第7章 赤富士の湯と下部温泉

25湯目 ほうとうと焼きトウモロコシ

 秋、10月。


 地球温暖化の影響は、顕著に続き、10月中旬くらいまでは、蒸し暑さと台風の影響がある。


 だが、ようやく10月半ばに入り、気温が落ち着いてきた。


 その頃を狙ったかのように、まどか先輩が提案した。


「温泉はしごツーリングに行くぞ!」

 と。


 9月にみこしの湯で、彼女自身が言っていたことだった。


 彼女のプランでは、甲州市から御坂みさか峠を越えて、山中湖方面に向かい、赤富士の湯に入り、その後、午後には本栖もとす湖を越えて、身延みのぶ町にある、下部しもべ温泉会館に行きたい、という。


 つまり、1日を使った、長いツーリング兼温泉巡りになる。


 私にとっても、免許を取得してから、初めてとなる、ロングツーリングだ。


 もちろん、興味と期待はあるが、まだ運転に慣れないため、不安の気持ちも大きい。


 だが、部員たちは、みんな元気だった。


「楽しみね」

「いっぱい走って、いっぱい温泉に入るネ!」


 天気は、ようやく秋らしい、「秋晴れ」の快晴。気温も20度前後と、非常に過ごしやすい快適な一日が始まった。


 日曜日の午前9時に塩山駅近くのコンビニで待ち合わせ。

 いつものように、いやいつもよりは速いが、それでもイタリア娘のフィオが15分遅刻。


 私を始め、まどか先輩、琴葉先輩、フィオもまたライダースジャケットを着てきていた。つまり、ようやく暑苦しい夏から解放されて、バイクで走りやすい季節になっていた。


 そこからは、まどか先輩を先頭に、私、フィオ、琴葉先輩の順で、千鳥走行をしながら、山道を駆け上がって行く。


 ものの30分ほどで、最初の目的地に着いたのか、まどか先輩が、ある古ぼけた建物の駐車場に入る。


 国道137号線沿い、御坂峠の頂上付近だった。


 見ると、今日の天気のお陰で、遠くに富士山が見える絶景が広がっていた。


「おお、Monte富士!」

 フィオがヘルメットを脱ぐなり、大きな歓声を上げる。

 英語では、Mt(マウント)富士というところを、イタリア語の「山」を意味する「モンテ」で表現するのが、彼女らしい。


「綺麗ね」

「だろ? 夏の富士は、曇っててあまり見えないが、これからの季節はだんだん綺麗に見えるようになる」


「ホント、綺麗ですね」

 思わず携帯で写真を撮っていた私。


「どうせなら、全員で撮るぞ!」

 まどか先輩が嬉々として、携帯を持ち、4人が収まるような構図に全員を配置し、自撮り棒を使って、写真を撮影。


 その後、すぐに出発するかと思うと。

「腹ごしらえだ」

 と言って、彼女は、その古ぼけた建物に入って行ったため、私たちは後に続く。


 中は、いかにも昭和時代の息吹が漂うような、古臭くて、いや言い方を変えれば「レトロな」内装だったが、直売所のように野菜やトウモロコシが売っていた。


 しかも、まだ朝だというのに、彼女は、

「やっぱここは、ほうとうだろう?」

 と言って、併設されているレストランに入ってしまった。


「ワタシもー」

 続いたのは、フィオ。


 だが、私と琴葉先輩は、

「わたしは、あまりお腹減ってないから、このトウモロコシでいいわ」

「じゃあ、私も」

 二人だけが、トウモロコシを食べることになった。


 ほうとうは、山梨県の名物であり、うどんのような、不思議な麺だが、私にとっては、食べ慣れているものだ。

 一方、ここのトウモロコシは、初めてだった。


 実際、店のおばちゃんから買って、口にしてみると、

「美味しい! 何、これ。甘くて、すごく美味しいです!」

 信じられないくらいに、甘みが強くて、それでいて美味しい、焼きトウモロコシだった。


「本当ね。いい仕事してるわ」

 まるで、サラリーマンの感想のような琴葉先輩はともかく、確かに美味しかった。


 一方で、まどか先輩とフィオは、熱心に語り合い、ほうとうが来るまでの時間を潰し、来たら来たで、無言でかぶりつくように食べていた。余程、空腹だったのだろうか。


 食後、再び出発。


 今度は、山を下るが、ものの30分ほどで目的地にたどり着く。

 河口湖の標識を見て、直進し、林の中を駆け抜ける、気持ちのいい道を走り、着いた場所。


 それが、まどか先輩が言っていた、「赤富士の湯」という、日帰り温泉施設だった。


 まるで、ホテルか保養施設のような2階建ての立派な茶色の外装の建物だった。


 早速、私たちは、この温泉に入ることになる。

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