19湯目 ウンブリア州と山梨県
私が、その特徴的なパスタを口に運びながら、続きを促すと、彼女は意外な「事実」を暴露してくれるのだった。
「ウンブリア州と、山梨県が似てるからヨ」
「似てる? イタリアの州と、山梨県が?」
「そう」
明らかに、似てないように思える私の「思い込み」とは別に、フィオは、きちんと理由を説明しれくれるのだった。
「前にも言ったと思うけど、ウンブリア州は、イタリアでは唯一の『内陸州』なのネ。海に面してないの。山梨県もそうでしょ」
「まあ、そうだけど」
でも、それだけじゃ、「似てる」にはならない気がする。
「実はネ。気候も似てるんだヨ」
「へえ」
「まあ、甲府盆地の中心はちょっと違うかもだけど、甲州市なんかは、夏は暑いけど、冬は寒くて、気温差が大きいでしょ」
「うん」
「その気温差を利用して、ワインとかブドウが作られてるネ。ウンブリア州も、イタリアでは『緑の心臓』と言われるくらい、自然豊かで、気温差が大きいから、ワインが作られてるのネ」
「なるほど」
「そういうところだヨ。実は、パパは、近くのワイン農園とか、ブドウ畑から、食材を調達してるの。東京あたりだと、近くにそんなのないから、輸送にお金がかかるでしょ」
なるほど。聞いてみると、それは「賢い」選択なのかもしれない。
地産地消という奴で、地元産の食材を生かせるのは、飲食業にとっては、大きなメリットになるのだ。
確かに、甲州ワインというのは、日本では一種のブランド品に近い存在かもしれないし、ブドウも山梨県の特産品だ。
「ワタシはまだ飲んだことないから、わからないけど、イタリア料理にワインは欠かせないのネ。いいワインが手に入るって、パパは大喜びだったヨ」
思い出したのか、いつも以上に、フィオは楽しそうに微笑んでいた。
何というか、ものすごく意外な理由だった。
まさか、はるか遠いイタリアの州の一つと、この山梨県が似ているとは、思いも寄らなかった。世間とはわからないものだ。
もっとも、そのおかげで、私はこんな素敵な少女と出逢えたのだから、偶然の一致に感謝すべきなのだろうが。
「ところで。フィオのヴェスパは、お父さんのお下がりなの?」
「そうネ。正確には、元々あれはママが乗っていたものだけどネ」
「そうなの?」
「うん。ママは、20世紀の古い映画が好きでネ。イタリアを舞台にした、有名な映画のヒロインがヴェスパに乗っていたから、憧れてイタリアで買ったの」
その映画なら私も知っている。ローマを舞台にした、お姫様が活躍する話だ。確かにヴェスパに乗っていた。
「じゃあ、お父さんは?」
「パパは、元々イタリアで別のバイクに乗ってたヨ」
「何に乗ってたの?」
「
それは、確かにフィオに送ってもらった、LINEのリンク先にもあった、イタリア製のバイクメーカーで、やたらとスポーティーなカウルつきのバイクが多かったように思える。
「へえ。やっぱり血筋だね。お父さんは、今は乗ってないの?」
「イタリアから離れる時に、売っちゃったネ」
それは少しもったいないし、残念だと思う私であった。フィオのお父さんなら、長身だし、バイク姿も様になるだろう。
肝心の料理はというと。「鯉の卵」というのは、日本ではほとんど食べられないくらい、貴重なもので、これはこっくりとした甘さを持ち、想像以上に美味しかった。
リングイネは、そこら辺のスーパーで売っているパスタよりも、余程コシがあって美味しいのだった。
「どう? 美味しかった?」
食べ終わると、フィオはニコニコしながら感想を求めてきた。
「美味しかったよ。初めて食べたけど」
「本物のイタリア料理は、
「ドルチェ?」
「スイーツのこと」
「ああ、なるほど。食べたい。イタリアと言えば、やっぱりジェラート」
私の数少ない知識の中でも、イタリアのアイスクリーム、ジェラートは美味しいと認識していた。
しかし、彼女の反応は、予想を超えていた。
「No。ジェラートもいいけど、もっといいものがあるネ」
そう言って、メニューも見ずに、彼女が厨房にいる父親に、流暢なイタリア語で告げたのは。
「
戻ってきたフィオに早速聞いてみる。
「モンテビアンコ?」
「そう。
「ああ。あのフランスの」
名前は知っていた。山をイメージした、三角形のスイーツだ。
「モンブランのイタリア語名が、モンテビアンコ。どっちも『白い山』って意味で、結局、同じ山を指すんだけどネ」
「何か違うの?」
「形はほとんど同じネ。モンブランは、生クリームの上に、栗のクリームをトッピングしてあるけど、モンテビアンコはその逆に、栗のクリームの上に、生クリームが乗ってるのネ」
ヤバい。聞いてるだけで、すごく甘くて、美味しそうだ。
これは、女子にはたまらない。スイーツは別腹だ。
スイーツは、すぐに運ばれてきた。
まるで、パウダースノーが冬の山に降り積もったかのような、綺麗な三角形の見た目。
実際に、スプーンで口に含んでみると。
サラッとトロけるような、フワフワの生クリームが口の中で、程よい甘さで溶ける。
さらに、栗のクリームは、舌に絡みつく濃厚な食感。口に入れてからしばらくすると、栗を燻したようなスモーキーな香りが鼻腔をくすぐる。
生クリームのまろやかな食感と、栗のクリームのザラザラした食感が混ざり合う、絶妙なハーモニー。
さらに、栗のクリームの下には、サクサクと軽やかな食感の生地が隠れていた。
まさに、絶品と言っていいような、美味しさだった。
「美味しい!」
「
満面の笑みで、フィオが頬杖を突いて、こちらを見ているのが、何とも可愛らしかった。
帰り際。
私は、彼女の両親から見送られることになった。
フィオの父親のアレッサンドロさんは、
「ドウモアリガトウ。お嬢さん、かわいいネ。また、いつでも遊びに来てネ」
そのしゃべり方はフィオそっくりだし、発音はフィオよりさらに怪しかったが、一応日本語はしゃべれるようだ。そして、私はしっかり両手を握られていた。
それを見て、フィオの母親の千秋さんが、
「もう、娘の友達口説かないでよ」
と呆れていた。
さすがは、女好き、ナンパ好きなイタリア人。
「あはは」
乾いた笑いしか出てこなかったが、それでも私はこのアレッサンドロさんは、楽しそうな人だとは思った。
「イタリアと日本はネ。似てないように見えて、実は結構似てるんだヨ」
フィオは別れ際に、そんな不思議なセリフを吐いていた。
「似てるかなあ?」
「似てるネ。まあ、その辺りは、また今度話してあげるネ。じゃあ、気をつけてネ。
3人に見送られながらも、私は、ディオで帰路に着くのだった。
フィオの、いやイタリア自体の意外な部分を見た気がした、そんな夏休みの一コマだった。
納車日まで残り2週間近く。納車がいよいよ待ち遠しい。
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