34湯目 海の上

 初狩PAを出発し、一路東に向かうことになったが。

 早くもまどか先輩とフィオは、猛スピードを上げて、追い越し車線をかっ飛ばして行き、私と琴葉先輩は取り残された。


 もっとも、後ろにいる琴葉先輩のVストローム250は、バックミラーから見てもわかるくらいに、常に一定の距離を保ちながら、私のデュークの後ろにぴったりくっついて離れない辺りが、少し不気味に思えるほどだった。


 だが、初めて走る中央高速道路は、思った以上に「走りにくい」と私は感じてしまうのだった。


 その理由は、「起伏」の多さにあった。


 走ったことはないが、他の高速道路のイメージのような「真っ直ぐで」走りやすい高速道路のイメージとはかけ離れたような山道だった。


 坂道が多く、その分、カーブの箇所が多い。

 日中だからいいが、夜間なら視界の先にカーブがあるため、視認性が落ちて、かえって危ない気がする。


 談合坂SAを過ぎ、やがていつの間にか神奈川県に入り、坂道を下って、渋滞で有名な小仏トンネルを越えた後、ついに「東京都」の看板が浮かぶ。


 日本の首都にして、最大の人口を誇る、巨大な都市、東京。


 けれど、私の目に見える、その街は「街」ではなかった。


 正確には「街」だろうけど、「街」が巨大すぎて、どこからどこまでが街かわからないのだ。

 つまり「境界」がない。

 街と街の境目がなく、見渡す限り地平線の彼方までひたすらビルと住宅街の連続。


(これはすごいけど、つまらないなあ)

 率直にそう思いつつも、いつの間にか、中央高速道路から、首都高速道路に入っていた。


 入っていたのだが、そこからはさらに厄介になった。


 日曜日の午前中に都心に向かう渋滞。逆方向の方が混んでいたが、それでも都心に向かうこちら側の車線も混んでいた。

 その上、道が狭い。


 とにかく狭く、かろうじてビルとビルの間に、片側2車線の高速道路とも言えないような、有料道路レベルの道が続く。


 しかもナビがなければ、一体どこを走っているのかもわからないくらいに複雑な分岐。


 インターチェンジとも思えないくらいに、狭いインターチェンジの分岐点。


 西新宿ジャンクションから右折すると、今度はひたすらトンネル区間に入り、視界の外がトンネルの壁面しかなくなる。


(どこ走ってるかわからないし、つまらない)

 それが率直な感想だったが、しばらくそこを走った後に、ようやく視界が開けてくると、今度は、ようやく道幅の広い道路に出た。標識には「B」の文字と共に「湾岸線」の文字が踊る。


(湾岸線って言うんだ。綺麗!)

 海なし県の山梨県に生まれた私にとって、広い車線を持ち、高架から見下ろす、東京湾の姿はそれだけで感動を呼び起こすものだった。


 だが、そこもしばらく走ると、またもトンネルに入る。


 道が螺旋状に走っており、どんどん下って行く。海底トンネルであることはすぐにわかったし、事前にこの東京湾アクアラインが、半分は海底トンネル、半分が海の上を走ることは知っていた。


 だが。

(走りやすいし、暖かいけど、つまんないよね)

 私は、先程のトンネル区間でも感じていたが、確かに冬はトンネル内部は暖かい。外部よりも気温が高く、はるかに暖かいのだが。


 バイクで走っていて、風景も何も見えない。

 おまけにこの辺りは、予想以上に、スピードを出す連中が多く、その面でも神経を使うことになった。


 ようやく、海ほたるPAに着いたが、着いた頃には出発から2時間近くも経っており、私はお尻が痛くなり、すっかり疲れてしまっていた。


 二人の先輩がすでにバイク駐車場で待っていたが。


 感想を聞かれた私は、嘘は言いたくなかったから、

「うーん。やっぱり都会の道は苦手ですし、つまらないですね」

 そう言ったら、まどか先輩に大袈裟に笑われた。


「なんで笑うんですか?」

「いや。お前もだいぶバイク乗りらしくなったな、と思ってな」


「バイク乗りらしい、ですか?」

「ああ。バイク乗りってのは、常に『走りやすさ』を求めて走っている。その点で、確かにお前の言うように、首都高は走りやすいとは言えないし、アクアラインもしょっちゅう渋滞するから、同じだろう」

 まどか先輩の回答が、私には少しだけ意外に思えたが。


「まどかの言う通りネ! 走りやすいと言えば、やっぱり田舎ネ。都会の道はダメダメネ」

 フィオもまたそれに同調するように、大袈裟に声を上げていた。


 琴葉先輩は、いつも通り、特に何も言わなかったが。


 早速、私たち4人は、このアクアラインの中間点にある、海ほたるPAに入るのだった。


 確かにここはすごかった。

 何しろ海の真ん中に築かれている人工島だし、5階建てのビルくらいの高さがあり、飲食店やコンビニもあり、屋上からは眺めも綺麗に見える。


 それは、一般的には「オシャレ」で「映える」場所なのだろう。


 だが、私には、どうもここが「落ち着かない」場所に思えたのだ。


 その理由は、都会ゆえに感じる人の多さと、ここが「海の上」にあるという不安から来るものだろう。


 もし今、大地震が起きてここが水没したら、と考えると怖いし、洗練されすぎていて、常に人が多い、いやむしろ多すぎるくらいの、この海ほたるに、どこか居心地の悪さを感じてしまうのは、きっと私が「田舎者」だからだろう。


(東京には住めないな)

 人の多さ、渋滞、混雑。そう言ったものが元々苦手な私には、東京やその周辺はすべて「住みにくい」と感じてしまうのだった。


 休憩後、私たちは海ほたるから出発する。

 その先にあるのは、未知なる「千葉県」だった。

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