41湯目 川根温泉と来年度の課題

 私たち4人は、静岡県中心部にある、日帰り温泉施設へ入った。


 川根温泉。勧めてくれた、分杭先生が言ったように、中にある売店では、盛んに「川根茶」が売られていた。


 全国的なお茶どころとして知られる静岡県らしく、この川根茶を強く前面に押し出してアピールしている。


 施設は新しく、綺麗だった。


 早速、「湯」マークから脱衣所に入り、それぞれ準備をする。


 相変わらず、フィオは肌が抜群に綺麗で、まどか先輩は子供のように、脱ぐのが速い。


 中は、綺麗で広い洗い場があり、面白いことに内湯以外に、炭風呂や、檜風呂まであり、もちろん露天風呂もあった。


 さらに特徴的なのは、ここからは大井川鉄道が見れるということ。


 すでに、観光路線として、多くの観光客を呼び込んでいる、大井川鉄道を見れるというメリットを活かそうという狙いもあるらしい。


 私は別に「鉄ちゃん」ではなかったが、フィオは喜んでいた。彼女は、若干だが、興味があるらしい。


 早速、風呂に入ると。


 ここは、特徴的なお湯の色と、温度だった。

 全体的に乳白色で、湯温も全体的に高い。

 恐らく、41〜44度くらいはあるだろう。夏に入ると、すぐにのぼせそうなくらい熱いが、熱いお湯が好きなまどか先輩には合うはずだ。


 実際、入ってみると冬場には最適なほどの快適な熱さで、いつまでも長湯したくなってしまう。逆に夏場だと長湯できそうにないが。


 と、思ってると、案の定、

「おお! こいつはいい湯だなあ。めちゃくちゃ暖まるぞ!」

 まるで、東京の下町にある、昔ながらの銭湯に入る、おじいちゃんみたいに、満面の笑みで彼女は歓喜の声を上げた。


「うーん。気持ちいいネ!」

 フィオもまたご満悦な様子。


「ここは、塩化ナトリウム物温泉でね。様々な既往症に効くと言われてるし、体の芯からポカポカと暖まるから、真冬の入浴には最適よ」

 頼んでもいないのに、いつも通り、琴葉先輩が解説していた。


「さすが琴葉先輩。何でも知ってますね」

「実は、分杭先生の受け売りだけどね」

 そう言って、照れくさそうに、笑顔を見せる彼女が、可愛らしくて見えた。


 一通り、内湯、炭風呂、檜風呂を堪能した後、全員で露天風呂に出ると。


 ちょうどタイミングよく、大井川鉄道を走る、レトロなSLが、蒸気を吐き出しながら、鉄橋を通る姿が見え、フィオが大興奮で、目を輝かせていた。


 ちなみに、1日2回しかこのチャンスはないらしく、貴重な物だという。


 全員が、露天風呂の中に落ち着く中、リーダーがおもむろに口を開いた。


 件の問題に関する提起だった。

「それで、瑠美。由梨ちゃんが言ったことはちゃんと考えてるのか?」

 会長としては、一応は心配なのだろう。私に任せると言っていた割には、彼女は気にしていたようだ。


「それが、その……。まだわかりません。そもそもバイクに乗る1年生が入るかもわかりませんし」


「そうね。大田さんが心配する気持ちもわかるわ。最近、若者の車離れ、バイク離れが進んでるものね」

 琴葉先輩が言うことは間違いないが、最近の話ではなく、数年前から日本はそうなっている気がするが。


 主に原因は、政治家がやたらと税金を搾取するからだろうが。


「大丈夫じゃねーか。250人も生徒がいるんだ。1人くらいバイクに乗る奴はいるだろ」

「全体で250人だから、1年生だけなら、80人弱ね」

 つまり、最悪なら80分の1の確率だ。

 2人のやり取りに、今度はフィオが、


「大丈夫だヨ、瑠美! きっと誰かは入るヨ!」

 相変わらず彼女は、ポジティブシンキングだが、こういう将来に不安を抱えているような時は、その前向きさがありがたいと感じる。


 私が、そのように近い将来のことを思い悩んで、口を閉ざしたのを見て、会長殿は、今の私にとっては、ありがたく、有益なアドバイスをくれるのだった。


「瑠美。一つだけ言っておこう」

「はい」


「気が進まない奴を無理に誘う必要はない。そんな奴と2人きりになったら、再来年にお前が一番苦労することになる」

 やはり、この人は一見、放任主義に見えて、ちゃんと考えてくれている、と思うと、私は嬉しかった。


 彼女の言うように、気まずい雰囲気が流れると、再来年に2人になった時、私が地獄を見ることになる。


 だが、逆にそんなに都合よく、気が合う人が入ってくれるのか、という危惧も常に心にはある。


「まどかの言う通りね。嫌な奴が入ったら、わたしも嫌」

 琴葉先輩もそう言うが、私は別の心配をしていた。


「でも、もし誰も入らなかったらどうします? 私の代で温泉ツーリング同好会は終わってしまいますよ」


「大丈夫! その時は、ワタシが何とかするヨ!」

「何とかって?」

「その時、考える!」

 ダメだ。ノリと勢いとパスタで有名な国から来たフィオは、楽観的すぎて頼りにならない。


「まあ、その時はその時だろ。残念ではあるがな」

「そうね。わたしも出来れば続いて欲しいけど、時代の流れもあるし。ただ、さすがに再来年に大田さん1人は寂しいんじゃないかしら?」


「そうですね。1人なら、もう温泉ツーリング同好会というより、ただのソロツーリングになりますし」

 来年のことはわからない。

 誰にも未来のことはわからないのだ。


 そんなことを考えていたら、

「瑠美。あたしらは、お前が入ってくれてすごく嬉しかったし、楽しかった。だから、お前が後悔しないような奴を入れたらいい。どうせ再来年には必然的にお前が会長になるんだ」

 まどか先輩に臆面もなく、改めて言われて、私は少し恥ずかしいと思うと共に、我に返った。


 そうだ。このまま行けば、再来年には私が唯一の3年生。

 必然的に、この同好会を率いる会長になる。


 まどか先輩は、こう見えて、頭は悪くはないし、ちゃんとそこまで考えていたらしい。


「ありがとうございます、先輩たち」

 私は、改めてこの優秀で、優しい先輩たちに礼を述べると共に、自分の中で決意を新たにするのだった。


「でも、まだまだ先輩たちには付き合ってもらいますよ!」

 私の一言に、破顔する3人の先輩たち。


 私にとって、目まぐるしく変化した、貴重なこの高校1年は過ぎ去ろうとしていた。


 そして。



「ふーん。ここが春から私が通う高校か。バイク通学OKなのは助かるけど」

 まだあどけなさを残す、ショートボブの髪型が特徴的な、身長150センチ前後の小柄な中学3年生が1人、校門から校舎を見上げて呟いていた。


 この時、少女は、彼女たちの母校に、入学前の見学に来ていた。


 だが、一見可愛らしい容姿に似つかわしくないほど、彼女は、次の瞬間、目尻を上げ、表情を歪め、毒を吐いていた。


「めっちゃ古臭くて、ボロい学校だな。バイク通学OKじゃなかったら、まず通わないぞ、こんな高校」


 彼女が、春から波乱を呼び込む存在になるとは、この時はまだ誰も知らない。


(温泉ツーリング同好会へようこそ 2ndに続く)

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