温泉ツーリング同好会へようこそ

秋山如雪

第1章 温ツーへようこそ

1湯目 「彼女」との出逢い

 私、大田瑠美は山梨県甲州市の高校に通う高校1年生だ。


 誕生日が4月の為、それと甲州市の高校が交通機関が貧弱なこと、また深刻な少子高齢化と過疎化などを理由に、250ccまでのバイク通学を認めている為もあり、4月の誕生日に合わせて原付免許を取り、父が昔乗っていた、50ccのホンダ ディオを譲り受けた。


 最初こそ自転車で通学していたが、通う高校は丘の上にあり、毎日の自転車通学が体力的にキツかったこともあり、早々に4月中に原付免許を取得。


 5月のゴールデンウィーク後から、本格的にディオでの通学を始めた。


 時は、2028年。数年前に全盛だった「コロナ騒動」は、3年前の2025年に、特効薬が開発、市販されたことで、一応の終息を告げ、2年前からマスク着用の義務も解除されていた。


 私は、どこにでもいる普通の女子高生。身長155センチ、体重は普通くらい。髪の長さはセミロング。ごく平凡に高校生活を終えて、大学に進みたいと考えている。

 容姿に関しても、恐らく「普通」だろう。あまり目立つ方ではないし、目立つのは嫌だった。



 2028年5月8日、月曜日。


 連休明けに初めてディオで通学をした朝のことだ。それは唐突に起こった。


―ビィイイイーン―


 原付特有の蜂のような排気音を鳴らし、高校の校門までの坂道を登っていた。ふと見ると、自転車に乗って必死に漕いで、坂道を登る二人組の男子生徒が視界に入った。


 しかも歩道ではなく、道路上の路肩を走っていた。


 ただ、長い坂道から来る疲労なのか、少しだけ左右にブレるように走っていたのが気になった。


 だが、問題ないだろう、と私は通過することを選ぶ。


 その彼らの脇を通り抜けようとした時。


 男子生徒の一人の自転車が車道側に寄ってきた。慌てて急ブレーキをかけながら、私はハンドルを右に切って、衝突を避ける。


 その反動で、中央線に寄ってしまう。幸い、対向車線に車は来ていなかったが、危ないところだった。


 だが、それよりも別の「危機」が私に迫っていた。


「てめえ! どこ見てやがる。危ねえだろーが!」

 件の男子生徒が自転車に乗ったまま、思いきり睨みつけてきた。


「すみません!」

 つい、バイクを脇に停めて、ジェットヘルメットを脱いで謝ってしまったのがマズかった。


 目の前の男子生徒は、上級生と思われたが、ガラが悪かったからだ。鋭い目つき、髪の毛も金色に染めており、着崩した制服姿など、いかにも「不良」っぽく見える。


 おまけに、その男の友人なのか、もう一人の男子生徒が自転車を降りて、男に加勢するように畳みかけてきた。


「おい、姉ちゃんよ。謝って済んだら、警察いらねんだよ」


「すみません」

 私は平謝りをするしかなかったが、内心では、


(あなたたちがいきなり車道に出るのが悪いんだ)

 と思っていた。だが、元々、あまり気が強くはない私は、言い返すことが出来ずに、ひたすら平身低頭するしかなかった。


 徒歩や自転車で通学する生徒たちが、遠巻きにこの騒動を見てくる為、目立ちたくないはずの私が、一番目立ってしまっていた。


(これはマズい。厄介な連中に絡まれた)

 そう思いながらも、目の前の男子生徒はどちらも身長が170センチを越えるし、大柄だったから、とても力では勝てない。


「すみません」

 と何度も謝る私と、


「それじゃ、納得いかねえな」

 と、値踏みをするように私の全身を、舐めるように見つめてくる男の下卑た笑みに、私は気持ち悪さを感じていた。


 すると、ついに被害者(実際には何も被害に遭っていないが)の男子生徒が、

「ちょっと、嬢ちゃん。ツラ貸せや」

 と言い出す始末。


「えっ」

「よく見ると、俺好みだ。許してやる代わりに、ちょっとこっち来て、相手してもらおうか?」


 これはいよいよマズい。この下卑た笑みの男は、恐らく私を暗がりか、人気のないところに連れて行って、乱暴を働くか、エッチなことをするに違いない。

 さすがに身構えた。


 だが、容赦なく男の太い右腕が、私の細い腕に迫って、伸びてくる。

(誰か助けて!)


 心の中で、咄嗟に叫んで、目を閉じた。

 その時だ。


「うりゃあー--っ!」

「ぐえっ!」

 どこからともなく現れたバイクが急ブレーキを踏んだか、と思うとそこから飛び移ってくるように飛んできた、少女の細い足が、男子生徒の脇腹に直撃して、大柄な金髪男が、潰されたヒキガエルのような叫び声を上げて、吹き飛んでいた。

 どうでもいいけど、制服姿にスカートなので、白いパンツが丸見えだった。


「えっ」

 一体、何が起きたのか、全くわかなかった私。友人の男子生徒の方に気を取られる、もう一人の男。


 そして、着地した彼女は。

 小さかった。身長は145センチくらいか。私より小さい。いや、むしろ中学生に見える。ぶかぶかのジェットヘルメットを被った彼女は、


「何してる? こっちだ!」

 素早くバイクにまたがって、私を誘導した。


 慌てて、ヘルメットを被り、ディオに乗り、私はバイクを発進させ、彼女を追った。


「てめえ、待ちやがれ、こら!」

「ぶっ殺す!」

 男たちの喚く声が後ろから轟いてくるが、すぐに聞こえなくなった。


 仮に追ってきても、自転車と原付じゃ勝負にならない。


 その小さな女の子は、一応、私の高校のセーラー服の制服を着ていた。乗っているバイクは、私と同じような原付に見えたが、その横にはYAMAHAと書かれた文字が翻っていた。


 それが、私と「彼女」の出逢いだった。

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