第2話 魔王、日記をみつける
昨日、退院祝いをかねた昼食のあと、俺と勇美は2階の子ども部屋に行くことになった。
子ども部屋は一部屋だけで、影陽と勇美共用のようだ。
ひかりはまだ幼いので、子ども部屋ではなくあかりのいる1階ですごすことがおおいらしい。
部屋には2つの机と椅子、二段ベッド、本棚などがあった。
本棚の中身はほとんどが漫画。学習漫画ではなさそうだ。
他に生物図鑑や乗り物図鑑もあるようだ。
手に取ってみると、この世界の写真技術にはあらためて驚かされるな。
図鑑に興味津々の俺に、勇美が話しかけてきた。
「いい家族だな」
「うん?」
「この一家だ。両親も妹も、影陽と勇美を慈しんでいるのが感じられる。私には両親や兄弟はいないが、そのくらいはわかる」
なるほどな。
「両親も兄妹もいるだろう? 俺たちの両親は日隠とあかりだし、妹はひかりだ。もちろん、俺とお前も兄妹だ」
「そういう意味ではない」
「そうだろうな」
勇者シレーヌの家族構成は知らないが、確かに勇者の親や兄弟の情報は魔王にも伝わってこなかった。彼女が言っていた通り、両親は赤ん坊の時に魔族なり魔物なりに殺されたのだろう。
「魔王、お前は何を考えている? これからどうするつもりだ?」
「さてな。小学生なのだから小学校に通うだけだろう。将来の職業はまだわからんな。いつかは結婚して……」
「ふざけているのか、貴様!」
どうやら、俺はまた勇者殿を怒らせてしまったらしい。
「いや、大真面目だが」
「貴様のような残忍な男が、このまま仲良し家族を続けるわけもあるまい! あの幸せな家族にどんな災いをもたらすつもりだ!? 今度はこの世界を滅ぼすつもりか!?」
「そんなに騒ぐな。1階の両親やひかりに聞こえる。また心配をかけるぞ」
「黙れ! もしも両親やひかりに手を出してみろ、その時は……」
俺は思わず「はぁ」とため息をついてしまう。
「そんなことはせんよ」
「ならば何が目的だ?」
「目的か。そうだな……」
改めて尋ねられると困るのだが。
「あえていうなら、お前に平和な世界で幸せにいきてもらうことかな。ひかりやこの世界の両親にも幸せになって欲しいと思っている」
あらためて口に出すとこっぱずかしいな。
勇美は戸惑いの表情を浮かべる。
「本当にそれだけなのか?」
「もちろん、俺自身もそれなりの人生を送りたいと思っているぞ。あの
「貴様は魔王ではないのか?」
「もちろん魔王だ。だが、今はただの小学生だ。元の世界に戻るすべなどないだろうし、戻ったところで何もできん。ならば家族の幸せを願う以外に何ができる?」
「意味が分らん! あれだけの悪逆非道な行いをした魔族の王のくせに!」
さてさて。どう返事をしたものか。
どう答えたとしてもいいわけになってしまうだろうな。
実際、俺の命令で人族にもエルフにもドワーフにも、そして魔族にも犠牲者は出たのだ。できる限り民間人の犠牲者は出さないように努めたが、死んだ者達からすれば知ったことではなかろう。
だが、戦死した部下の名誉のためにも言っておくか。
「お前も多くの魔族を殺しただろう?」
「魔族は悪だ!」
「そうか。別に否定はせんよ。だが、そうだな……たとえばお前たちが殺した覇王将軍セカレスの息子は当時3歳で、父親の武運を願って手作りの御守りを渡していた。その翌日、戦死したわけだが」
勇美は真っ青になる。
「まさか……ではあのアミュレットは……」
「アミュレット?」
「セカレスを倒したあとに気がついた。ヤツは右手に小さなアミュレットを握りしめていた。よほどのマジックアイテムかと思ったが、ほとんど魔力も込められていない不出来な御守りにすぎなかった。なぜ覇王将軍ともあろうものが、最後にそんなものを握りしめたのかと不思議だったのだが……」
「おそらく、それが息子の作った御守りだったのだろうな」
「セカレスの息子はどうなった?」
「お前達が魔王城に攻め込む前日までは城で保護していたよ。攻め込まれる前に護衛をつけて城から逃亡させた。無事でいてくれればいいが、もはや俺にはあの子にしてやれることはなにもないな」
勇美は両肩を握って震える。
「そんな、私は……私はそんなつもりは……」
「気にするなとはいわん。だが、バカなまねはするなよ?」
「バカなまねだと?」
「たとえば、罪悪感に押しつぶされて再び死を選ぶとかだ」
「し、しかし……」
「いま、神谷勇美が自殺しても、娘の回復を喜ぶ両親と、姉を案じるひかりを悲しませるだけだ」
「それは……そうだが」
「勇者シレーヌは人族にとって希望の光だった。魔王ベネスは魔族にとって拠り所だった。たがいに互いの種族の存亡を賭けて戦った。それだけのことだろう」
勇美は押し黙った。
彼女が何を考えているのか、俺には推し量ることすらできない。
何にせよ、今は……
俺はさらに本棚を調べた。
この世界のことも知りたいが、まず神谷影陽と勇美という双子のことを調べなくてはならない。両親もひかりも、俺たちのことをいぶかしんでいた。このままではまずいだろう。
ほどなくして、神谷影陽のことを知るための一番の資料になりそうなノートを見つけ出した。
「なんだ、そのノートは?」
「神谷影陽の日記のようだな」
「おい、他人の日記を勝手に読むのはよい趣味とは思わんぞ」
それは俺も同意見だが、このさい遠慮はしていられない。
影陽に心の中で謝罪しながら、最終日のページを開いてみた。
すると、そこに書かれていた文字は……
『もう、死にたい』
俺は自分の手が震えるのを意識した。
『死』という漢字は覚えていた。
歴史の学習漫画でもでてきた文字だったからだ。
影陽、お前に一体何があったんだ?
俺はあらためて、日記の最初のページから読み始める。
そこに書かれていたのは、勇気と優しさをもった11歳の少年が、自死をも意識するほどに追い詰められていく生々しい記録だった。
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