着いたみたいだし、ひかりも疲れちゃうからそろそろ帰りましょう」

「そうだな。パパたちは帰るが、2人とも今日はゆっくり休みなさい。勇美、もう点滴を抜いたりするなよ」


 そう言って、2人はひかりを連れて病室から去った。

 それを確認すると、勇美こと勇者殿が縛られた手足を思いっきり動かした。

 彼女を拘束した布はあっさり外れてしまった。元々鳴瀬医師も本気で拘束したわけでも無かったのだろう。

 拘束から逃れた彼女は、バッとベッドの上に立ち上がった。

 俺は呆れて言う。


「おいおい、ゆっくり休めと言われたばかりだろう」

「黙れ、魔王!」


 叫び、彼女はまた点滴の針を抜いてしまう。

 俺は彼女に尋ねた。


「なんのつもりだ?」

「今度こそ貴様を倒す!」


 叫ぶ勇者に、俺はつとめて冷静な声で言った。


「休戦じゃなかったのか?」

「あれは両親と妹が立ち去るまでのこと! 魔王、私はお前を許さない」


 なるほど。

 俺はなんとか勇者殿を落ち着かせようと説得を試みた。


「いまさらやめようぜ。ここは日本で俺たちは双子の兄妹なんだからさぁ」


 だが、勇者殿の暴走は止まらない。


「戯れ言はそこまでだ!! 貴様を倒して元の世界へ戻る!!」


 いや、俺を倒しても元の世界には戻れないと思うんだが。

 頭を抱えたくなりながら、俺はさらに言葉を紡ごうとした。


「あのなぁ……」


 が、勇者は叫び狂う。


「勇者の剣が無いからといってなめるな!」


 叫ぶと同時に彼女は、両手を開いて俺の方へと突きつける。

 そして、ブツブツと何かを唱え出す。


……ってまさか!?

 俺は叫ぶ。


「おい、やめろっ!」


 間違いない。

 彼女が唱えているのは巨大爆破呪文イベラ・ボムガルバだ。

 自己犠牲呪文バラス・エテンシヨンを別とすれば最強の爆破系魔法。


 冗談ではない。

 こんなところでそんな呪文を使ったら、この部屋どころか病院そのものがふっとびかねないっ!

 俺は彼女を止めるために、あわててベッドから立ち上がる。


 だが、慣れない肉体のせいか手足が上手く動かせない。

 点滴の針も邪魔だ。

 俺が勇者の元へ動く前に、彼女の呪文が完成してしまった。


「魔王よ! 全てに懺悔して消え去れっ!」


 こうなったら魔法無効化アンチスペルのスキルを使うしかないか。

 いや、ダメだ。

 あのスキルはさすがの魔王たる俺も、マジックアイテムの補助無しでは使えない。

 勇者の剣と同じく、俺が身につけていたアイテムも転生なんてしていない!


 くそっ!

 もはや、俺にはとめられない。

 勇者がついに魔法を放つ。


巨大爆破呪文イベラ・ボムガルバ


 高らかな勇者の叫び声と共に巨大な爆発が……


……起きなかった。

 彼女は絶句して自分の両手を見つめる。


「なぜだ……なぜ魔法が使えん!?」


 俺はふぅっと息を吐いてベッドに座った。


「やれやれ、肝が冷えたぞ」

「貴様! いつの間に魔法無効化アンチスペルを使った?」

「そんなものは使ってないさ」

「ならばどうやって私の魔法を封じた!?」

「封じていない」

「なんだと!? ならばなぜ……」


 さてな。俺にも推測しかできんが……

 混乱している勇者殿に、俺は説明する。


「単純な話だ。勇者シレーヌは巨大爆破呪文イベラ・ボムガルバを使えても、神谷勇美には使えないというだけのことだろう」

「なんだと!?」

「元々、持っている魔力の大小は生まれながらに違う。今の自分の姿を見てみろ」


 俺は病室の端にある鏡を指さす。

 彼女は鏡を覗きこみ、愕然とした様子になった。


「こ、これが私……なの……か?」

「そういうことだ」


 どうせなので、俺も同じ鏡を覗きこんでみる。

 鏡の中には、神谷影陽と神谷勇美という幼い双子の男女が映っていた。


「そんな……勇者の剣も無い、魔法も使えない……ならば、私はどうすればいいのだ……」


 彼女はどうやら絶望してしまったらしい。

 ヨロヨロと自分のベッドに倒れ込んだ。

 そのまま、まくらに顔を沈めて嗚咽しだした。


 まだ全ての魔法が使えないとは限らないのだが……今はそう思ってもらった方が好都合か。


 それにしても、魔王を前にしてすきだらけだな。

 もし俺にその気があれば、今の彼女を殺すも捕らえるも簡単だろう。

 ま、そんなつもりはないが。


 しばしして。

 勇者殿の嗚咽の代わりに、小さな寝息が聞こえてきた。


「寝たか」


 大きな事故の後大暴れしたのだ。

 神谷勇美の肉体は限界だったのだろう。

 かくいう神谷影陽おれの肉体も、かなりの疲れを感じていた。


 俺も眠たいが……その前に確かめておくか。

 俺は短い呪文を唱えてから「光魔法ライティング」と右手を掲げた。

 右手の上に小さなひかりが灯り、そしてすぐに消えた。


「初級魔法ならなんとか発動するようだな」


 このぶんなら火呪文フレムあたりも発動するかもしれない。

 もっとも、初歩の初歩の魔法を使っただけで魔力は空っぽになってしまったようだが。

 これが神谷影陽の魔力の限界だろう。


 あるいは神谷勇美にも同じ程度の魔力はあるかもしれない。

 おそらく、彼女も巨大爆破呪文イベラ・ボムガルバは無理でも初級魔法は使えるだろう。

 まあ、勇者殿にはしばらく魔法が一切使えなくなったと勘違いしてもらっておくか。

 なにしろ下手に火呪文フレムを使われて火事でも起こされても困るしな。


 魔法を使ったせいか、いよいよ神谷影陽の肉体が睡眠を求めてきた。

 色々と調べたいことはあるが……今は、父親が言っていたとおり、とにかく休むとしよう。

 ほどなくして、俺も勇者殿と同じく眠りに落ちたのだった。

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