14湯目 琴葉のぬるいお湯講座
琴葉先輩の説明が始まった。
彼女によると、ここ石和温泉は、アルカリ性の単純温泉で、PH値は8.5~9.5程度。無色無臭だという。
石和温泉の歴史は、意外と浅く、1950年代後半頃に、井戸を採掘したら、源泉が出たため、それ以降にレジャー施設や温泉宿が建てられたという。
今も、どこか昭和臭が漂う、古い、ひなびた雰囲気があるのは、恐らくその名残だろう。
ここも、バブル期には大層栄えたらしい。一時は、団体旅行客向けの歓楽温泉として知られ、「ピンクコンパニオンプラン」を売りにした、いかがわしい温泉旅館が造られ、スナックやバー、ストリップ劇場まであったという。ちょっとした、風俗街に近かったようだ。
ただ、バブル崩壊によって、団体旅行客は低迷し、需要は落ち込んだという。
それでも、首都圏から近く、気軽に行けるという便利さから、今でも個人客や外国人向けにイベントを開催したり、周辺の果樹園やワイナリーと結び付けた、ブドウや桃の特産品、ワインなどもPRしているという。
また、かつての風俗街としてのイメージも払拭されてきたという。
「へえ。知らなかったです。昔は、ちょっとエッチな温泉だったんですね」
「まあ、男たちの馬鹿な欲望のはけ口だったわけね」
相変わらず、この人の言い方は辛辣だ。
普段、優しそうに見えるが、言う時はすごく辛辣で容赦がない。こっちの方が琴葉先輩の本性かもしれない。
「しかし、あたしはもっと熱いお湯の方がいいな」
「また、まどかのこだわりが始まったわ」
そんな琴葉先輩は、まどか先輩の一言に呆れていた。
そこから二人の、温泉談義が始まってしまった。
「何でだよ。熱いお湯の方が何かといいだろ?」
「逆よ。ぬるいお湯の方が、長く浸かってられるし、落ち着くわ」
この二人は、仲が良さそうに見えて、温泉に対する考え方だけは、真逆だ。
「あたしは、熱いお湯に浸かった方が、入ったという満足感が得られるからいいんだ」
「そうは言っても、山梨県にはぬるいお湯の温泉が多いのよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
琴葉先輩は、私に向き合い、解説してくれるのだった。
「秋山温泉、
「さすが琴葉先輩。詳しいですね。どこがオススメですか?」
「わたしのオススメは、秋山温泉かな。自律神経失調症、不眠症、うつ病にも効くらしいわ。何かと疲れる現代人にはぴったりね」
「へえ。聞いたことないですね。どこにあるんですか?」
「
彼女によれば、その秋山温泉は、山梨県でも東の端、ほとんど神奈川県との境目付近にある、旧秋山村、現在は上野原市にある温泉で、
「でも、ここからは遠いわよ」
「どれくらいですか?」
「バイクでも1時間以上はかかるわね」
「1時間はちょっと遠いですね」
原付に乗り始めて、まだ浅い私には遠い距離だ。その上、交通速度が速い国道を原付で走るのは怖い。
「秋山温泉なんて、ぬるすぎてダメだろ。あたしは、みこしの湯に行きたい!」
突然、まどか先輩が叫び出した。
「
同調して、フィオまで叫んでいた。
騒々しい。
話を聞いてみると、まどか先輩とフィオがお気に入りという、「みこしの湯」は、
人気がある日帰り温泉で、土日は県内外の観光客でいっぱいになるという話だった。
時間的にはこちらも40分くらいかかるらしい。
(どっちも行きたいけど、免許取って、乗り換えてからかなあ)
私の本心としては、片道1時間以上、往復で2時間となると、50ccの原付ではキツいし、交通の流れに乗れない分、不安要素があった。
せっかく先輩たちが案内してくれても、気を遣わせそうで、それでは申し訳ない気がする。
そんなことを考えながらも、彼女たちに従って、露天風呂にも行ってみた。
露天風呂は、大きな庇に覆われた下にあり、雨が降っても入れるという、メリットがあった。
柵があるため、景色としては良くはないが、ゆったりと浸かっていられるというメリットは感じられた。
こうして、私は教習を受けて、合格し、早めに125cc以上の中型バイクを買うことを改めて決意するのだった。
彼女たちによって、温泉の世界に招き入れられて、さらにバイクの世界にも浸ることになってしまうのだった。
だが、道はまだ遠かったのだ。教習への試練は続く。
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