第5話 魔王と勇者、小学校に到着する

 俺が昨日読んだ日記を思い出していると、そらがこわごわとした声でたずねてきた。


「やっぱり、許してもらえない……よね?」


 どう対応すべきか迷う俺に、勇美がいう。


「どうしたのだ、魔王?」

「いや……」

「なんだかわからないが、相手がこうも正々堂々と謝罪しているのだ。ポケーッとしているべきではないと思うのだが」


 勇美には影陽の日記を見せていない。概要も説明しなかった。彼女も聞きたがらなかったしな。

 俺は勇美に「わかっている」とうなずいてから、再びそらに目を向けた。


 彼は全身を震わせていた。

 俺……いや、影陽が許してくれないのではと恐れている様子だ。

 きっと、こうやって謝るだけでもとてつもない勇気が必要なのかもしれない。


 俺は大きく息を吸って、それから吐く。

 よし、気分は落ち着いた。

 本物の影陽ならともかく、俺が日記を読んだだけでそらに怒りをぶつけるのは筋違いだろう。

 そもそも本当に悪いのは彼ではない。


 それに、これから小学校生活を送る上で、『友達』は貴重だ。

 俺も勇美も、まだまだこの世界の『小学校』について知らないことが多すぎる。

 だから、俺は無理やりにでも笑顔をうかべた。


「いいよ、そらくんのせいじゃない」

「……ゆるして、くれるの?」

「ああ」


 本当の影陽は許さないかもしれない。

 だが、俺は知っている。

 過去の恨みを互いに募らせていけばどうなるか。

 その結果があの世界での戦乱だし、一方的な正義感にとりつかれた勇者殿だ。


 勇美が俺に言う。


「一体何があったんだ?」

「さてな。あとで説明するよ」

「そうか」


 納得したかどうかは知らないが、彼女はうなうずくとそらに言った。


「そらくん、頼みがあるのだが」

「なに?」

「学校まで案内してはもらえないだろうか?」


 そらは目をまんまるに見開いた。


「え? なんで?」


 そりゃそうなるわな。

 勇美は不思議そうな顔をする。


「うん? 何か問題があるのか?」


 問題大ありだ!

 通っていた小学校に案内しろなど、そらじゃなくても意味不明すぎる!

 さすがにそらもいぶかしそうな表情を浮かべた。


「勇美ちゃん、どうしちゃったの?」


 さて、どうごまかしたものか。

……と、考えるまでもなく、そらが勝手に推察してきた。


「ひょっとして……勇美ちゃん、事故で記憶喪失になった……とか?」


 そういうわけではないのだが……いや、ある意味間違ってはいないか。

 むしろこの勘違いはつかえるかもしれない。

 俺はわざと深刻な表情を作って、そらに言った。


「実はそうなんだ」

「ええ! 本当に!?」

「勇美だけじゃない。俺も少し記憶が曖昧なんだ。だから、小学校について色々と案内してもらえると助かる。あまり心配かけたくないから、皆には内緒にしておいて欲しいのだが」

「そ、そうなんだ。わかった」


 どうやら信じてくれたみたいだ。

 これで小学校生活について分らないことをそらにたずねても不自然さが減っただろう。

 勇美がそらに聞こえないように俺の耳元で言う。


「おい、どうして私が記憶喪失なんて話になるんだ?」

「そうしておけば学校生活について聞き出しやすいだろう? 実際事故の前の神谷影陽や勇美の記憶は俺たちにはないんだから」

「ふむ……さすがは魔王。卑怯な策略だ」


 そりゃどうも。

 そらが心配そうに俺たちにたずねる。


「学校の場所も忘れちゃったの?」

「ああ、だいたいの方向は覚えているけどな」

「ふーん、本当に記憶喪失なんだ……じゃあ、小学校まで案内するね。」


 そらは俺たちを先導するように歩き出した。

 俺は「ああ」とうなずいてそらのあとを追う。勇美も素直に従った。

 程なくして、小学校の校門についた。


 勇美が呆然と言う。


「ここが小学校か。ずいぶんと大きな建物だ。まるで城だな」


 確かに小学校の建物は魔王城ほどではないにしろでかい。

 そらはそんな勇美の反応に笑う。


「お城って……勇美ちゃん、面白いね」

「そうか?」

「うん。それにさっきから男の子みたいなしゃべり方だよ」


 その言葉は勇美にも不本意だったようだ。


「むむ、私は元々女だぞ」


 まあ、勇者シレーヌも女だからな。


「あ、ごめん。ちょっと思っただけだから」

「いや、かまわん。昔から女らしさが足りないとはよく言われる」

「え、そうなの? 事故の前はそんなことなかったと思うけど……」


 勇美とそらの、微妙にかみ合っているようでかみ合っていない会話。

 俺は曖昧に苦笑するしかできなかった。

 それから、俺たち3人が校舎の入り口へ向かおうとしたときだった。


 俺たちの前に巨漢の少年がニヤニヤ顔で立ち塞がった。


「よう、影陽。久しぶりだな」


 そらがこわごわとした声で言った。


「佐々倉……くん、お、おはよう」


 巨漢の少年の名札には『5年1組 佐々倉豪気』と書かれていた。

 そうか、こいつが日記に書かれていたイジメっ子のボス。ササゴか。

 俺はササゴをジッとにらみ返す。

 ササゴは右手で俺の肩を乱暴に押した。


「挨拶はどうしたんだよ、

 

 こうして、魔王と勇者おれたちの小学校生活がスタートしたのだった。

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