第10話 魔王と勇者、影陽と勇美
なんだ?
これは一体何だというのだ!?
俺の目の前にいるのは、どう見ても魔王ベネスと勇者シレーヌだった。
だがそんなわけがない。
魔王ベネスと勇者シレーヌは死んだ。
死んで、この世界に神谷影陽と神谷勇美として転生した。
そのことは、俺たちが誰よりもよく知っている。
わけがわからん。なにがどうなっているんだ。
突然現れた勇者と魔王に、3体のケルベロスも驚いたらしい。
襲いかかってくることなく、2人を警戒するように睨む。
魔王ベネスが、ケルベロスを警戒したまま倒れて動けない俺と勇美に少しだけ近づいてきた。
「ごめんなさい。すぐに回復魔法を使いたいけど、アイツらを倒すのが先だから」
その声は間違いなく魔王ベネスのものだ。しかし、口調はまるで幼い少年のようだった。 すると、いつの間にやら意識を取り戻していたらしい勇美が、かすれるような声で言った。
「お前たち、何者だ?」
「説明したいけど……まずはケルベロスを倒さないと」
魔王ベネスはそう言って、ケルベロスを睨んだ。
勇者シレーヌが警告の声を上げた。
「くるわ」
「うん、わかってる。あいつらをこの世界で好きにさせるわけにはいかないよね」
「あたりまえよ」
そして、魔王&勇者コンビVSケルベロス×3の戦いが始まった。
戦いはあっという間に終わった。
魔王ベネスと勇者シレーヌの力は圧倒的だった。
戦闘開始1分で、魔王の剣が1匹目のケルベロスの首を全て切り落とした。
開始2分後には勇者がもう1体のケルベロスの胴体を切り刻み、さらに30秒後には残った1体を2人の魔法で焼き払った。
それで、戦いは終わりだった。
勇者シレーヌはほっとした顔で言った。
「ふぅ、こんなものかな」
魔王ベネスもうなずく。
「だね。それにしてもモンスターがこっちの世界に現れるなんて……」
「ここ、本当に日本なんだよね? 私たち、戻って来れたんだよね?」
『戻って来れた』だと?
まさか、彼らは……だが、そんなことがありえるのか?
魔王ベネスが勇者シレーヌに答えた。
「うん、間違いないよ。ここは瀬田谷区の外れの廃工場……だと思う」
やはりそうなのか?
あの時。
半年前に異世界転生したのは俺たちだけでなく……
勇者シレーヌはちょっと呆れたように魔王ベネスに言った。
「よくそこまで分るわね」
この2人の正体は……
「東京に引っ越してきたころ、そらくんたちと一緒に探検したから。秘密基地つくろうとか言ってさ」
もう間違いない。
「それって不法侵入っていうんじゃないの?」
この2人は……
「そんなことより、本物の魔王さんと勇者さんを助けないと」
この2人こそが。
「そうね」
魔王ベネスが俺に、勇者シレーヌが勇美に手をかざした。
2人は同時に魔法を使った。
「『
俺と勇美の傷があっという間に癒えていく。
俺はゆっくりと立ち上がった。
そして、魔王ベネスの姿をした者に右手を差し出していった。
「こんにちは。初めまして……でいいのかな? 神谷影陽くん。それに神谷勇美ちゃん」
俺の右手を、彼はにっこり笑って俺の右手を握り返した。
「はい、初めまして。本物の魔王ベネスさん。それに、勇者シレーヌさん」
一方、勇美が混乱した顔で言った。
「どういう……どういうことだ? 一体これは何なのだ? なぜ、私が、魔王がここにいるんだ!?」
まだ理解していないらしい。
俺は彼女に説明してやった。
「彼らこそが、本物の神谷影陽と神谷勇美なんだよ」
「なっ!? 意味が分からん……いや、まさか、そんなことが……あの時転生したのは私たちだけじゃなかったのか!?」
ようやく理解したらしい。
そう。
半年前に転生したのは、魔王ベネスと勇者シレーヌの魂だけではなかった。
勇者シレーヌが……シレーヌの姿をした神谷勇美がうなずく。
「ええ。私たち……神谷勇美と神谷影陽も転生したの。他ならぬ、魔王ベネスと勇者シレーヌとして」
なんてこった。
俺たちは、文字通り双子と入れ替わっていたのか。
魔王ベネスの姿をした神谷影陽が苦笑しながら言った。
「最初はビックリしたけどね。まさか自分がドラクエみたいな世界に転生して魔王になるなんてさ。しかも勇美は勇者だし」
「ま、最初は楽しかったけどね。勇者と魔王が協力して世界に平和をもたらす冒険っていうのもさ。でもそのうち、影陽がホームシックになっちゃって。毎晩のように魔王の姿で日本に帰りたいって泣くのよ。ぶっちゃけキモイって」
60歳を超えた魔王の姿で毎晩泣かれるのはたしかにちょっとキモイかもしれないな。
「何言ってるんだよ。勇美だって日本に帰りたいって言ってたじゃん」
「私は泣いてはいないもん」
「うそつけっ、隠れて泣いていたの知ってるんだからな」
「でも、影陽みたいに人前では泣いていないわ」
うーん。
なんというか、60歳の魔王と16歳の勇者の姿で、子どもの喧嘩はやめてほしいもんだ。
なんか、すごく気持ち悪いというか、恥ずかしいというか……
「だからさ。僕達はさがしたんだ。もう1度、日本に戻る方法を」
こうして、俺たちと双子の情報交換が始まった。
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