第2話 魔王と勇者、家族と出会う
鳴瀬医師の後ろにいる女性が涙ながらに声をかけてきた。
「影陽、勇美、本当に良かった。本当に……」
俺たちを慈しみながら涙する女性。紺色の服を着た男性が彼女を支えながら言う。
「まったくだ。2人で車の前に飛び出して……。どれだけ心配したことか」
「ひかるも心配したよー!」
なるほど。
紺色の服を着た男性は影陽と勇美の父親、ふくよかな女性は母親だろう。『ひかる』という幼女はおそらく妹か。
影陽と勇美は学び舎からの帰り道、何らかの事故にあって死にかけた……あるいは死亡したのだろう。そこにゼカルがベネスとシレーヌの魂を転生させたのだ。
さて、ならばなんと言うべきかな。
両親と妹を心配させたならば、やはり言うべきことはひとつか。
「お父さん、お母さん、ひかる。心配かけてごめんなさい」
自然と、この世界の言葉でしゃべることができた。
この点だけはゼカルに感謝しておくか。
だが、両親と妹はちょっと驚いた顔を浮かべる。
何かおかしかったか?
俺が首をひねっていると、母親が笑った。
「まあ、『パパ』と『ママ』じゃなくて、『お父さん』と『お母さん』だなんて、どうしちゃったの?」
ふむ。
どうやら普段の呼び方と違ったらしい。
『お母さん』も『ママ』もこの世界で『母親』を意味する言葉だとは分るのだが、普段影陽がどう両親を呼んでいたかまでは分らん。
父親が母親に言う。
「まあまあ、影陽ももう5年生だ。『パパママ呼び』は卒業したいんだろう」
「あらあら。急に大人ぶっちゃって」
両親はそう言いながら笑い合った。
一方、鳴瀬医師は勇美の針が抜けていることに気がついた様子だ。
「勇美ちゃん、点滴が抜けてしまっているね。もう一度刺すよ」
そう言って針を手に取り、濡れた布で拭いてから勇美の腕に再び刺そうとする。
勇美は叫ぶ。
「な、何をする!?」
「ごめんね。まだ点滴は取れないんだ。緊急手術が必要なくらい、酷い怪我だったからね」
「て、てんてき? なんだ、それは?」
どうやらこの薬液を注入するための道具は『点滴』というらしい。
転生時に言葉を頭に刻み込まれたといっても、そもそも俺が知らない物、向こうの世界に存在しなかった物の名前までは理解できないようだ。
先ほどの『小学校』とか『自動車』とかいう言葉も分からない。
『小学校』は『学校』というからには子供たちの学び舎だろうか。
『自動車』は……『ひかれる事故』というからには『馬車』に近いものか?
などと俺がひとつずつ分析する一方で、勇美――あるいは勇者シレーヌは医師の腕の中で暴れる。
「や、やめろ! 怪我など回復魔法で治せる!」
「魔法ねぇ……記憶が混乱しているのだろうけど、やっぱりファミコンは子供たちによくない影響を与えるのかなぁ」
「う、うるさい! わけの分らないことばかり言いおって!」
暴れる勇美に、父親が叫ぶ。
「勇美、いい加減になさい! 先生にご迷惑だろう」
「私は勇者シレーヌだ!」
叫ぶ彼女に、鳴瀬医師も両親もひかりも困惑顔になる。
彼女は完全に混乱状態だ。
さて、どうしたものか。
俺はシレーヌに平和な世界で戦いから離れた穏やかな生活を送ってほしいと願っている。そのためにできることがあるならば、少しでも手伝いたい。
あの世界の人族に洗脳されて勇者とおだてられ、血みどろの人生を送った哀れな少女を救いたいと。
もちろん、勇者シレーヌとその仲間たちが俺の部下や臣民を殺したことも事実だ。
それでも、彼女は善良な少女だ。
ただ、視野が狭だけ。いや、狭くなるように育てられてしまっただけだ。
この世界が真に平和だというならば、彼女はいたって平凡な少女として育つことだろう。
ならば、シレーヌが……いや、神谷勇美がこの世界で穏やかに育つよう促したい。
何しろ、
それが、戦を止められなかった俺にできる、せめてもの償いだろう。
俺がそう考える一方、鳴瀬医師はため息をついた。
「しかたがないな。こんなことはしたくないけど」
鳴瀬医師はどこからか布の紐を取り出し、勇美の手にくくりつけるのだった。
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