7湯目 温泉と彼女たちと(後編)

 「こっちの湯」から上がって、しばらくは外で休んでいた。一応、まどか先輩を待つためだ。


 幼なじみの琴葉先輩によると、

「まどかは、熱いお湯が好きなくせに、長湯なの。よくのぼせないって思うけどね」

 だった。


 屋外にある、ベンチで20分ほど待っていると、ようやく彼女が上がってきた。

「お待たせ。じゃあ、あっちの湯に行くぞ!」

 相変わらず、まどか先輩はテンションが高かった。


 あっちの湯。

 こちらは、プレハブの小屋のような小さな建物が石段の下にあり、そこからは脱衣所に繋がっている。


 脱衣所を出ると、洗い場があるが、広さは「こっちの湯」の倍以上。仕切りのない洗い場が両側にズラっと並んでいた。


 内湯浴槽も、「こっちの湯」に比べて倍くらいの広さがある。

 今度は、一応、4人とも内湯に浸かることになった。


 だが、5分ほど浸かって、内湯浴槽の横の出入口から外に出る。


 露天に出ると、木の縁の露天浴槽があるが、広さは「こっちの湯」の1.5倍くらいはある。


 温度は、恐らく42度弱くらいだろうが、適温だった。

 そして、「こっちの湯」で感じた、温泉特有の硫黄臭が何故かしなかった。


 日曜日ということもあり、浴槽はかなり混み合っていた。

 そんな中、私は気になることを先輩たちに聞いていた。


「こっちの湯と何が違うんですか?」

 その問いに、温泉の経験値が豊富なまどか先輩が答えてくれた。


「ああ。あたしも細かいことは知らんが、こっちの湯とは異なる源泉らしい。PHペーハー値もこっちの湯より、あっちの湯の方が高い」

「ペーハー値って、何ですか?」


「水素イオン濃度指数よ。温泉は、温泉水の液性によって、酸性、中性、アルカリ性が決まるんだけど、ざっくり言うとPH値が6未満が酸性、6以上7.5未満が中性、7.5以上がアルカリ性と言われているの。まあ、本当はもっと細かく、弱酸性や弱アルカリ性もあるんだけど」

 代わりに、すらすらと答えてくれたのが、琴葉先輩だった。


「すごいですね、琴葉先輩」

 私が大袈裟に驚くと、琴葉先輩は、


「別に、大したことないわ」

 と、心なしか照れ臭さを隠すように呟いていたが、フィオは、


「相変わらずハクシキネ、琴葉は」

 妙なところで、テンションが高かった。


 後で知ったことによると、「こっちの湯」のPH値は9.6。「あっちの湯」のPH値は10.1とのことで、つまりは「あっちの湯」の方が、よりアルカリ性の強い温泉になる。


 この「あっちの湯」にも、「こっちの湯」と同じように、下に大きな浴槽があり、そこに移動してから、先輩たちは、私の疑問にさらに答えてくれるのだった。


 ここの浴槽は、「こっちの湯」と同じように、岩で組んだものだったが、さらに大きく50人は入れるくらいの広さがあった。


 眼下に甲府盆地を見下ろすことが出来て、夜景が綺麗に見え、右手には富士山も見えるらしい。早朝から営業しているそうで、朝日と富士山が見えることで、観光客の間で有名だそうだ。


 もっとも、その日は日中だったから、夜景は見れなかったが、それでも甲府盆地と富士山は見えたし、浴槽にはかなりの人数が入っていた。


 そんな中、

「ペーハー値によって、何が違うんですか?」

 との疑問をぶつけていた私に対し、先輩たちは「温泉ツーリング同好会」として、妙な博識を展開しれくれるのだった。


「アルカリ性が強いと、ここみたいにトロトロ、ヌルヌルなお湯になるんだっけか、琴葉?」

「そうね。アルカリ性が強い方が、クレンジング効果で、肌の脂分を落としてくれると言われてるわね。ただ、その反面、脂分が取られすぎて、肌がカサカサになるから、入浴後に化粧水をつけるとか、保水ケアをした方がいいわね」

 相変わらず博識の、琴葉先輩が答えてくれた。


「へえ。お詳しいですね」

「ちなみに、日本の温泉で一番多いのは、中性だ。だよな、琴葉?」


「正確には中性から弱アルカリ性の温泉が一番多いわね。中性は、肌への刺激が少ないから、肌が弱い人でも安心して入れるわ」

「良かったです。私、肌弱い方なんですよ」


 私は昔から、肌が若干弱い方だ。アルカリ性は向いていない可能性がある、と思っていた。


 話はさらに続く。

「じゃあ、酸性は?」

 フィオの問いに、またも琴葉先輩が回答する。


「酸性は、少しピリピリするような肌触りが特徴的なんだけど、殺菌効果や肌の角質を溶かす効果もあるから、皮膚病にいいらしいわ。入浴後は、肌がツルツルになるんだとか。ただ、こちらも肌が弱い人には、効きすぎる可能性があるから、入浴後には真水で洗い流した方がいいわね」

「さすが、琴葉! 温泉ハカセネ!」

 フィオが大袈裟なくらいに驚いていたが、私からしても、琴葉先輩の博識には驚きを通り越して、感心していた。


「フィオ。イタリアにも温泉はあるの?」

 ふと疑問に思ったことを、彼女に聞いてみると。


 何故かまどか先輩と、琴葉先輩の表情が曇ったように感じた。

「モチロン! ぜーんぶ、教えてあげるネ!」

 まるで、エンジンがかかったかのように、嬉々として目を輝かすフィオ。


「はいはい。話が長くなりそうだから、風呂上がった後でな」

 まどか先輩や琴葉先輩は、知っていたのだろう。

 フィオの話が長くなることを。


 そして、予想通りというべきか。風呂上り後に、展開された彼女の話は、とてつもなく「長かった」。


 事態は、風呂上がり後に移行する。

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