第3話 勇者、嘆く

 暴れて叫ぶ勇美ことシレーヌ。


「な、なにをする!? やめろ!」


 鳴瀬医師は布の紐で勇美の手足をベッドの柵に拘束した。

 まあ仕方あるまい。

 怪我人が混乱して治療を拒否して暴れているのだから。

『点滴』とやらの針も再び勇美の右腕に刺さしていた。

 勇美はまだ暴れながら『私は勇者だ』などと騒いでいるが、大人たちは相手にしていない様子だ。


 鳴瀬医師は「他の患者も診ねばなりませんので」といったん部屋から出ていった。

 母親もひかりを連れて部屋から出ていく。

 父親は残ったが、暴れる勇美に困惑ぎみの様子だ。


 しかたない。俺がなんとかするか。

 俺は勇美に……いや、勇者シレーヌに話しかける。

 この世界の言葉ではなく、あちらの世界の言葉で。


「落ち着け、シレーヌ」


 俺の言葉に、彼女はキッと睨み返して叫ぶ。


「きさまぁ! 私を元の世界に戻せ!」


 いや、そう言われてもな。

 戻る方法など俺は知らんし、そもそもそんな方法は無いだろう。


「落ち着けと言っている。親たちが驚いているだろう」

「私に親などいない!」

「そうなのか?」

「私の両親は私が赤ん坊のときに魔族きさまらに殺された」


 なるほど。

 魔族や魔王への憎しみは両親を殺されたことも関係しているのか。


「そうか。それはすまなかったな」

「すまなかっただと!? そんな言葉で私が貴様を許すと思うのか!?」

「許さないだろうな。俺も、俺の両親を騙し打ち同然に殺した人族の先代国王を許せないのだから」


 俺の両親――先代の魔王とその妻は和平交渉のために、たったに2人で人族の王城へと向かった。彼らは和平の条件として魔王の妻を人質として差し出せと言ってきたのだ。

 俺の父は悩み抜き、それでも戦争を回避するためその条件を受け入れたのだ。

 だが、それは罠だった。

 卑怯にも人族たちは俺の母にやいばを突きつけ、抵抗できない父を討ち取り、その直後に母の命も奪った、

 そして戦乱回避の道は閉ざされ、新たな魔王として即位した俺は人族との戦いを指揮したのだ。


「世迷い言を! 命をかけて魔王を討ち取った先代国王陛下を侮辱するか!」


 勇者殿の正義は筋金入りだな。

 ならば、別の方向で説得するか。


「いずれにしても、俺たちはこの世界に双子として転生した。仲良くするしかあるまい」

「ふざけるな!」

「ならばここで再び殺し合うか?」

「いいだろう! その挑戦受けて立つ!」


 やれやれ。

 呆れるしかないな。

 いまさらそんな戦いに何の意味があるというのか。

 おれはため息をつきつつ勇者殿に告げた。


「だが、そうなればこの世界の両親や妹を悲しませるだろうな」

「なに?」

「お前だってさっしていよう。そこにいる男は神谷影陽と勇美の父親だ。先ほどの女性は母親、幼女は妹だろうな。今、俺たちが殺し合えば、何も知らぬこの世界の両親や妹を泣かせることになるだろう。それが勇者殿の望みか?」

「むっ」


 俺の言葉に、彼女も押し黙る。


「どうする?」


 尋ねる俺に、彼女は言った。


「何も知らぬ幼子や親を泣かせることはできん」


 ふむ。

 勇者殿は優しいな。


「しかたがない。今は……今だけは休戦に応じよう」

「それはありがたいことだ」

「だが覚えておけ! 私は決して魔王きさまを許さない。いつか必ず、貴様を殺す!」


 彼女は涙を流して縛られたままの左手を壁にたたきつける。


「くそ、くそ、くそ! 目の前に魔王がいるのに何もできないとはっ!」


 驚いた父親が娘の左腕を抑えつける。


「勇美! 一体お前はどうしてしまったんだ。影陽も、さっきから聞いたこともない言葉を話して!」


 ふむ。父親に心配をかけてしまったのは俺も同じか。

 俺はこの世界の言葉――『日本語』で父親に謝った。


「ごめんなさい、お父さん。勇美も落ち着こう」


 シレーヌ――勇美は「ちっ」と舌打ちしてから、それでもこの世界の言葉で父親に謝罪した。


「申し訳ありません、父上。もう暴れません」


 ふむ、やはり勇者殿は優しい娘である。

 父親は笑う。


「はははっ、影陽が『お父さん』なら勇美は『父上』か。2人とも、事故にあったせいか随分口調が変わったな」


 ふむ、この世界のことを調べたいが、それ以上に『神谷影陽』と『神谷勇美』について知る必要がありそうだな。

 俺は頭の中にそうメモして、天井を見上げる。

 そこには、炎とも光魔法ライティングとも異なる真っ白な光源が輝いていた。

 それが『蛍光灯』と呼ばれる物だと俺が知るのは、それほど先の話ではなかった。

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