2湯目 彼女の正体とキックの謎

 「彼女」はそのまま校門をくぐって、正門脇にある駐輪場に到着すると、バイクを停める。


 かと思いきや、そのまま突っ切って、職員玄関の方に向かってしまった。仕方がないので、後について行くと、職員用の駐車場にバイクを停めてしまった。


 制服を着ているし、さすがに教師ではないはずだが、と思っていると、それを察した彼女が機先を制した。


「ああ。さっきの連中のこともあるだろ? 仕返しされるのも嫌だしな。あたしは先生にこのことを報告してくる。って言うか、何で絡まれてたんだっけ?」

 それも確認せずに、いきなり飛び蹴りしたのか、と思うと笑いが込み上げてくる気がしたが、説明すると、


「そりゃ、そいつらが悪いな。バイク来てるの、音でわかるだろうが。アホなんじゃねーの」

 辛辣な言葉が、幼い少女の口から発せられていた。

 しかも、そう言うや否や、足早に職員玄関をくぐって、そのまま職員室に行ってしまった。


「ここで待ってろ」

 と男の子のような口調で、彼女に言われた私は一人取り残される。


 だが、間もなく学校が始まる時間だ。

 この職員玄関前にも多くの教師が現れる。


 その度に、

「何、やってんだ? こんなところで?」

 と声をかけられ、説明を求められるのが面倒だった。


 10分ほどして、彼女は戻ってきたが、当然、始業のチャイムは鳴っていた。もう遅刻確定だ。

 まあ、その前に「彼女」には助けてもらったし、もちろん嬉しかったから、お礼は言いたかった。


「あの。助けてくれてありがとう。あなた、何組の子?」

 そう言えば、1年生の教室でも見たことない。などと思っていると、


「いいってことよ。あたしは悪党は許さない。それに、『キック』を愛してるからな」

 という、意味のわからないセリフを吐いた後、


「あと、一応、自己紹介しておくと、2-C、柳沢まどかだ」

 と腰に手を当てて、宣言するように告げたため、私の方が驚いてしまった。


「えっ。先輩なんですか?」

「よく言われるよ。もうちょっと身長欲しかったんだけどなあ」

 照れ臭そうに頭を掻く彼女が、少しだけ可愛らしく見えた。


 よく見ると、身長は145センチ程度、体重はそれに合わせるように明らかに軽そうに見えるし、胸も平に近い。そして、特徴的なのは、ツインテールの髪型だ。

 まるでアニメにでも出てきそうな、見事なまでのツインテールをしている。後頭部で、二つに結った髪が、綺麗に下に伸びている。

 容姿は、身長に合わせるように、幼い印象を抱かせる童顔で、丸くて大きなどんぐりのような目が特徴的な、傍から見ても「可愛らしい」子だった。


「ありがとうございます、柳沢先輩。私は、1-Aの大田瑠美です。この御恩は一生忘れません」

 深々と頭を下げると、さすがに彼女は、恐縮したように手を振った。


「大袈裟だなあ。大したことはしてない。あと、あたしのことは『まどか』でいいよ。『やなぎさわ』って呼びにくいだろ?」

「いえ、でも先輩ですし」


「変なところで固いなあ、瑠美は」

 ちゃっかり、下の名前で呼ばれていたが、笑うと可愛らしいところがある、この小さな先輩に言われても悪い気はしなかった。


「じゃあ、まどか先輩」

「ああ。それでいいよ」


 私たちは、互いに笑みを見せていた。


 そんな彼女との出逢いが、まさかの事態に発展していく。

 すでに始業ベルが鳴っているのに、まどか先輩は気にもせずに、私に話しかけてきた。

 私も、彼女には借りがあるし、もう1限目は諦めようと思い始めた。


「なあ。瑠美は何か部活入ってるか?」

「いえ」


「そうか。お前、せっかくバイクに乗ってるなら、放課後、ウチのクラブに来てくれないか?」

「クラブ、ですか?」


「ああ。温泉ツーリング同好会。略して『温ツー』だ」

「温ツー? そんな部活、聞いたことないですけど」


 遅刻は確定だし、1限目くらいはサボってもいいや、と決意した私は、彼女の話に付き合う。


 何よりも、この小さいのに、勇気のある先輩のことが気に入ったのかもしれない。

「まあ、正確には部活じゃないしな。同好会だ」


「でも、私。まだ16歳になったばかりで、この間、やっと原付免許取ったくらいですよ。ツーリングって言っても、先輩たちについて行けません」

 それが一番の危惧だったが、まどか先輩は、ちっとも嫌そうな顔を見せずに、大らかに宣言した。


「ああ。そんなの気にするな。ウチは、元々ゆるーい同好会だからな。ツーリングって言っても、速さは競わないし、そもそも温泉に行くことがメインだからな」

「へえ。変わってますね。女子高生と温泉って……」


「ババくさいか?」

 内心言いかけた言葉を、まどか先輩は予想して、先回りしてきた。

「いえ、そんなことは……」

 咄嗟に口を噤むが、彼女にはバレていただろう。


「確かに、女子高生が温泉なんて、あまり行かないだろうな。けど、温泉は身体にいいし、なかなかいいもんだぞ。それに……」

「それに?」


「ああ。それに、山梨県にはいい温泉がいっぱいある」

 確かに、それには同意するところを感じた。


 山梨県生まれ、山梨県育ちの私からすれば、この地元にはいい温泉がいっぱいあることはわかる。


「ちょっと、考えさせて下さい」

「ああ。それでいいよ。ただ、これも何かの縁だ。放課後にあたしに付き合って同好会を見学に来てくれると嬉しい」

 真っ直ぐな瞳で見つめられ、熱い思いをぶつけるようにして、まどか先輩は提案してきた。

 これは断りにくいし、助けてもらった恩もある。


「わかりました」

 私は、自然とそう応じていた。


 結局、互いに1限目はサボることになり、職員玄関前から移動し、校門付近まで歩いた。


 その後、色々とまどか先輩に聞いてみると。

 我が校は、250ccまでのバイクしか通学には認めていない為、まどか先輩が普段の通学に使っているバイクと、私用に使うバイクは別だそうだ。


 通学用は、ヤマハ シグナス125ccのスクーター。つまり、私と同じ「原付」だが、彼女のは「原付二種」になる。私用のはヤマハ SR400。

「あ、それって確か、エンジンかけるのに、キックするっていう……」


 私は、祖父が昔、そのバイクに乗っていた関係で、そのことを聞いていて、知っていた。

 もっとも、私自身は祖父から譲り受けてはいないし、祖父はそのバイクを売ってしまったのだが。


「そう! 今や国産でも珍しい、キックするバイク。やっぱキックはいいよな。ロマンだ。最近のインジェクションなんてつまらん! ボタン一つでエンジンかかるなんて、面白みがない」

 何かのスイッチが入ったかのように、ペラペラと雄弁に語り始めたまどか先輩。


(なるほど。キックが好きってそういうこと)

 ようやく私は、まどか先輩の「一端」を見た。もちろん、彼女の不思議な部分はそれだけではなかったのだが。


 今度は、まどか先輩から私のことを聞かれた。住んでいるところはどこで、何故バイクに乗り始めたのか。そして、出来れば普通二輪免許を取った方がいい、など。


 いくら、バイク通学が認められているとはいえ、あくまでも「通学」の為だけにバイクを渋々ながら使うことが多い私。


 大して、まどか先輩の「バイク」に賭ける思いは、強いものがあった。


 2限目のチャイムが迫る頃まで、バイクのこと、互いのことを話し合った後、私はまどか先輩と別れた。


 その日の放課後。彼女自らが、私の所属する1-Aの教室まで迎えに来る、と言い残して。


 結局、朝の出来事の不良たちからの仕返しはなかった。さすがにまどか先輩がきちんと事情を説明しれくれたのが効いたのと、元々、生徒指導の教師からも目をつけられていた連中だったらしい。


 そんなのに絡まれる私も運が悪いが、ある意味、このまどか先輩で出逢えたことは幸運だったのだろう。


 その後の私の運命は、彼女によって左右されることになるのだから。

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