20湯目 納車後初ツーリング

 それから2週間あまり。

 納車日は、なんと8月31日。つまり、夏休み最後の1日だった。


 結局、長く貴重な高校1年生の夏休みを、バイクの教習と納車待ちに費やしてしまったことに、私は衝撃と後悔の念を抱いたが、嘆いても仕方がない。


 早速、朝からバイク屋に向かった。

 もちろん、その前に、あらかじめバイク用品店で、バイク用のジャケットや、ブーツ、グローブ、フルフェイスのヘルメットなど一通り揃えてきた。


 早速、店員に告げてみると、頼んでいたETCが搭載されていた。後は持ち込んだスマホホルダーを装着して、完了。


 取り回しだが。車体重量が150キロほどしかないため軽い。教習所の400ccバイクと同じくらいの排気量とは思えないほどに軽い。


 これは女性でも扱いやすいという大きなメリットになる。


 そして、特徴的な昆虫のような、それでいてカッコいい謎の流線形スタイルと、オレンジ色に輝くトラスフレーム。カウル横にデカデカと書かれた、DUKEの文字。私が一目で気に入った、まさに「一目惚れ」したスタイルだ。


 オレンジ色が鮮やかな、独自性のある車体。結局のところ、バイクなんてのは、「感性」で決めるものだ。


 私はこれが気に入ったから、買っただけだ。


 実際にまたがってみると、シート高は高いし、シートも硬かった。


(これはお尻が痛くなりそう)

 そう感じるものの、いざエンジンをかけてみると、単気筒特有の「トトト」というエンジン音と、適度な振動が気持ち良かった。


 まずは、ガソリンが少ないからガソリンスタンドまで走るが。


 それでも、少しパワーバンドに入ると、猛烈に加速する。見た目は125ccか250ccに見えるくらいに軽くて、一見すると頼りないものの、それに反比例するように加速する。最高出力は44PS(馬力)。


 これはいいバイクだと思った。


 その日は、軽く走っただけで、帰宅。


 さすがに母の美咲には、呆れられたというか、諦めに似た、深い嘆息が彼女の口からは漏れていたが、父の丈一郎は、


「おお、面白そうなバイクだな」

 と、熱心に目を走らせてきた。やはり父も「男の子」なのだろう。メカには弱い。


 結局、父にあれこれと説明する羽目になってしまった。



 翌日。新学期が始まると、早速、放課後に部室に行き、納車されたことを先輩たちに告げた。


「おお。ついにか。じゃあ、次の週末に温泉ツーリングに行くか」

「行くなら秋山温泉ね」

「ワタシはどこでもいいヨ。それより、瑠美の走りが見たいネ!」

 三者三葉の反応に、気をよくする私。


 しかも、その年、2028年の9月は金曜日からスタートで、土曜日を挟んで、日曜日に出かけることになった。


 早速、その日の約束の時間、午前10時に合わせて、私は待ち合わせ場所の「牛奥ぎゅうおくみはらしの丘」に向かった。


 そこは、フルーツラインと呼ばれる、広域農道に面しており、この辺りでは、割と有名なツーリングコースであり、展望台のようになっており、甲府盆地が見下ろせる。


 先輩たちは、すでに来ていた。ただし、フィオはまだだったが。


 KTM390デュークで現れた私は、フルフェイスヘルメットを脱いで、先輩たちに、


「どうですか?」

 と尋ねていた。


「いいんじゃないか? カッケーな!」

 まどか先輩は目を輝かせる。


「カッコいいけど、大田さん。そんな速そうなバイク、大丈夫?」

 琴葉先輩は、少々、心配そうに見つめてきた。


「大丈夫ですよ。最初はそんな無理はしませんし。それに元々、私はあまりスピード出さないですしね」


 それを聞いて、琴葉先輩は、柔らかく微笑んだ。


「ところで、フィオはどうしたんですか?」

「遅刻だ」


「へえ。珍しいですね」

 と、言った私に対し、2人の先輩たちは、もう慣れているようだった。


「珍しくないぞ」

「ええ。あの子は、時間にルーズなイタリアっ子だからね」


(そうなんだ)

 イタリアのことをほとんど知らない私には、意外だったが、聞いてみると、イタリア人は、温厚な南国の気候で育ったためか、全般的に時間にルーズだという。


 「5分待って」が、平気で「30分」になることもあり、何だか日本で言えば、沖縄人みたいな感覚だろう。


 ただ、先に行くのも悪いので、一応は待つことになった。というより、先輩たちが私の新しいバイクに興味津々だったからというのもある。


 色々と質問責めに遭っていた。

 排気量は? ガソリンタンク容量は? 燃費は? 乗り心地は? 取り回しは? などなど。


 KTMという特殊なメーカーのバイクであり、身近に乗る人も少ないから、ある意味、このバイクは目立つ。


 バイク乗りというのは、「他人と違う」ことを求め、同時に「同じバイク乗りの連携」を求める、そんな不思議な人種だと、父や祖父から聞いたことがあったから、私は納得していた。


 そのまま20分あまりも、この見晴らしのいい丘にいることになった。


 25分後。

「ごめーん。寝てたヨ」

 ようやくフィオがドゥカティ モンスターで到着。


 同時に。

Fantasticoファンタスティコ! 素晴らしいネ。瑠美、ワタシと競争しよう?」

 早くも、興奮気味に私のバイクを、隅から隅まで眺めて、目を輝かせるフィオであった。


 だが、私はさすがに競争をする気にはなれない。おまけに、まだ免許取り立ての初ツーリングだ。


 さすがに慎重になる。


「しかし、今日も暑いな~」

 空には、朝から真夏のような入道雲がかかり、地上のすべてを照らすような、灼熱の太陽光が輝いていた。残暑厳しい9月初旬。最高気温は30度を越える予報だった。


「こういう暑い日には、ぬるい温泉がいいから、秋山温泉はちょうどいいのよ」


「いいネ。早速、行こうヨ!」

 まどか先輩、琴葉先輩、そしてフィオに囲まれ、しかもその日は、私が主役のように、一番先頭を走ることになった。


 ナビを秋山温泉に合わせて、出発する。


 先輩たちは、初ツーリングの私に気を遣い、同時に私に何かあれば、すぐに助けられるという意味でも、私を先頭にしたのだろう。


 2番手には、ベテランライダーのように、慎重な走りをする琴葉先輩が選ばれた。

 3番手にフィオ、最後にまどか先輩。


 こうして、私にとって、初めての「中型バイク」でのツーリングが始まった。

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