第10章 川根温泉と来年度の行方
38湯目 来年度の行方
事件は、唐突に起こった。
年が明けて、2029年になってすぐのこと。
「顧問? っていうか、顧問の先生いたんですか?」
ある日、部室に行くと、まどか先輩から、今日は顧問の教師が部室に来ると通達があった。
もっとも、私自身は、一度も会ったことがない。
「ああ。いるんだよ、一応。部活動は、たとえ同好会でも、顧問はつけるというのが、校則で決まってるらしくてな。ただ、まあ、この先生が色々と問題あって、全然姿を見せないんだが」
「大田さんが、免許取得で教習所に通ってて、不在の時にふらっと来たんだけどね」
知らなかった。
一応、琴葉先輩が言うには、私が普通自動二輪免許を取りに行っている間に二度ほど来たらしいが、もちろん私とは完全にすれ違っている。
おまけに、元々、かなりの放任主義のようだ。
「面白い人だよネ」
フィオは、その人の気が合うのだろうか。喜色を浮かべていた。
「何て先生ですか?」
「
「ええ」
そして、件の顧問教師が、翌日の放課後に、ふらりと部室にやって来た。
正直、ものすごく意外だったが。
まず、白衣を着ている。美術教師というより、理科系の教師に見える。シャギーカットのセミロング。身長は160㎝前後と、割と平均的だ。
スタイルが良くて、年は20代後半から30代前半くらい。
年相応には綺麗な女性だったが、どこか男の子のような、サッパリした雰囲気を持つ人だった。
だが。
「おう。お前ら、ちゃんとやってるか」
いきなり入ってきて、出た言葉が、少し乱暴なヤンキーのような言葉遣いだったことに、私は驚きと警戒の心を抱いた。
「は、はじめまして。1年の大田瑠美です」
一応、初対面だから緊張しながらも挨拶をすると。
意外にも、その一見すると怖そうな先生は、優し気で、人懐こい笑みを浮かべた。
「ああ、話は聞いてるよ。悪かったな。忙しくて、全然立ち寄れなかった。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
早速、狭い部室にあるパイプ椅子に腰かけた彼女、分杭由梨。後で聞いた話だと、年齢は28歳。独身。
「由梨ちゃん。忙しいって、嘘じゃん。サボってただけでしょ。相変わらず放任主義だなあ」
まどか先輩の無遠慮な一言に、腕組みをしながら、彼女は眉間にわずかながら皺を寄せたが、目は笑っていた。
「うるさいぞ、柳沢。あと、由梨ちゃんって呼ぶなって言ってんだろ」
「まあ。別にいいっすけど。で、今日は何か用ですか?」
「ああ。丁度、1年生にも会えたことだし、お前らに大事な話があってな」
「何でしょうか?」
琴葉先輩が、若干警戒の色を浮かべている。
「来年度以降のことだ」
「来年度以降? 何かあるんですか、先生?」
フィオは、彼女のことが気に入っているのか、満面の笑顔を浮かべていた。
「来年度は、まだ柳沢、三國、碓氷が3年生だからいいが、このままだと再来年にはこの同好会は間違いなく廃部になる」
そう、険しい表情で言われて、ようやく私は気づいた。
つまり、来年度の4月以降は、まだまどか先輩、琴葉先輩、フィオが3年生で確かにいるから、一応、同好会既定の「4人」は守られる。
だが、再来年度は、彼女たち3人が卒業してしまい、私1人になる。
このままだと解散だ、ということだ。
「廃部。いや、同好会だから、廃会か。まあ、どっちでもいいや。とにかくお前ら、来年度にいきなり3人は厳しいだろうから、最低1人は入れろ」
これは、むしろ私にとって、一番の問題になる。
来年度の4月以降に誰かを勧誘しないと、将来的にこの同好会はなくなるということだ。私がここにいられる時間が減る。
差し迫った問題ではないが、居心地がいいと感じ初めてきた、この同好会の解散の危機に繋がる。
「わかりました」
「了解です」
「
先輩たちは、軽く答えているが、果たしてこれは現実的に達成できる問題なのだろうか。
「私の話は、それだけだ。んじゃな」
あっさりと、顧問の分杭先生は、男の子のような挨拶をして、部室を去って行った。
残された我々は。
「こいつは、私たちよりむしろ瑠美の問題だな」
まどか先輩が腕組みをしていた。
同時に、真面目な琴葉先輩は、マーカーを持って、生徒会役員のように、ホワイトボードに、「新入生勧誘」と議題を記載していた。
「そうだネ。ワタシたちは別に困らないネ」
「大田さん。当てはないのかしら? 妹さんとか、知り合いとか」
「私に妹はいませんし、当てもありません」
にべもない返答だが、私としては正直に、全く当てがないのだから仕方がない。
すると、腕組みをしていたまどか先輩が、
「まあ、お前に任せる」
と、あっさりと匙を投げてしまった。
私は溜め息を突くと同時に、少しだけ気になることがあった。あの先生のことだ。
「ところで、分杭先生ってどういう先生ですか?」
興味本位で試しに聞いてみたら。
想像の斜め上の回答が飛んできた。
「由梨ちゃんか。あの人は、元バイク乗りで、ここの卒業生。昔は、結構ヤンチャやってた、元ヤンキーらしい」
「マジですか?」
「ええ。でも、ああ見えて、生徒にはすごく優しいから、実は人気があるのよ」
まあ、確かに外見とは裏腹に、優しそうには見えたが。
「ただ」
その後のまどか先輩の発言が問題になった。
「今は、車に乗ってるんだが。まあ、そのなんだ。車に乗ると性格が変わるんだ」
嫌な予感がした。
彼女の言わんとしていることが、容易に想像できたからだ。
察するに、まどか先輩は乗ったことがあるのだろう。
「つまり、スピード狂ってことですか?」
「スピード狂。そんな生易しいものじゃないわね、あれは。一度、彼女の車に同乗すると、『トラウマになる』わ」
琴葉先輩の、恐怖に引きつったような表情が衝撃的で、彼女はまさにトラウマを味わった張本人だと、容易に想像出来るのだった。
「そんなに!」
さすがに、これは想像の範疇を越えていた。
やはり琴葉先輩は一度、乗ったことがあるらしく、思い出したのか、顔色が悪化していた。
一体、どんな運転をするんだ。彼女の車にだけは乗りたくない、と改めて思うのだが。
一人だけ感想が違った。
「そうかな? ワタシは、ジェットコースターみたいで楽しかったヨ」
もちろん、フィオだった。彼女だけは、嬉しそうにニコニコしていた。
彼女も若干だが、スピード狂の疑いがあるくらい飛ばすから、ある意味、同類なのだろう。
というか、彼女も乗ったことがあることが明かされたわけだが。
そして、この「分杭由梨」先生の提起した課題が、次のツーリングでも問題に上がることになる。
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