30湯目 片倉館

 こうしてスタートした、県外ツーリング。


 先頭を切ったのは、フィオの態度に不満がある様子だった、まどか先輩。2番手には琴葉先輩。3番手に私で、最後尾にフィオが回った。


 どうも彼女が一番乗り気ではない様子。


 そして、予想通りの展開と言うべきか、塩山駅から笛吹市に入り、石和温泉あたりで国道20号に合流すると、甲府市中心部にかけて、ダラダラと長い渋滞になった。


 片側2車線の道路が、すでに車でいっぱいになっている。


 最後尾で、私の後ろを走るドゥカティ モンスターの赤い車体が、フィオの不満を現すかのように、トロトロと力なく走っていた。


 もっとも、この中では私の乗るKTM デュークと同じく44馬力を誇るモンスターだから、この低速度域での走行は、ツラいのだろうということは予想できたし、実際、私もまたフィオほどではないが、ツラい思いを感じていた。


 バイクという乗り物は、その特性上、「ある程度」のスピードがないとツラいし、低速だと燃費が悪くなり、おまけに二輪ゆえにフラフラと不安定になりやすい。


 そのため、渋滞であっても、前にバイクがいる時は、後ろの車が転倒に備えて、車間距離を開けることもあるくらいだ。


 いくら多少は慣れてきたとはいえ、私にもツラいこの渋滞区間。

 もっとも、これが東京周辺だと、これの数倍規模の渋滞が、平日も土日も、ほぼ一年中起きていると聞いたことがあるから、これでもまだマシなのかもしれなかったが。


 甲州街道は、バイパスが出来てからは、甲府市中心部の南側を迂回するように走っているが、それでも相次ぐ渋滞に悩まされ、中央高速道路の甲府昭和インターを越えて、旧竜王町の辺りまで来ると、ようやく流れがよくなり始める。


 もっとも、この辺り、つまり左手に釜無川かまなしがわが見える辺りまで来ると、車線は1車線に変わる。


 さすがに疲れたのか、先頭のまどか先輩はこの辺りで、沿道のコンビニ駐車場に入ったため、私たちも続いた。


 もっとも、渋滞に捕まったとはいえ、それでもまだ出発から40~50分ほどしか経っていなかったが。


「やっぱ下道は嫌だヨ~。流れ悪い」

「しゃーないだろ? みんな出かけるし、この天気なんだから」

 不満たらたらのフィオに対し、まどか先輩がいい加減、呆れたように言い放っていた。


「まあまあ。フィオ。もう少し行くと、流れもよくなるから」

 琴葉先輩が何とか間に入って、なだめていたが、フィオはやはり「速く」走りたいようだった。


 そんなやり取りがあったため、休憩後は、一応、目的地をぼんやりとしか明かしておらず、その状態で先導するまどか先輩が先頭なのは変わらなかったが、2番手にはフィオが上がり、琴葉先輩、最後に私と変わっていた。


 出発後、左に武田信玄の造った、有名な「信玄堤」の跡が残る釜無川を見ながら、北上。


 とは言っても、実際には、琴葉先輩が言ったように「快適」とまでは行かない道だった。


 片側1車線しかないため、少し信号機で詰まると、すぐに軽い渋滞を起こす。しかも、こういう日曜日は、関東周辺から「慣れない」ドライバーが来るため、ただでさえ遅い流れがさらに遅くなり、ウィンカーを出さずに曲がる連中までいる。


 山梨県は、観光資源が豊富で、かつ首都圏に近いため、土日を中心とする、いわゆる「休日」には、首都圏のナンバーの車で溢れるのだ。


 途中、いくつかの道の駅が沿道にあったが、そこには寄らず、まどか先輩は一気に突っ切って走った。


 韮崎にらさき市、北杜ほくと市と越え、塩山市の出発からおよそ1時間半ほど。午前10時半頃。釜無川に架かる新国界橋という橋を越えた時、頭上の標識に「長野県」の文字が現れる。


 ついに、私は初めて「バイクで」長野県に入ることになった。


 長野県富士見町。いかにも富士山に関連したような名前の街だが、実はこの辺りは、右手には八ヶ岳連峰が、左手には甲斐駒ヶ岳が見えることで知られている。


 その日も、右側には刺々しい形の、八ヶ岳連峰が、左側には雄大な甲斐駒ヶ岳の姿が見えた。


 山と山の間に挟まれた、高原のような道を走り、午前11時過ぎ。


 ようやく茅野ちの市から諏訪市に入る。


 そして、初めて見る、諏訪湖。その日は、天気がよく、陽光に照らされて輝く湖面が綺麗に映っていた。


 その諏訪湖のほとりにある、古い洋風建築物の前の駐車場で、まどか先輩は停まった。


 ヘルメットを脱いで見上げると、そこには「片倉館」の文字が看板に書いてあるのが見えた。


(片倉館?)

 私は、聞いたこともなかったが、フィオは興奮気味に声を上げていた。


「おお~。すごいネ、これ。ヨーロッパの建物みたい」

 そう。まどか先輩が、前回のツーリングの最後に、


―フィオ。お前が喜びそうなところ、とだけ言っておこう―


 と言っていた理由がこれだった。

 片倉館。


 まるで西洋の街中にあるような、古くて洒落た、近代的洋風建築物。

 歴史の博物館のような建物の、ここが今度の「温泉の舞台」となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る