第5章 秋山温泉

17湯目 オレンジ色の流星

 ようやく普通自動二輪免許取得に成功した私は、早速、親に報告する。


 当然ながら、

「何考えてるの。バカじゃないの。バイクなんてやめなさい」

 母の美咲からは、予想通り、というか予想以上にこっぴどく叱られた。まあ、当然だろう。反対されてるのに、了承を得ずに、勝手に免許を取ったのだから。


 父の丈一郎は、

「まあまあ。俺が取っていいって言ったんだから」

 と擁護してくれたが、今度は父が、


「だから、そういうことを言うあなたもバカなのよ」

 と母に責められており、さすがに父が可哀想に思えてきた。


「お母さん。お父さんを責めないで。私が悪いんだ」

 そう言うと、


「そうよ。瑠美が全部悪い!」

 とさらに、火に油を注ぐ結果となった。


 だが、こうなった以上は、もう仕方がない。夜、こっそり父の部屋に行くと、

「まあ、あいつもしばらくしたら、落ち着くだろう」

 と、呑気な回答が返ってきた。


 実際、確かに母は、しばらくすると、「落ち着いた」。というか、「呆れて」しまったのだが。


 ともかく、私は、無事に免許は取ったが。


 肝心の乗るバイクに、目星がついていなかった。


 すでに学校は夏休みに入っており、部室でみんなで集まることもなかったし、未だに50ccの原付しか持っていない私に遠慮してか、先輩たちは、あえて温泉ツーリングに誘ってこなかった。


 それが申し訳なくて、必死にバイク雑誌を見たり、ネットで色や画像を検索したが。


 ホンダも、ヤマハも、スズキも、カワサキも。

 いずれも私の感性に「響かない」のだった。確かにカッコいいバイクはあるし、性能がいいバイクもあるようだ。


 だが、何かが違う。


 そう思って悩んでいると、不意にLINE通知が来た。


 見ると、フィオだった。部員同士でグループを作り、やり取りはしているが、彼女から個人的に届いたものだった。


―瑠美。バイク決まった?―

―まだ―

 やはり彼女も気にしているのは、「そこ」らしい。


 すると。

―それなら、いいのがあるヨ。資料送るから見てネ―


 それだけを書き残してメッセージは一方的に切れて、その後すぐに、URLが添付された物が送られてきた。


 開くと、全部英語だった。


「えっ。何これ?」

 当然そう思って、横文字の羅列に困惑する私。もちろん、私は別に英語が得意なわけではない。


 だが、よく見ると、画像リンクが貼られてあり、そこをたどると、様々なバイクの画像が浮かんでくるのだった。


 その多くが、イタリア製だったが。

 フィオが乗っている、ヴェスパやドゥカティはもちろん、アプリリア、モト・グッツィなどもあり、さらにはハーレー・ダビッドソンやトライアンフ、BMWなどもあった。


 つまりは、全部国外のバイクだった。

 フィオらしいと言えば、らしい。


 だが、その中で、私が最も気になったバイクがあった。


 それはオレンジ色が鮮やかなバイクで、KTMと書かれてあった。


(おお。これは)

 何とも言えない感性をくすぐるデザインと色。それに全般的に乗りやすそうに見えた。特にデュークという名前のバイクが、細身で、扱いやすそうに見えた。


 フィオが乗っている、ドゥカティ モンスターと同じような、トラスフレームも一目で気に入っていた。


 私自身が、恐らく「変り者」だろうけど、その変り者の感性をくすぐるバイクがそれだった。


 その日、悩んだ後、翌日に、部員のLINEグループで発言を投稿してみた。


―決めました。私、KTMにします―


 さすがに予想外だったのか、先輩たちの反応は様々だった。


―マジで! まさかのKTM!―

―大田さんにしては、思いきった選択ね。意外だわ―

―いいネ! KTM!―

 唯一、フィオだけは賛同してくれるようだった。


 そもそも、私はこのKTMなるメーカーのことは何も知らないのだが。

―ところで、KTMって、どこの国のメーカーでしたっけ?―

 聞いてみると、


Austriaオーストリアネ-

―ああ。あのカンガルーがいる国の―


―それは、オーストラリアだろ-

 まどか先輩に突っ込まれていた。


 フィオが、アニメキャラが笑っているスタンプを送ってきた後、説明してくれた。


―Austriaはイタリアの隣、アルプスに囲まれた、小さな国ネ-

 早速、地図アプリで調べてみた。


 確かに、イタリアの北に、小さな国があり、オーストリアと書いてある。正直、日本人には馴染みの薄い国だ。


 だが、同時に私は気に入ったのだ。そこがフィオの故郷、イタリアの隣国であることに。


 結局のところ、私のバイクライフは、不思議なほど、このフィオによって左右されていた。


 温泉ツーリング同好会も、免許取得も、そしてバイクも。すべてフィオの影響によるものだった。


 人生とは、不思議なもので、人と人との出逢いは「一期一会」であり、「必然」であるという。


 私は、KTMと出逢った。



 そこからの行動は速かった。

 ネットで検索し、近くのバイクショップに、KTM390 デュークがあることを知った私は、翌日にはその店に出向いていた。


 実際に、見せてもらうと。


 390ccという、日本ではまず見かけない中途半端な排気量だったが、車格は小さく、車重も教習所のバイクよりはるかに軽く、250cc並みに見えた。エンジンは単気筒で、バイク屋の店員によると、ハンドルの振動が強いかもしれない、とのことだった。


 またがってみると、シート高は、かなり高く、足つきが悪い。


 だが、そこは私が女性だということを認識している店員が、ローダウンシートを勧めてくれた。


 何よりも、自分の感性を信じるのと同時に、不思議とこのオレンジ色が「可愛い」と思ってしまい、またちょっと速そうに見える、流線形のボディーやトラスフレーム、カウルも気に入ってしまった。


 どちらかと言うと、コーナーを「攻める」バイクに見えて、のんびり走る私には、似合わない気もするが、とにかくバイクは、感性が重要だと思ってるため、あっさり決めていた。


 即断即決で購入を決め、ローンを組んだ。

 もちろん、バイトをして、少しでも早く返す予定だ。


 保険関係やオプションとしてETCもつけてもらい、各種手続きを進め、納車は2週間後くらいと決まった。


 とんとん拍子に、あっという間に、私のバイクライフが変わってゆく。

 ちなみに、排気量が390ccもあるから、通学には使えず、ディオはまだ通学用として利用することになった。


 だが、せっかくなら、KTMを手に入れてから、先輩たちとツーリングがしたい。


 そう思った私は、納車の日を待ちながら、残りの夏休みを、バイトに費やすことになった。

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