第1部 魔王と勇者、日本の小学生に転生する

第1話 魔王と勇者、日本で目覚める

 幼女が駆け出していったあと、残されたのは俺と勇者。

 あるいは、神谷影陽と神谷勇美という双子の少年と少女。


 俺はある程度現実を受け入れていた。

 この世界についての知識は言葉以外何も無い。

 だが、状況は分る。

 クソみたいな創造神によって、魔王たる俺と、勇者シレーヌはこの世界に転生させられたのだ。


 たしか『地球』という世界の『日本』という国だったか。

 白い壁に囲まれた部屋に、ベッドが2つ。

 他にも多くの見慣れない道具がある。


 そもそも、俺の腕に刺さっている針はなんだ?

 管がついていて、黄色い液体の入った透明な袋がある。

 もしや、俺の体にこの液体を注入しているのか?

 なんのために?

 こんな針、とっとと抜いてしまいたいが……いや、もしやこれは……


 などと考えている俺をよそに、シレーヌは騒ぎ出す。


「一体何なのだ、これは!? 魔王の幻術か? 私はどうなってしまったのだ!? 腕に刺さったこの針は何だ?」


 彼女の腕にも俺と同じように針が刺さっていたのだが、彼女は無理やり抜いてしまった。

 おそらく薬剤を注入するための道具だと推察するが、まあいいだろう。

 それよりも今は……


 俺は彼女に淡々と元の世界の言葉で告げる。


「少しは落ち着いたらどうだ? 勇者シレーヌ」

「なっ!? 貴様は何者だ?」

「分らんか? 魔王ベネスだよ。もっともこの世界では神谷影陽という名前のようだが」

「何を? 一体、何を言っている?」

「創造神ゼカルが言っていただろう? 俺たちを平和な異世界――『地球』の『日本』に転生させると。そういうことだよ」

「わけが分らん!」


 やれやれ。

 勇者殿は理解力が不足しておられるようだ。

 いや、この状況で落ち着いている俺の方がおかしいのか?


「いずれにせよ、しばらくは様子を見るしかあるまい」

「ふざけるな! 姿形が変わっても惑わされんぞ! 貴様が魔王だというならば、今すぐ殺すまでだ」


 勇者は叫び、何かを探すそぶりを見せる。


「貴様、勇者の剣をどこへやった?」

「剣まで異世界転生はしないだろうよ」

「何が異世界転生だ!! ふざけているのか!?」

「ふざけているのはゼカルだろう」

「創造神様を呼び捨てとはっ! 魔王とはなんと無礼なのだ」

「おまえなぁ……」


 うんざりしてきた。

 彼女が混乱するのは十分理解できるのだが、一体どう説明すればいいのだろうか。

 ゼカルにもう少し説明責任を果たせ言いたくなる。

 俺が頭を抱えたくなっていたとき。

 部屋の扉が開き、3人の大人と、先ほどの幼女がやってきた。

 大人のうち、1人は白衣姿の壮年の男性、もう1人は紺色の服を着たこちらも壮年の男性。最後の1人は少しふくよかなこれまた壮年の女性だ。

 白衣の男性が、俺と勇者に勇美に話しかけてくる。


「どうやら気がついたようだね、影陽くん、勇美ちゃん。体に痛いところはないかい?」


 優しく問いかけた男性に、勇者シレーヌが叫んだ。


「一体ここはどこだ? 貴様らは何者だ?」


 今にも暴れ出さんばかりの勢いだ。


「落ち着いて、勇美ちゃん。ここは病院だよ。私は医師の鳴瀬なるせだ。君たち双子は小学校からの帰り道、自動車にひかれる事故にあった。頭を強く打って一時は危険な状況だった」

「意味が分らん。私は魔王と戦っていたはずだ」


 その言葉に鳴瀬が眉をひそめる。


「なんだいそれは? ゲームの話かな?」


 ふむ。

 この鳴瀬という医者、面白いことを言う。

 たしかにあの戦いは創造神ゼカルからすれば壮大なゲームだったのだろう。

 偶然だろうが、ある意味本質をついている。

 それがおかしくて、俺は少しだけ笑ってしまうのだった。

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