36湯目 東の果ての岬
それからすぐに養老渓谷駅を出発し、節約のために下道だけで、一路、犬吠埼を目指すことになったのだが。
(と、遠い~)
私にとっては、その道のりは思った以上に遠く感じられた。
とにかく、この千葉県という場所は、内陸部はそこそこ走りやすいのだが、一度海岸線に出ると、ダルくなることがわかってきた。
交通量が多い上に、九十九里浜の有料道路を使わない限り、右手側に海すら見えない。つまり、味気ない住宅街の風景を延々と見ながら、ダルい旅が続く。
ちょうど、昼頃になっていたため、まどか先輩は、適当に休憩を取ろうと言い出して、道の駅らしき建物に入って行った。
しかし、そこは「道の駅」ではなく「海の駅九十九里」と看板には書いてあるのだった。
「海の駅?」
バイクを停めて、ヘルメットを脱いだ私が、思わず口にしていると。
「ああ。変わってるだろ? まあ、道の駅と変わらんのだがな。腹減ったから、海鮮食うか」
「おおー。魚、魚~」
相変わらず、まどか先輩とフィオは元気一杯で、テンションが高く、琴葉先輩は、いつものように冷静な眼差しを、かすかに見える九十九里の海に向けていた。
「琴葉先輩、行きますよ~」
仕方がないから声をかけると、渋々ながら彼女はついて来たが。
よく見ると、彼女の視線の先にあったのは、「海」ではなく、散歩に連れられてきた、余所の家のゴールデンレトリバーだった。
(犬。好きなのかな)
何となく、この人は猫よりは犬っぽい気はしていたが。
昼食は、海の駅のフードコートで食べることになったが。
まどか先輩とフィオは、揃って山盛りのように大きな海鮮丼。琴葉先輩ははまぐりのラーメン、そして私はシーフードグラタン、とそれぞれ個性が出るような昼食となった。
「犬吠埼まであとどれくらいですか?」
注文が届くのを待つ間に、水を飲みながら聞いてみる。
「そうだなあ。混んでなかったら、1時間くらいじゃないか? なあ、琴葉」
まどか先輩の視線の先にいる、琴葉先輩は、しかしながら、またも窓の外を眺めていた。その視線の先には、先程の犬がいた。
「そうね」
答えるものの、ほとんど彼女の返事は、空返事に近かった。
視線の先にいた犬は、飼い主に連れられてリードに引かれているが、大人しい性格の犬のようで、ほとんど吠えなかった。
「先輩。犬、好きなんですか?」
「ええ。まあ。ウチは犬飼えないから」
「犬吠埼に行くから、犬の話? ダジャレみたいネー」
「いや。別に犬吠埼だからってわけじゃないわ」
フィオはフィオで、酒が入っているわけでもないのに、勝手にツボに入って、笑っていた。いつもながら、この子はテンションが高い。
「まどか先輩。結局、今日は全然温泉に行ってないですけど、この後どうするんですか?」
大抵の温泉ツーリングでは、もちろん「温泉」がメインになるため、早い時間に温泉に入ることが多かった、この同好会。だが、今回は、足湯こそ行ったが、朝から一度も温泉には入っていない。それが私は気になったのだ。
「温泉なら、ちゃんと行くぞ、後で」
「どこですか?」
「それは行ってのお楽しみだな。結構走るから、ちゃんとついてこいよ」
「それはいいですけど、今日中に帰れるんですか?」
すでに山梨県からは、かなりの距離を走ってきており、故郷までの距離と時間を考えると、初めてバイクでこんなに遠出した私は、不安になるのだが。
「ああ、大丈夫、大丈夫。帰りも高速使うしな」
「まどか。首都圏の土日は、すぐに高速道路が渋滞するのよ。その辺、考えてるの?」
「ああ。そう言えばそうだな。まあ、何とかなるだろ」
「もう、適当ね」
大雑把すぎる、めちゃくちゃ適当な性格のまどか先輩。慎重で、冷静で真面目な琴葉先輩。全く正反対の二人だが、気は合うらしい。
むしろ、正反対だからこそ合うのかもしれない。
ある意味、まどか先輩のこの「行けば何とかなる」的な無計画さは、バイク乗り向きな性格の気がするが。
昼食後。時刻は、すでに午後1時を回っていた。
犬吠埼に向けて、出発。
そこからも、ひたすら住宅街の中を走るような道で、単調ではあったが、幸い冬晴れの、気持ちのいい青空の下をバイクで走ることになり、それはそれで気持ちが良かった。
途中のトイレ休憩で、まどか先輩に聞いたところによると、
「首都圏の連中は、元旦に、新年初ツーリングにこの辺に走りに来るらしいぞ。山梨県民としては、ちょっと羨ましいな」
と言っていた。
確かに、山梨県からは遠いし、そもそも冬は場所によっては、路面凍結の危険がある山梨県は、平地を選んで走らないと、とても自由気ままには走れない。
やがて、1時間と少し後。
目指す犬吠埼にたどり着いた。
犬吠埼。そこは、まさに私が理想的に思い描いていた通りの「岬」だった。
つまり、周囲を断崖に囲まれた上に灯台があり、四方のほとんどが海。海から吹きつける風は強いが、まさに「端っこ」の岬というイメージがぴったりの場所だった。
その上、日曜日で混んではいたが、灯台に登ることも出来、そこから見下ろす真冬の太平洋の碧い海の色は、抜群に美しかったのだ。
「
フィオが、子供のようにはしゃいでいた。
「久しぶりに来たけど、前に来た時は雨だったものね、まどか」
「そうだな。やっと晴れた日に来れた」
「お二人は来たことあるんですか?」
「ああ。前に琴葉と2人でな」
意外なことに、まどか先輩と琴葉先輩は、ここには以前も来たことがあり、二度目だそうだ。
もっとも、前回は春先で、雨に当たり、散々な目に遭ったのだそうだ。
犬吠埼の灯台からの眺めを堪能し、さらに土産物屋を冷かして周り、気がつけば午後2時半を回っていた。
冬の日の入りは早い。
早くしないと、山梨県に帰る頃には、夜になるだろう。
そのことを内心、危惧していた私に対し、リーダーは。
「じゃあ、そろそろ温泉に行くか」
そう言って、さっさとバイクにまたがってしまった。
行き先不明のミステリーツアーは続く。
まどか先輩のSR400が犬吠埼の駐車場を出て行く。
後を追うと、来た道とは逆に、右折して海沿いの道を走り、銚子ポートタワーを横目に見ながら、やがて利根川に架かる大きな橋、銚子大橋を越えてしまった。
そこからは、私にとってさらに未知の領域、茨城県に入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます