第12話 魔王、事故の真相を知る
田中先生をさしたそらの指先はブルブルと震えていた。
きっと、とても恐いだろう。
それでも、そらは俺たちのために……影陽のために必死に戦ってくれた。
それはきっと、魔王に対峙した勇者と同じくらい……あるいはそれ以上に勇気が必要な行動だっただろう。
田中先生が屈辱の表情を浮かべた。
「青井、お前まで俺に逆らうのか!?」
「先生も、ササゴも、クラスの皆も、影陽くんのことをいじめた」
「てめぇ……」
校長先生の前だと言うことも忘れたのだろうか。
そらの勇気ある告発で、田中先生の
ここが責めどころだな。
俺はまず、そらに言った。
「そらくん、ありがとう」
「うん、ボクはもう逃げない」
きっと今、そらは子どもから少年に成長したのだろう。
大人やいじめっ子の言いなりになるだけの彼は、もういない。
ならば、あとは俺の役目だ。
「校長先生、そらくんの言うとおりです。俺はずっと佐々倉くんにいじめられてきました。そして、田中先生はそれを知りながら佐々倉くんに味方して、俺のことをずっと無視してきました。俺は追い詰められて……だから自殺しようとして車道に飛び出したんです」
影陽の事故直前の日記には、9月になって学校が再開されてから、さらにイジメが酷くなっていく様子が書かれていた。なんども自殺を考え、学校の屋上から飛び降りようとしたり、車の前に飛び出そうとしたりしたが、どうしても勇気が出なかったと。
俺は自殺を『勇気』とは思わない。勇者シレーヌが自爆魔法を使ったのも、影陽が屋上から飛び降りようとしたのも、どんな事情があろうと『勇気』ではなく『逃避』だと考える。
だが、それでも。
16歳の少女に自爆魔法を使わせた人族の指導者達も、11歳の少年を自殺に追い込んだ田中先生やササゴのことも、やはり否定する。
そこまで考え自嘲してしまった。
シレーヌを追い込んだうちの1人は他ならぬ魔王たる俺だ。
俺も他人のことは言えないな。
校長先生が田中先生をギロっと睨む。
「田中先生、彼らの話は事実ですかな?」
「知りませんよ! このクソガキが車道に飛び出した理由なんて、私が知るわけもない」
もちろん、事故当時の記述がない以上、本当に影陽が自殺したのかは俺にも分らない。
なぜ、勇美まで事故に巻き込まれたのかも俺には想像すら出来ない
だが、あの日記を見る限り、彼が何度も自殺を考えるほどに追い詰められていたのは間違いない。
仮に事故そのものが本当に影陽の不注意だったとしても、ササゴたちに追い詰められていなければ不用意に車道に飛び出したりしなかったはずだ。
その時、そらが叫んだ。
「違うよ!」
なに?
どういうことだ?
「影陽くんは自殺したんじゃない。影陽くんは覚えてないかもしれないけど、本当は、もっと酷いんだ」
そらは何を言っている?
影陽が自殺したという俺の推察は間違っていたのか?
「あの日の放課後、ササゴたちは……クラスのほとんど皆が、いつものように影陽くんをいじめていた。石とかを投げつけたりとか。影陽くんは必死に逃げ回って……、大通りに追い詰められたんだ」
ふむ。影陽が事故にあった場所か。
「それから、ササゴは影陽くんに恐ろしい命令をしたんだ」
校長先生が「命令とは?」と聞くと、そらは少しうつむいて、何やら言いにくそうにしていた。
校長先生はそらに「大丈夫、キミのことは私が護るから」と力強く断言した。
そらはうなずいて、続きを語った。
「走ってくる車の前に飛び出して自殺しろって」
あいつはっ!
「影陽くんが自殺しなかったら、ひかりちゃんを道路に突き飛ばしてやるって」
校長先生が「ひかりちゃんとは?」と聞いたので、俺が「幼稚園児の妹です」と答えた。
校長先生の顔が不快にゆがんでいく。
教頭先生が「ふざけるな!」と叫んだ。
「よくもそんなデタラメを! 豪気がそんなことを言うわけがない」
「本当だよ! あの日だけじゃない。9月に入ってからササゴくんは屋上から飛び降りろとか、そんなことばかり言ってた。そういうヤツなんだ、あいつは! だけど、さすがに影陽くんも自殺までは従わなかった。でも、あの日はそのあとが違ったんだ」
なに?
「あの時、田中先生と勇美ちゃんが通りかかったんだ。なんで2人が一緒だったか、なんであんなところにいたか、そんなことはボクは知らない。偶然かもしれないし、勇美ちゃんは学級委員長だったからなにか用事があったのかもしれない。いずれにしても、あの時、田中先生は……」
そこでそらは田中先生をチラリと見た。
田中先生の表情には怒りと焦りが入り交じっているように、おれには思えた。
「……田中先生はササゴと一緒になって、影陽くんに道路に飛び出せって命令した。そして、先生は影陽くんを車道に突き飛ばしたんだ。勇美ちゃんは影陽くんを助けようとして、一緒に車道に飛び出しちゃって、それで……」
おい、ちょっと待て?
なら、あれは事故どころか自殺ですらなく……殺人未遂だった?
いや、ゼカルが俺を転生させていなければ完全な殺人じゃないか。
校長先生が田中先生を睨む。
「彼の言っていることは本当ですかな?」
その校長先生の問いに、田中先生は肩を怒らせ震えていた。
「青井、このクソガキがぁぁぁ! あとでどうなるか分っているのかぁぁぁ!?」
見苦しいな。
これじゃあ自白したようなもんだ。
一方、田中先生よりは多少なりとも冷静だった教頭先生がそらを追求する。
「青井くんと言ったな」
「はい」
「それが事実だとして、なぜきみは見てきたように話せる? なぜ今まで黙っていた? なぜ影陽くん本人が知らない?」
ふむ、確かにその疑問はもっともだな。
最初の2つはともかく、最後の問いには俺が答えよう。
「俺と勇美はショックで事故前後の記憶がなくなっちゃってるんです」
「そんな適当な……」
「本当です。警察や病院の医者に聞いてくれれば分ります」
病院で事情聴取とかされたときも、記憶が混乱しているみたいに言ったからな。
警察や医者が信じたかは知らないが。
さらにそらが続けた。
「ボクが知っている理由は全部見ていたから……」
それから、そらは一番言うのに勇気がいることを告白した。
「……そして、言わなかった理由は……ボクも共犯だからです」
校長先生が「それはどういう意味だね?」と尋ねると、そらは涙を流しながら言った。
「ボクは……ボクらはみんなで影陽くんをいじめていたんだ。ササゴがこわくて、田中先生もこわくて。あの日も、ボクも影陽くんを追い回した1人だった。ササゴがいじめっ子だって言うなら、ボクだって同じだ。ササゴを止められなかっただけじゃない。ボクだって、影陽くんを追い詰めた1人だ。影陽くんはササゴにいじめられていたボクをかばってくれたのに。ボクの友達だったのに。影陽くん、ごめん。本当にごめんよぉぉぉ」
そらは、床に膝をついて泣きじゃくった。
それはとても10歳前後の少年ができる演技なんかじゃなくて。
校長先生は田中先生にあらためて向き直った。
「田中先生、彼の証言は本当ですかな?」
「う、うぅぅ……ち、違う、私は悪くないっ!」
まだ、言うか。
「全部佐々倉がわるいんだ。いや、そもそも、あんな問題児をウチのクラスに押しつけた教頭先生のせいだっ!!」
うん?
「あんな悪ガキを押しつけられて、教頭の甥だからと教師の俺まで支配しようとしやがって! 教頭先生に相談したら、『私の甥っ子ですからよろしくお願いしますよ』と。ただの教師が教頭先生にさからえるわけがないでしょう!!」
おやおや。それはつまり……
俺は田中先生を睨んで言う。
「そらくんの告発を事実と認めると?」
俺の冷たい言葉に、田中先生は狂ったように叫ぶ。
「黙れ! ぜんぶ、お前たちが悪いんだ! 佐々倉みたいなクソガキも、青井や影陽みたいな自分でイジメに対処できない馬鹿ガキも、丸木や勇美のように学級委員だからと特別扱いされたがるアホガキも、みんなウチのクラスにはいらん!」
うわぁ……狂った"ように"どころか完全に狂ったな。
「だいたい、悪いのは教頭先生だ! 教頭が悪いなら、その上司の校長が一番悪いじゃないかっ! 俺は何も悪くない! 何も悪くないんだっ!!」
やれやれ。もはやこの教師は終わったな。
校長先生は「たしかに」と続ける。
「学校で起きたこと、そして教師の不始末の責任の全ては私にある」
そう、責任者とはそういうものだ。
自分のあずかり知らぬところで部下が不始末をしたとしても、そもそも部下の管理がなっていなかった責任を取らねばならない。
魔王軍の誰かが魔王の意向を笠に着て臣民を虐待したならば、その責任は最終的に魔王に帰結する。
学校の教師や教頭先生が不始末をしたならば、その責任は校長先生にもあるのだ。
校長先生は「だがな」と続けた。
「田中先生、あなたに責任がないわけはないでしょう。今回の件は、私と、教頭先生と田中先生全員に責任がある。あるいは気づかなかった他の教諭にもあるだろう。小学生とはいえ、ここまでの事件ならば佐々倉くんといういじめっ子にも責任があるといわざるをえないだろう」
そうだろうな。
さらにいうならば、そらをはじめとするクラスメート達にだって責任はあるだろうし、日記を見る限り、勇美にだってあるかもしれない。
だが、俺は言った。
「校長先生のせいじゃないです。そらくんのせいでもない。悪いのは……ササゴと田中先生だ」
あえてはっきりと断言してやった。
校長先生は確かに力不足だったかもしれないが、きちんと公平に裁いてくれた。
ならば本物の影陽でもない俺に、彼をこれ以上罰する資格はない。
そらに足りなかったのは『勇気』だろう。そして、今彼は『勇気』振り絞って俺を……影陽を助けてくれたのだ。
ならば、これ以上そらを罰する気にはなれなかったのだ。
今は彼の勇気に感謝するし、尊敬すらしている。
「そら、ありがとうな」
未だに泣きじゃくっているそらの手を取って、俺は言った。
「うん、ほんとうにごめんよ、影陽くん」
「そういうときは、ありがとうっていうんだよ」
「うん、ありがとう」
そらは涙の中に笑顔を浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。