第9章 養老渓谷と大洗温泉
33湯目 真冬のツーリング
12月になった。
バイク乗りにとって、真夏と並んで最も過酷な季節がやって来た。
そして、私にとっても、初めての「バイクの冬」を経験することになる。
「めっちゃ寒いです!」
放課後、いつものように部室に行って、開口一番に先輩たちに愚痴のように訴えていた私。元々、暑いのより寒い方が苦手なのだ。それに対し。
「それなー」
「大田さん。防寒対策はしっかりね」
「ホント、寒いよネー」
それぞれ三者三葉の回答が返ってきた。
しかも、この状況の中、我らが会長殿は、
「よし。じゃあ、真冬でも行きやすい場所に行くかー」
と相変わらず乗り気だった。
「真冬でもって、どこに行くつもりですか?」
「千葉県だ」
「千葉? めちゃくちゃ遠いじゃないですか」
そもそも山梨県からは高速道路を使わないと行けないような距離だし、ここ山梨県は周囲を全て山に囲まれているため、まずは山を越えて、関東平野に出ないといけない。
「まあ、遠いけど、慣れるためにも今回は高速を使うぞ」
「やった! やっと高速道路ネー。走りやすくなる」
「あんまり飛ばしちゃダメよ、フィオ」
まどか先輩、フィオ、琴葉先輩がそれぞれの感想を述べた後、真面目な琴葉先輩が的確なアドバイスをくれるのだった。
曰く。
冬のバイクは、防寒がもちろん重要だが。大事なのは「隙間」を出来るだけ作らないこと。
服の袖から腕にかけて、足首付近、そして首回り。それらの「隙間」を塞ぐことよって、走行風による防寒が期待できるとのことだった。
さらに、
「カイロを貼る時は、太い血管が通っているところを重点的に貼るのよ」
「どこですか?」
「首の後ろ、お腹、背中、腰、足首あたりね」
「さすが琴葉先輩。ありがとうございます」
こういう時に、人一倍知識があって、大人びている彼女は頼りになる。
早速、私は次の休みの日に、バイク用品店に行き、各種防寒グッズを購入。
冬用のジャケット、グローブ、そしてネックウォーマー。
それらを備えて、さらに次の週末の日曜日に、彼女たちとツーリングに行くことになった。
待ち合わせ場所は、中央高速道路の初狩パーキングエリア(上り)となった。
私にとって、初めての高速道路は、真冬に走ることになった。
日曜日は、冬晴れの快晴だった。関東の冬らしい、絶好のツーリング日和だが、その分、朝から猛烈に寒い。
路面凍結の危険性を考慮し、先輩たちは、いつもより遅めの午前9時に集合を指示してきた。
自宅から最寄りの勝沼インターチェンジに向かう。
朝から気温が一桁代前半しかない、とてつもなく寒い1日。幸い風はそんなになかったが、それでもバイクに乗って走ると、体感温度は軽く氷点下になる。
散々防寒し、ネックウォーマーにカイロを装備してもなお、やはり「寒かった」。何よりも、信号待ちなどで、シールドが自分の吐く息で曇るのが厄介だった。
だが、何とかして私は勝沼インターから、高速道路に乗るが。
さすがに慣れない高速道路では、怖いという思いの方が強かった。
合流がまず怖いし、左車線を走っていても、右側からものすごい勢いで車やトラックが抜いて行く。
特に、車格が小さいバイクにとって、真横を猛スピードで駆け抜けて行くトラックが怖いのだった。
一歩間違って、接触したら、あっという間にあの世行きだ。
何とか30分ほどで初狩PAには着いたが、私はずっと左車線を走ることになった。
先輩たちは、珍しくすでに全員揃っていた。
いつもは遅れるフィオが、今日に限って、時刻通りに来ていたのには驚いたが。
彼女に理由を聞くと、あっけらかんと、
「だって、せっかく高速走れるんだもん。張り切って来ちゃったヨ」
と、屈託のない笑顔を見せていた。なんとも現金な子だ。
最も、その直後に、
「フィオ。あなたは飛ばしすぎよ」
と、琴葉先輩から注意されていたが。
「それで、まずはどこに行くんですか?」
重ね着をして、まるで雪山に登山にでも行くかのように、着ぐるみのように分厚いジャケットを着て、太ってさえ見える、まどか先輩に尋ねると。
「養老渓谷だが、その前に海ほたるに行く」
「養老渓谷? 居酒屋ですか?」
「違うわよ。房総半島の有名な観光スポット。でも、あそこに温泉なんてあったかしら?」
琴葉先輩がすかさずフォローしてくるが。
「まあ、行けばわかるさ」
相変わらず、まどか先輩は適当というか、無計画なところがあった。
もっとも、その無計画で、漠然としているところが、バイクの旅では面白いと最近、私自身が感じるようになってきていたが。
つまり、バイクとは「観光する」のが目的の車や電車の旅とは違い、「走ることそのもの」を楽しむものだ、と。
途中の風景を五感全部を使って、感じることが出来る。それがバイク旅のいいところでもあるが、同時に気候が厳しいと、それなりにツラい目にも遭う。
ところが、その「ツラい」状況すらも楽しめてしまうのが、バイク乗りなんだろう、と。
まどか先輩、フィオ、私、最後に琴葉先輩と続き、初狩PAを出発。
一路、中央高速道路を東に向かうことになった。
もっとも、出発してものの5分ほで、先行組の二人は、猛スピードで右側の追い越し車線をかっ飛ばし、先に行ってしまったが。
パワーがあるモンスターに乗るフィオはともかく、SR400に乗るまどか先輩もまた、ある意味では「スピード狂」の部分が多少はあった。
琴葉先輩だけは、いつも通り、自分のペースを絶対に崩さず、一定の安全速度で走っていたが。
こうして、私は初めて「東」へ行く温泉ツーリングを開始する。
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