第4章 石和温泉

13湯目 まどかの教習対策講座

 石和温泉。

 もちろん、山梨県に住んでいる以上、私も名前くらいは知っていた。古くからある山梨県を代表する温泉街であり、多くの温泉宿が建ち並んでいる。

 もっとも、最近はあまり人気がなく、かつてほどの賑わいはないらしい。


 火曜日の放課後。

 部室に集まった後、早速4人で行くことになった。


 前回と同じく、放課後なので、制服のまま、通学用のバイクで行くことになった。

 私はホンダ ディオ(50cc)、まどか先輩はヤマハ シグナス(125cc)、琴葉先輩はスズキ Vストローム(250cc)、フィオはヴェスパ プリマヴェーラ(125cc)にそれぞれまたがる。


 先導するのは、同好会の会長でもあるまどか先輩。


 とは言っても、学校から石和温泉までは、15キロほど、わずか20分ほどでたどり着く。


 この温泉ツーリング同好会に入ってからというもの、常に「タオルを持ち歩け」と、まどか先輩に言われていたため、私はいつでも温泉に行けるように、タオルだけは常に持参していた。


 学校前の坂を下り、細い道をたどって、やがて笛吹ふえふき川を越えて、少し走ると、温泉街特有の観光ホテルの建物群が視界に入るようになる。


 まどか先輩は、何を思ったか、温泉街の中にある、一軒のコンビニの駐車場でバイクを停めた。


「まどか先輩。ここ、ただのコンビニですよ」

 疑問をぶつけると、ヘルメットを脱いだ彼女は、


「ああ。温泉に行く前に、まず足湯に行く」

 と言って、コンビニからつかつかと歩き出してしまった。


 私を含め、3人が従う。


 道路を渡った反対側に、こぢんまりとした広場があり、その中心に東屋風の覆いに覆われて、お湯が沸いていた。


 周囲に、椅子が配置されている。


 まどか先輩は、慣れているようで、さっさと椅子に座って、靴と靴下を脱ぎ始めた。私も他の3人にならい、靴を脱ぎ、ついで靴下を脱ぐ。


 お湯に足を浸すと、ちょうどいい具合の、暖かさだった。


「これは気持ちいいですね」

「だろ? 石和温泉に来たら、初めにこれだ」


「まどかは、足湯大好きよね。いつもは熱いお湯ばかり入るくせに」

「足湯は別だ。足湯がめっちゃ熱かったら、それはそれで落ち着かん」

 琴葉先輩とまどか先輩のやり取りを聞いていると、その通りだとは思う。


 一方、フィオはこんな時でも、仕草が可愛らしく、足をプラプラさせながら、可愛らしい笑顔を浮かべて、満足したように微笑んでいた。つくづく罪作りなほど可愛い子だ。


 足湯を満喫した後、再びバイクに乗り、そこからすぐの場所に向かった。

 温泉街の中心にある、ホテルからは少し離れた、石和温泉駅近くの、古いホテル。


 そこで日帰り温泉の入浴が出来るようだった。


 実際、入ってみると、建物自体は古いが、内装はリフォームしているようで、綺麗だった。


 日帰り温泉の料金を払い、女湯に向かい、脱衣所で脱いで、浴室へ向かう。


 中も、綺麗に改装されており、大きな窓に面した、開放的な内湯の浴槽と、外には露天風呂もあるようだった。


 しかも、まだ平日の午後4時過ぎ。

 客の姿はほとんどいないため、得をした気分になる。


 早速、内湯に浸かってみると。


 温度は恐らく40度くらい。多少熱めのお湯だが、思った以上に、熱さは感じなかった。


 4人で、輪になってお湯に浸かると、ゆっくりと話し合う時間が生まれる。普段はなかなかそういうことが出来ないから、ある意味、この温泉ツーリング同好会は、仲を深めたり、話し合いをするには最適だと思った。


 早速、まどか先輩から声をかけてきた。

「どうだ、教習は? 順調か?」

 一応、気にしてくれているらしい。


「そうですね。一本橋が苦手です」

 そう告げると、まどか先輩は、それを予想していたかのように、笑顔で口を開いた。


「やっぱりな。初心者は大体そこでつまずく」

「そうなんですか?」


「ああ。でも大丈夫だ。所詮、一本橋なんて、教習所でしかやらん。それに、琴葉なんて、失敗しまくって、卒験に何回も落ちてるからな」

「ちょっと、やめてよ、まどか」

 恥ずかしそうに、慌ててまどか先輩を制する琴葉先輩の意外な表情が見れた。そもそも、この人、何でもソツなくこなしそうな器用な人に見えたから、意外だった。


「でも、どうしたらいいですかね?」

 実際問題として、困っている私に、明るい声をかけてくれたのは、意外にもフィオだった。


Nonノン tiティ preoccupareプレオックパーレ! 大丈夫ネ! イッポンバシはネ、1速でガーッと登って、前を見て、一気に駆け抜けるんだヨ、瑠美!」

 なんとも直感的というか、アバウトなアドバイスだった。


 けれど、それを聞いたまどか先輩は。

「ははは。でも、フィオの言う通りだぞ。ビビりながらやると大抵落ちるもんだ。女は度胸と言うだろう?」


「それを言うなら、『男は度胸、女は愛嬌』じゃないですか?」

「どっちでもいいんだよ」


「もう適当ね」

 まどか先輩の発言に、幼なじみだという琴葉先輩は呆れていた。


 改めて見ると、この2人はいいコンビだし、フィオはフィオで、ムードメーカーになっていて、バランスが取れている。奇跡的な3人と言っていい。


 ふと私は思った。

 来年以降はどうなるのか、と。

 来年はまだ彼女たち3人が3年生で、いるからいいけど。再来年は私一人になる。その前に部員を集めないといけないし、この3人のように、打ち解ける仲間が出来るかどうか、今から不安な気持ちになっていた。


 そんなことを考えていると、琴葉先輩が私の方に向いて、声をかけてきた。


「それより、大田さん。この石和温泉はどう? なかなかいい温泉でしょ」

 琴葉先輩がいつもかける、定番の質問だ。もはや彼女が温泉博士に見えてくる。

「はい。初めて来ましたが、いいお湯ですね」


 それは本心から出た言葉だった。

 暑すぎず、ぬるすぎず。適温で、極端な硫黄臭もない。


 早速、フィオの言う「温泉ハカセ」の琴葉先輩の講義が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る